目次
ブックマーク
応援する
11
コメント
シェア
通報

第59話 麗子様のエレガントなひととき再び。

「とても清々しく軽やかなお茶ですわね」


 口の中に広がるわずかな渋み。だけど、その後に旨味が転がり最後にスッと消える、そんな清涼感のある素晴らしい紅茶ね。


 体育祭というビッグイベントを終え、菊花会クリザンテームの仕事も一段落。私は西田さん改め『ゆかり』さんの淹れてくれた紅茶を満喫中。


 ふっふっふ、ついに『ゆかりん』ともファーストネームを呼び合う仲になったのよ。


 あゝ、ダメよダメダメ、麗子。浮かれ過ぎてあだ名で呼んじゃ。親しき仲にも礼儀あり。相手は歳上のお姉様なのだからキチンとわきまえないとね。


「本日は趣向を変えて和紅茶をご用意いたしました」

「まあ、それで」


 私は訳知り顔で大仰に頷く。


 で、『ワコウチャ』って何ぞや?


 しまった、タイミングを逃しちゃった。うーん、今さら何ソレって聞けないわよね。困った。


「これは月ヶ瀬のファーストフラッシュになります」

「なるほど?」


 ふむ、名前からして国産か。ならワコウチャとは和紅茶ってとこかな?


「さすが麗子ちゃ……様は和紅茶にも精通していらっしゃる」

「うふふふ」


 私は扇子を開いて口元を隠して曖昧に笑う。


 もちろん知らんがな。まあ、ゆかりさんには誤解しておいてもらいましょう。


「お茶請けは何にいたしましょう?」

「これなら和菓子などが合いそうですわね」

「麗子ちゃ……様ならそうおっしゃられると思って面白いものをご用意しております」

「まあ、私を試すなんてゆかりさんも意地悪ね」


 うふふふと笑い合う私とゆかりんはもう旧知の仲のように親しい。綺麗なお姉さんゲッチュだぜ。ついでに二人の時はもう麗子ちゃん呼びで良いわよ?


「それではゆかりさんのお勧めを頂きますわ」


 こう言っておけば全幅の信頼を置いているアピールできるし、知識がないのも誤魔化せるしね。


「えっ?」


 ところが、ゆかりんが私の前に置いたお皿の上の物体に私は驚き目をぱちくりさせた。だって、黄色くプルンとした物体が乗ってるのよ。どこからどう見ても、これってプリンじゃない。


 今の流れなら和菓子が出てくると思ったんだけど?


 私はゆかりんを見上げて首を傾げた。


 どうゆうこと?


 だけど、戸惑う私にゆかりんはくすりと笑った。


「どうぞ、お召し上がりください」


 そう勧められて、それじゃあと一口パクリ。


「んーっ!?」


 何コレ!?


 通常のプリンより卵の風味が強い。茶碗蒸しにちょっと近い?

 だけど、上品な甘みがしっかりスイーツだと主張しているわ。


「驚きましたわ。和風のプリンと言ったところですわね」


 うむ、これなら和紅茶とも相性が良い。世は満足じゃ。


「これは和三盆を使用しているのかしら?」

「その通りでございます」

「それに使っている卵……烏骨鶏うこっけい卵ではありませんの?」

「――ッ!?」


 私の指摘に今度はゆかりんが驚きで目を丸くした。


「正解です。さすが麗子様です」


 ワレ、一回食べれば忘れぬ絶対味覚と絶対記憶の保持者やからの。


 先日、ちょうど烏骨鶏を食べる機会があったねん。清涼院家が懇意にしている老舗料亭で、ちょっと変わり種だと提供されたのが烏骨鶏卵の茶碗蒸し。


 あれも美味しかったなぁ。


 卵もだけどカシワも烏骨鶏で、他の具材がまた贅沢。銀杏、百合根はもちろんエビは伊勢海老、極めつけは上に松茸が乗ってたの。蓋を開けた時の立ち昇った香りといったら。じゅるり。


 だけど、めっちゃ高い卵やねん。これを使ったカステラ一斤一万円って店があるんだから。ちなみに私が食べた茶碗蒸しも一椀で一万円。


「ずいぶん贅沢な一品ですわね」

「こちらは老舗和菓子屋『鶴屋良短』に作らせた菊花会クリザンテーム限定品でございます」


 つまり、大鳳学園の生徒の為だけに特注で作らせた逸品ってわけね。権力バンザイ!


 さて、サロンには他にも菊花会クリザンテームのメンバーは多数いる。それなのに、私とゆかりんが二人でのんびりできるのは何故か?


 それは体育祭が終わると次なるビッグイベントがあるせいだ。何かと言うと会長選である。実は現在サロンには六年生のお兄様、お姉様達が全員集合して五年生の誰を会長にするか侃侃諤諤かんかんがくがく議論しているのだ。


 大鳳学園は全国から名士名家の子女が集まる。彼らは将来トップに立つ人材だ。その中でも菊花会クリザンテームは選り抜きである。会長ともなれば色んな人脈もできるし、大きな拍付けとなる。だから、みんな会長になりたがるのだ。


 その話し合いを遠巻きにして五年生は誰が次期会長かと戦々恐々。逆に六年生はロクでもないのを会長にしてしまうと、卒業後にアレを選んだ連中と一生後ろ指を差されるので選出の議論が白熱している。


 全くご苦労様なこって。


 ってなわけで、サロンはピリピリした五年生と六年生の上級生に占拠されているので、四年生以下は触らぬ神に祟り無しとばかりにサッサと逃げ帰った。


 それじゃあ何で私はここにいるのかって?


 だって、六年生は会議中、五年生はそれを傍観、四年生以下は帰宅。おかげで私のエレガントタイムを邪魔する者はいないのよ。


 えっ? 上級生は恐くないのかって?


 私は天下の清涼院家のお嬢様よ。しかも、お兄様は会長も務めた菊花会クリザンテームOB。


 おーっほっほっほ!


 強大な権力をバックにしている私に逆らえる者なんてサロンにいるわけ……


 ——バンッ!


「どうしてだ清涼院!」


 あっ、こいつがいたの忘れてた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?