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第63話 麗子様はバレンタインチョコを要求される。

「どこだ清涼院」


 現れたのはご存知『君ジャス』のヒーロー滝川和也。


「私ならここにおりますわよ」

「お前じゃない!」


 酷ッ!?


 お前がどこだって聞いたんでしょうが。


「俺が探しているのは豚だ」


 どうして豚の行方を私に聞く?


「豚をどこへやった!」

「行方不明の豚を私に聞かれましても」


 滝川は豚をペットにしとるんか?

 だが、私は豚など隠しとらんぞ。


「別に豚の行方など聞いとらん」

「滝川様がお尋ねになられたのではありませんか」


 さっきから意味不明に理不尽なやっちゃなぁ。


「違う違うそうじゃない。そうじゃないんだ清涼院!」

「では、いったい何だとおっしゃいますの?」

「今日はバレンタインデーだ」

「はぁ?」


 ますます意味がわからん。バレンタインデーと豚がどう繋がるというのだ。


「豚のクッキーを渡せと言っているんだ」

「まさかクマさんクッキーのことですか?」

「豚でも熊でもどっちでも良い。とにかく清涼院の作ったあのクッキーだ」


 相変わらずスイーツには見境の無いやっちゃなぁ。


 まあ、私のクマさんクッキー(チョコレートコーティングVer.)は世界一ィィィ!ですからぁ、滝川が欲しがるのも無理ありませんけれどもぉ。


「どうして急にまたクマさんクッキーをご所望なさいますの?」

「だから今日がバレンタインだからだ」

「まさか、滝川様は私にバレンタインチョコを要求なさっておられるんですの?」

「誰がお前のバレンタインなど欲しがるか」


 失礼なっ!


 こんな美少女掴まえて何たる暴言。私ほどの美少女ともなれば、誰もが私からチョコを貰いたがるんだからね……みんな欲しいわよね?


「バレンタイン用にあのチョコクッキーを作ったんだろ?」

「ええまあ」


 お兄様への愛情を込めた特製クマさんクッキーは六歳の頃よりの毎年欠かさぬ恒例行事だ。


「俺の分を寄越せ」

「滝川様の分などあるわけないではありませんか」


 何をとち狂ってやがる。


「私がバレンタインチョコを渡すお相手はお兄様だけですわ」

「余り物のお裾分けとか義理チョコとか、そういうのがあるだろう?」

「まあ、健康面の問題でお父様へ渡す分が浮いてはいましたが……」


 お父様へ渡すのは今年から中止じゃ。お父様も太ったのを気にされておいでだったからな。タヌパパン自身で言ってたことだ。けっして私のクマさんをブタ呼ばわりした腹いせの嫌がらせではないぞ?


 昨今、メタボなお父さんが心筋梗塞で倒れる例があると聞いた。麗子、心配!


「そうかそうか、余分があるのか」


 なんか急に滝川の顔がパァッと明るくなったけど、どうしたん?


「それじゃあ、ほれ」

「なんです、その手は?」

「余ったのなら仕方ない。俺が貰ってやる」

「お母様や家人に配ってもう残ってはおりませんわ」


 今朝、お母様が欲しそうにしてたから代わりに差し上げたら喜ばれた。普段ダイエットして甘い物を避けているのに。不思議だ。あんなに大喜びするなんて。


 逆にお父様はがっくり膝を突いて項垂うなだれてた。私のチョコを貰って喜ぶ宇喜田さんにドナドナされて出勤してたけど。「なんでお前まで!?」って、この世の終わりみたいな顔されてたけど仕事大丈夫かしら。麗子、不安!


「ま、雅人さんに渡す分がまだあるだろ?」

「正気ですか!?」


 私のお兄様への愛は奪わせませんわよ。しっかし他人への贈り物まで奪おうとするなんて。滝川よ、いよいよスイーツジャンキーになったか?


 はっ、まさかこれが掠奪愛?

 ふっ、美しすぎるって罪よね。


「さすがにそれは僕でも引くよ?」

「そ、そうだな」


 早見に窘められ滝川もようやく正気に戻……


「全部とは言わん。せめて一個だけでも」

「そういうのを五十歩百歩と言うのですわ!」


 ……ってないんかーい!


「それにどのみち私は持ってきておりませんし」


 クマさんクッキー(チョコレートコーティングver.)は家でお留守番。私の帰りを待っているのだ。


「な・ん・だ・と!?」


 滝川ががっくりと膝を突き、この世の終わりみたいな顔してる。なんか朝見た光景に似てるわね。滝川ってお父様と気が合うんじゃないかしら。


「だいたいバレンタインに私が滝川様へチョコを贈ったらどうなるか想像できませんの?」

「どうなるんだ?」


 この鈍チンが!


 唖然として早見を見たら肩をすくめて苦笑いしやがった。テメェの親友だろ、なんとかせえって刺すような視線を送ったらため息吐きやがったよ。


「和也は美咲さん以外のチョコは全て断っているだろ?」

「それなのに私のチョコを滝川様が受け取ったら周囲はがどう思われるか想像なさってくださいまし」

「どうって……清涼院のチョコクッキーがそれくらい美味い?」


 このスイーツバカ!


「早見様、ご自分の親友ならきちんと教育してくださいませ」

「うーん、これは僕にも処置なしかな?」

「俺が何かおかしな事を言ったか?」


 呆れ返る私達に滝川が逆ギレ。だがなぁ滝川よ、こればっかりは親友の早見でさえ擁護できんぞ。


「清涼院さんのチョコを受け取ったら、和也と清涼院さんが付き合っていると噂が立つと思うよ?」

「どうしてだ?」

「どうしても何も、誰のチョコも受け取らない滝川様が私からのチョコだけ受け取れば、口さがない方々が面白おかしく言いふらすに決まっているではないですか」


 そんな噂好きはこのサロンにもいっぱいいる。


「俺は食べたくもないチョコを断って、美味いチョコだけ欲しいだけだが?」

「バレンタインのチョコにそんな理屈が通用しますか!」


 このバカチンが!


 それにバレンタインデーに私がお前へチョコを渡したら、またお母様達が良からぬこと企み始めるじゃん。それくらいも察せられんのか。


 それから数十分、私と早見で懇々と説明して滝川はやっと頷いた。


「ふむ、まあ他人からはそんな風に見えんこともないか」


 他の見え方などないわ!


「だが、これも全て清涼院が悪いんだぞ」

「私に落ち度があるとおっしゃいますの!?」


 どうして私が悪いことになるんや!?


「お前がいつまで経ってもチョコクッキーを持ってきてくれないから」

「どこまで我がままをおっしゃいますか!」

「あっ、でも僕も清涼院さんのチョコクッキー食べたいな」


 キサマもか早見!


 お前だって女子からのチョコ断ってんじゃん。ここで私が二人にお菓子を作って渡したら絶対噂になるじゃん。


「あのぉ」


 その時、ゆかりんがおずおずと手を挙げた。

 あら、可愛い。とってもキュート。


「私も麗子様のスイーツを食してみたいです」

「はい喜んで♪」


 私が満面の笑顔で承諾した刹那、オブジェクショーンとばかりに滝川がバンバン机を叩いた。


「清涼院、何故そいつには作って俺達はダメなんだ!」

「今のはちょっと傷ついたよ清涼院さん」


 あぁん? いったい何を騒いでるんだ?

 お前らは自分の立場がわかっとんのか?


 可愛い私のゆかりんと将来ヒロインに恋して私を断罪する私の敵が同列だとでも思ったか。ゆかりんには幾らでも貢ぐが、テメェらにはお菓子くずさえ渡さん!


「何度も申し上げておりますが、私は滝川様と婚約したくもないし早見様のファンに刺されたくもないのです」

「なるほど、つまり清涼院さんは僕らへだけ贈り物をするのがまずいと言うんだね?」


 早見の眼鏡がきらりんと光った。途端、私の勘が警笛アラートを鳴らす。こんな時の早見は危険が危ねぇ。


「な、何を言われてもお二人にクッキーを焼いたりしませんわよ?」

「うんうん、清涼院さんにも事情があるし、そこのところは僕もちゃんと理解しているさ」


 早見は物分かりの良いことを言ったが、その口が弧を描いている。なんて不気味な笑みを浮かべやがる。


 そして、腹黒眼鏡は私を確実に追い込む一言いちげきを放った。


「だけど、清涼院さんは僕にバザーでの貸しが残っていたよね?」


 あゝ、どうやら私は堕天使の罠にハメられたらしい。


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