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第64話 麗子様はホワイトデーにクマを焼く。


「できましたわ!」


 くっくっく、我がクマさんチョコはァァァ世界一ィィィィィィ!じゃね?


「我ながら背筋が凍るほど完璧なクマさんですわ」

「先月の味をここまで完璧に再現されるとは背筋が凍る思いです」


 …………


「こんな可愛いクマさんなら滝川様も文句はありませんわよね」

「この味に文句をつける御仁がおられるなら会ってみたいものです」


 …………


「これほどファンシーなクマさんをなじるようなら、滝川様の美的感覚を疑わざる得ませんわ」

「これほどパーフェクトで美味しいクッキーをなじるのなら、その味覚を疑わざる得ません」


 ……………


「飯田さん」

「なんでございましょう?」

「これ、とってもキュートなクッキーよね?」

「はい、とってもエクセレントなクッキーです」


 どーして誰も認めてくれないのぉぉぉ!


 チクショー! やっぱり一ヶ月程度ではまだ時代が私の美的センスに追いつかねぇか。


「後のラッピングは私にお任せください」


 ラッピングで美的センスの汚名をすすごうと思ったら、にっこり笑った飯田さんから丁重にお断りされキッチンから追い出された。


 くそっ、そんなに私の美的感覚が信用ならんのか?


 さて、バレンタインから一ヶ月、ホワイトデーの季節がやってきた。なのにどうして私は再びクマさんクッキーを焼いているかと言うと、全てはにっくき腹黒眼鏡のせいである。


 あやつは自分らにチョコを贈るのが問題なら菊花会クリザンテームのメンバーに振る舞う形にすれば良いとのたまいやがったのだ。


 この提案が満場一致で可決。早見の奸計にはまり私は月一で菊花会クリザンテームに手作りスイーツを上納せねばならなくなったというわけだ。


 まあ悪い事ばかりでもない。


 これで腹黒眼鏡にバザーでの借りを返せたのだ。いつまでも借りてるととんでもない利子が付きそうだったからな。菓子の貸しは菓子で返せて丁度いい。


 それと私の手作りスイーツ品評会においてサロンの全員でやろうと早見は付け加えた。つまりゆかりん達コンシェルジュも含めて。


 これに旧会長と新会長の六年生と五年生が猛反対。なんせ彼らは選民思想の塊みたいな人達ばっかだからなぁ。


 お兄様の代や私の代は比較的穏やかでコンシェルジュさん達とも仲が良い。だけど今の六年生と五年生はお兄様の影響が薄く、後輩である私達では抑えが効かなかった。


 特に新会長の日野ひの智子ともこ様と副会長の御前みさき柚巴ゆずは様はバリバリの家柄原理主義者。


 五年生には温厚なお兄様やお姉様もおられるのだけど、このツートップがあまりに苛烈な性格で逆らえない。


 あの二人の守護霊は日野富子と巴御前ではあるまいか。そんな私の呟きを拾った誰かが広め、二人についたあだ名が御台みだい様と巴御前ともえごぜんときたもんだ。


 おい、誰だ広めたの。私が睨まれたらどうする。触らぬ神に祟りなしやぞ。くわばら、くわばら。


 そんな二人が率いる今の菊花会クリザンテームはあまり雰囲気が良くない。もしかしたら早見はそれを危惧して今回のスイーツ品評会を提案したのだろうか?


 とにかく早見は黒い笑みを一つ浮かべて上級生の御台様と巴御前を黙らせた。あの女武者みたいな二人に勝つとはさすが腹黒。恐ろしや、恐ろしや。


 そして、その最初の一品にクマさんクッキーを持ってこいと命令してきたのは、もちろん滝川である。どうしても食べたいと駄々をこねやがったのだ。私のクマさんクッキー、別に依存性のある材料は入ってないわよ?


 さて、作るからには手抜きはできん。菊花会クリザンテームは舌の肥えた名士名家の子息が集う。特にスイーツ評論家の滝川がおる。妥協は許されんのじゃ。


 満を持して迎えた清涼院麗子のスイーツ品評会。私のクマさんクッキーはみなさんに大好評。うむうむ、うまかろう、うまかろう。


「しかし、お味はとてもよろしいのですが……」

「ええ、どうしてブタさんなんでしょう?」


 ここでもかぁ! どうして誰もクマさんと認知してくれないのぉ!


「まあ良いではありませんか」

「とても可愛いらしいブタさんではありませんの」

「特にこの潰れた鼻の再現度は素晴らしいですわ」


 なんかどこかで聞いたセリフ……私の美的センスは五年前から変わっていなかったらしい。


 まあ、私のスイーツ一つでギスギスしていたサロンが和むのだったら、ここは大人になって豚の汚名を被ろうじゃないか。シクシク。


 このサロンで開かれるスイーツ品評会の噂は瞬く間に学園中に広まった。


 第一回のクマさんクッキーは大絶賛であり、清涼院麗子の手作りスイーツが食せると菊花会クリザンテームのメンバーは別の意味でも羨望を集めている。


「麗子様のクッキーとても美味しいと評判ですね」

「私も食べてみたいですわぁ」


 教室でも楓ちゃんと椿ちゃんがしきりに噂していた。


「それほどの物とも思えませんが、お二人がご所望なら今度お持ちしてもよろしいですわよ?」

「えっ、本当ですか!?」

「いけませんわ、楓さん」


 私の提案に喜色を浮かべる楓ちゃんを横から椿ちゃんが窘めた。どうしたん?


菊花会クリザンテームは私ども大鳳の憧れですわよ」


 なんだなんだ?


菊花会クリザンテームのメンバー特権を侵す振る舞いは大鳳生として慎むべきですわ」

「椿さんの言う通りだわ。これは私が浅慮でした」


 別にクッキーくらいで大袈裟な。


「そんな、楓さんも椿さんも私のお友達ではありませんか」

「いいえ、親しき仲にも礼儀ありですわ」

「むしろ、友人だからこそ日頃から線引きをしないといけませんでした」

「まったくその通りだわ楓さん」


 楓ちゃんと椿ちゃんが手に手を取って分かり合ってるんですが……なんか私だけ疎外感ハンパないんですけどぉ。


 もしかして、二人と友達だって思ってるの私だけ?


 やばい、このままじゃ私ってばボッチ・ザ・ドリル確定じゃん。


「二人ともそんなに重く考えないで。たかがお菓子ではありませんの」

「たかがではありません!」

「あの噂の『あり得ないくらい美味すぎるブタさんチョコクッキー』には麗子様の愛情が詰まっていると聞き及んでおりますわ」


 ブタさんには異議があるが、確かに私のお兄様への重すぎる愛がこれでもかってくらい込められている。あのクマさんはいわば私とお兄様の愛の結晶。


「ええ、まあそうですわね」

「「やっぱり!」」


 急に二人が手を取り合ってキャアキャア騒ぎ出した。なんでなん?


「サロンでのバレンタインで起きた一幕は噂になっておりますわ」

「噂ですの?」


 あっ、なんか嫌な予感。


「麗子様が滝川様から愛の告白をされて」

「その返答に麗子様がホワイトデーで愛のクッキーをお持ちになられたのだと」


 なんじゃそりゃぁぁぁ!


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