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第65話 麗子様はお兄様を問い詰める。

 ——逆バレンタインデー事件


 それは滝川が私に愛の告白をし、その返事としてホワイトデーに私がクッキーを渡したというデマ。


 どうやらクマさんクッキー依存性の滝川がバレンタインに私からのチョコを要求した出来事に尾ひれが付いて噂が広まっていたようだ。


 しかも、菊花会クリザンテームで行われたスイーツ品評会にクマさんクッキーを滝川が要求し、私がそれを承諾したのが決定打となったらしい。


 楓ちゃんと椿ちゃんにはデマだから広めるなと何度も釘を刺しておいたが、人の口に戸は立てられぬ。こんな時はよりセンセーショナルでみんなの興味を惹く噂で上塗りするのが一番。


 だが、今の私には大衆を納得させる手札カードがない。ジル×セルネタはお兄様に封印されてしまったしなぁ。


 さてどうしたものかと名案も浮かばず帰宅すれば、当のお兄様がいつもの柔らかい微笑みで「お帰り」と出迎えてくれた。イヤンお兄様、いつも素敵。


 もうすぐお兄様も中等部を卒業されて来月からは高等部へ進学される。だいぶん大人っぽくなってきた。なんと言うか、そこはかとなくお兄様から大人の色香が漂ってくる。麗子、惚れてまうがな。


「今年もギモーヴありがとう」

「お兄様のためでしたら何でもありませんわ」


 クマさんクッキーにうつつを抜かし、お兄様用のギモーヴを作り忘れていたなんてこたぁない。今年もちゃんとお兄様に色目を使う女わるいむしどもを撃退するため、せっせと夜鍋して大量のギモーヴを生産したのじゃ。


 手抜きする方法はいくらでもあるのだが、私は丹精込めてフルーツピューレから手作りした。三月の旬の果物と言えばイチゴ、キンカン、キウイ。色合いもちょうど良い。


 私のお兄様を狙う不届きな女への怨念を込めてフルーツをすりおろし、砂糖とゼラチンを加えて呪詛じゅそを呟きながら鍋で煮詰め、ヤツらの泣きっ面を想像してケタケタわらいながら泡立てた。


 出来上がったギモーヴには私のお兄様への重い愛が詰まっている。試食してみれば弾力がありながら口に中で溶けて、フルーツの風味が鼻腔内を駆け巡る文句なしに最高の一品だった。


 私のお兄様に近寄るドロボー猫も今頃は最凶のギモーヴに腰を抜かしていることだろう。うけけけけっ。


「毎年助かっているけど、来年からは既製品を買うことにするよ」


 なんですと!?


「何か私のギモーヴに落ち度がございましたでしょうか?」


 まさかとは思うが、我が究極のギモーヴにケチがついたのか?


「いや、むしろ喜ばれているよ」

「ではどうしてですの?」


 私が問うとお兄様の目が泳ぎ、少し言いにくそうに躊躇ためらわれた。いつも韜晦とうかいの上手なお兄様にしては珍しい。


「えーとね……そうだ、あんなに大量のギモーヴを作るのは大変だろう?」

「お兄様のためでしたら何の労苦を厭いましょうか」


 お兄様のためならいくらでも尽くしますのに。まさか、お兄様は私のマリアナ海溝よりも深ーい愛をお疑いになられますの?


「だけど、この時期になると深夜まで起きて作っているだろう?」

「ええ、まあ」

「小学生が夜遅くまで起きているのは感心しないと思うんだ」

「お兄様のご心配はごもっともですわ」


 なるほど、お兄様は私を気づかってくださっておられるのね。麗子、嬉しい。


「でしたら来年からは昼間にお作りいたしますわ」


 ギモーヴは意外と日持ちする。ホワイトデー前の休日に作り置きすれば良いのだ。


「ひ、昼間!?」

「どうかなさいました?」

「昼間はまずい、絶対ダメだよ」


 お兄様は何をそんなに慌てていらっしゃるの?


「とにかく来年から麗子が作る必要はないから」

「ですが、お兄様のバレンタインのお返しはあまりにたくさんで大変ではありませんか?」

「そこは父さんにお願いして付き合いのある製菓店にお願いするさ」


 怪しい。


「それに妹の手作りをお返しするのは相手に失礼かと思ってね」


 ますます怪しい。


 お兄様はどうしてここまで私に作らせまいとするのか?


 何か不都合があるに違いない。だが、私のお手製ギモーヴをホワイトデーに贈る不都合とはいったい……はっ、まさか!?


「お兄様、意中の女性がおられるのですね!」

「どうしてそんな話になるの!?」

「妹の手作りをお返しするのに差し支えのある理由など他にありませんわ!」


 そりゃあ好きな子に妹の手作りなんて贈れないわよね。いったい誰、誰、誰なの?


 くやしーッ! 私というものがありながら!


「全て白状なさいませ、お兄様」

「だからそんな理由ではないよ」


 さあさあさあさあ、ゲロって楽になんなよ。


「いったいどこのどなたなんですの?」

「別に意中の相手なんていないって!」


 どこの誰なの私のお兄様を誑かした馬の骨は!


「怒ったりしませんから麗子にだけ打ち明けてくださいませんか?」

「もう麗子の中では僕に好きな子がいるって確定事項なの!?」


 くっ、口が固い。よっぽど私に知られたくない相手なのね。


「これほど頑なに秘密にしなければならない方と言えば……」

「ねえ麗子、違うからね。僕にそんな相手いないから」

「はっ、まさか久世くぜ美春みはる様!?」


 又従姉またいとこのアイツか!


 ここのところ姿を見ないと思ってたら、まさか水面下で暗躍していたなんて。あのトリカブトのごとき毒花にしつこく迫られ、優しいお兄様も断りきれなくなったんだわ。


 私のお兄様を毒牙にかけるなんて、おのれ許すまじ久世美春!


「お兄様、あの方は絶対反対ですわよ!」

「なんで彼女が出てくるの!?」

「私とてお兄様の幸せを祝福したい気持ちはありますわ」


 でもでも、あんな螺旋力で劣る毒花はイヤや。


「こうなったら来年のホワイトデーに毒入りギモーヴを作らないと」

「待って待って、それダメなやつだから!?」

「くっ、そうでしたわ。あのトリカブトは毒花ですので毒など無意味でしたわ」

「だから、美春さんじゃないって!」

「『じゃない』?……それはつまり他に想いを寄せる方がおられるのですね!」


 まあなんて事なの!

 やっぱりいるのね!


「そういう言葉尻を捉えるのはどうかと思うよ?」

「まさか美咲お姉様!?」

「お~い、聞いてる麗子?」


 美咲お姉様相手では身を引くしかあるまい。

 悔しいけどお姉様に女子力で敵わないだもん。


「いえ、だけど美咲お姉様なら隠す必要はないはず」

「ねぇ、お願いだから聞いて麗子」


 きっと、お母様も大喜びされるもの。晴れて私とお姉様のドリル姉妹が誕生するからね。


「それなら相手は周囲から後ろ指をさされる相手。でも久世美春様ではないとお兄様はおっしゃったし」

「それはさすがに彼女に失礼じゃないかな?」


 くっ、わからん。久世美春以外に後ろ指をさされそうな想い人なんて中々……はっ、いた!


「滝川和也様ですね!」

「なんでそこで彼が出てくるの!?」


 オーギュ雅人再び!


 あゝ、お兄様、その愛なら私……ぜひ応援いたしますわ!


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