「まったく散々なホワイトデーでしたわ」
「あはは、麗子ちゃんの周りはいつも賑やかで楽しそうね」
私が滝川やお兄様の件を愚痴ったら舞香お姉様に笑われた。
昨年、ご卒業されてから美咲お姉様とはお会いする機会がない。もっと仲良くしたかったのに。麗子、とっても残念。
その代わりと言ってはなんだけど、
英語とフランス語も達者なトリリンガルなのにどうして英会話教室に通ってるのかって?
言語ってのは使ってないとサビるからよ。だから英会話教室に通っているのは
習うと言うより慣れるためだ。絶対音感と絶対記憶という悪役お嬢様チートの私に取って語学習得などお茶の子さいさいだが、言語は使ってなんぼなんじゃ。
なもんで私のいる教室は大人ばっかの日本語禁止の英語オンリー。話の内容もかなり高度なので小学生は私だけ。最初に私が入室した時には、みんなびっくりしてお目々まん丸だったわよ。
まあ、既に舞香お姉様という前例がいたので、けっこうすんなり受け入れてくれたけど。その舞香お姉様がここにいるワケは将来世界を股にかけるバリバリのキャリアウーマンになりたいからだって。さすがサバサバしてカッコイイ舞香お姉様だ。
うーん、バチキャリも良いわね。私も将来そんな道に進もうかしら?
まあそんなわけで私と舞香お姉様は毎月一、二度は教室の後でお茶をしている仲なのだ。
「笑い事ではありませんわ」
「ごめんごめん、別にバカにしているわけじゃないのよ?」
舞香お姉様、笑いすぎで涙を滲ませながら謝られても説得力ありませんよ。なんかニマニマしてるし。
「私は滝川様の将来が心配になってきましたわ」
あんなアホでホントに天下の滝川グループを引っ張っていけんのかね。
「あはは、あれでも和也もだいぶん変わったのよ」
「そうなんですの?」
「うん、麗子ちゃんのお陰ね」
フッと舞香お姉様が微笑む。
私を見る目がとても優しい。
「和也ね、麗子ちゃん接するようになってからどんどん成長しているの」
「私は何もしておりませんわ」
「ううん、そんなことない」
そういうフリは止めとくれ。
ああ、嫌な予感しかしねぇ。
「ねぇ、いっそ和也と婚約しない?」
やっぱりぃぃぃ!
「麗子ちゃんと和也って相性いいと思うのよね」
冗談はよし子さん!
「私と滝川様はいつもいがみ合っておりますわよ?」
「あら、私には仲良しに見えるけど?」
「ご冗談を」
おほほほ、と私は笑って流そうとしたけど、舞香お姉様の目が笑ってないぃぃぃ!
「麗子ちゃんは和也に良い影響を与えているわ。できれば和也を支えてあげて欲しいの」
「そうはおっしゃられましても、滝川様も私はお嫌なのではありませんか?」
絶対、滝川様は嫌がる。こっちも願い下げだっつーの!
「和也は麗子ちゃんを嫌がっているのではなくて、美咲以外は誰でも嫌なのよ」
「それはそうかもしれませんが……」
「だけど和也は美咲とは絶対結ばれないわ」
うん、まあ、それは知ってる。原作じゃあこっ酷く失恋するって設定だから。
「これは絶対なの」
あれ?
「どうしてそう断定できるんですの?」
私は原作知ってるからだけど、舞香お姉様にはなんか根拠があるのかしら?
「今はまだ言えないわ」
「今は?」
「ええ、でもすぐに理由は分かるから」
うーん、なんだろう。とっても大事なことを忘れているような。こういう時はたいてい前世絡みなのよね。なんせ私には絶対記憶があるので今世のことは思い出せるはずだから。
「美咲と結ばれないって知ったら和也は荒れるわ。その時、麗子ちゃんが和也の側で励ましてくれたら二人の仲も進展すると思うの」
「でも私は別に滝川様のことはなんとも思っておりませんの」
「ねぇ麗子ちゃん、良く考えてみて。和也って普通に優良物件よ?」
あのスイーツバカが優良物件とな?
優良物件とは私のお兄様みたいなのを指すのであって、間違ってもあんなコミュ障ピットブルではない。
「聞いてるわよ。最近は麗子ちゃんに噛みついていないし、けっこう会話も弾んでいるんでしょ?」
そう言われれば滝川はここんとこ私に噛みつかない。うざ絡みしてくるけど。
「それに黙っていれば和也って美男子よね」
「それはまあ」
なんせ少女漫画のヒーロー様だかんな。超絶イケメンなのは間違いない。まあ、あたしゃ早見ファンだったけどな。
ぐわっ、嫌なこと思い出しちまったい!
なんで私はあんな腹黒眼鏡のファンだったんや。完全な黒歴史やんけ。しかし、忘れたくとも私には完璧で究極の絶対記憶がある。前世の記憶はあやふやなんやが、一回思い出すと二度と忘れんねん。
忘れたいのに。こんな記憶消し去りたいのに。今はこの良く覚えられる記憶力が恨めしい。
「滝川グループは日本有数の企業だし、和也の結婚すれば将来は安泰よ」
「確かに」
飛ぶ鳥落とす勢いの滝川グループは清涼院グループと早見グループより頭一つ抜けている。土台もしっかりしているので経営も盤石。滝川の嫁になれば左うちわは約束されたようなもの。
「滝川のおじ様もおば様も麗子ちゃんを気に入っているから、お嫁さんになっても軋轢は少ないと思うわ」
うむ、あの二人とは上手くやっていける自信はある。嫁姑舅問題は勃発すまい。まあ、十年後くらいに滝川のおじ様と禁断の恋に落ちて、おば様と三角関係になっちゃうかもしれないけどぉ。
「麗子ちゃんの手作りスイーツで手懐ければ、ただの忠実なわんこだし」
ヤツは既に半ば私のスイーツの虜になっとるからな。私のスイーツで文字通り甘い生活を送らせれば手の平の上で転がせるか?
「ねっ、とっても条件が良いでしょう?」
「そう言われると滝川様は確かにこれ以上ない優良物件ですわね」
むむむっ、イケメンだし、あれでいて頭良いし、運動神経だって抜群。
「これはみなさんが滝川様にお熱になるのも無理ありませんわ」
「でしょでしょ」
「しかし、だからこそ競争率が高くありません?」
「大丈夫、麗子ちゃんが名乗りを上げればすぐに婚約は決まるわ」
「そうでしょうか?」
「ええ、滝川のおじ様もおば様も麗子ちゃんなら大歓迎よ」
「お二人は良くても他の親族の方は反対なさるのではありませんの?」
「天下の清涼院グループのご令嬢に歯向かえる者はいないわ」
「そ、そうですわね」
考えれば考えるほど滝川との縁談は好条件としか思えない。
「それじゃあ、和也との件を前向きに考えてくれる?」
「はい」
誰がどう考えても、滝川との縁談を進めるだろう。こんな優良物件を逃す手はないもの。
私はにっこり笑った。
答えは決まっている。
「謹んでお断りいたしますわ」
だが断る!
この清涼院麗子が最も好きな人の条件は、自分を腹黒と思ってながら、それでもシスコンで優しく包容力のある男性。
つまり、お兄様よ!