「私としましても試されるのは不本意ですわ」
途端、私の高飛車な物言いにご老公の目が厳しくなった。周囲からも棘のある視線が飛んでくる。ヒーッ!
みなさん怒ってらっしゃる。止めてよね。私は絶滅危惧種のドリラー美少女よ。もっと労わってくれなきゃ絶滅しちゃうでしょ。
あー、やっぱマズったかなぁ。だけど、覆水盆に返らず。後悔先に立たず。後の祭。一度口から出た言葉は引っ込められぬ。
「試すとは同レベルの者だから行うもの」
ええーい、男は愛嬌、女は度胸じゃ。
「このような低俗な方と同列と見られるなど不愉快の極みですわ」
「なんだとこのガキが!」
「あらあら、そのような野蛮な物言いお里が知れましてよ」
激昂する木衛守に対して、余裕ぶって私は一口お茶含んで再び茶托に湯呑を戻す。
「
「ぐっ!」
周りから失笑が漏れる。まあ、十歳児相手に二十五の男が良いようにあしらわれているんだから当然よね。
「それで木衛守様、あなた様は五摂家の家柄を誇っていらっしゃいましたが、ご自身の誇るものは何かおありなんですの?」
「そんなの
「ふぅ、これは美咲様の仰る通り小学生にも劣るお猿さんですわね」
「この、言わせておけば!」
頭に血の上ったお猿さん……ごほん、もとい木衛守が掴み掛かってきた。まったく、私は絶滅危惧種だと申しているでしょう。
「躾がなっていませんわ」
「いてっ!」
伸ばしてきた手をバシンッと扇子で叩き、そのまま眼前に扇子を突きつける。あらやだ、私ってばちょっとカッコ良くね?
「そういうところですわよ」
「なんだと!」
打たれた手を摩りながら顔を真っ赤。ホントお猿さんのようね。そんなカッカしなさんな。まあ頭に血が上ってるのは私も一緒か。いつもならこんなマネしないんだけどなぁ。私も冷静じゃねぇや。
だけど今さら止めないけどね。
「あなたは家柄を誇っているのではありません。ただただ
驕るのと誇るのは似ているようでぜんぜん違う。
「驕るとは自家の力を頼りに己を磨かず身勝手な振る舞いに耽る所業。まさに虎の威を借る狐さんですわ」
「キサマ、僕が狐だって言うのか!」
「あら、ごめんあそばせ。狐さんに失礼でしたわ。あなたは寄生虫で十分」
ぷっと失笑が聞こえてチラッと盗み見たら、滝川のおじ様がくっくっと笑いを噛み殺していらっしゃる。あっ、目が合っちゃった。イヤン、パチンッてウィンク返されちゃった。あゝ、相変わらず素敵にダンディだわ。
「それでは誇るとは何かな?」
ちっ、私とおじ様の間に割り込みよって妖怪古狸め。清涼院家のゆるキャラタヌパパンを少しは見習って可愛くできんのか。
「誇るとは自家を愛し、自家の名誉を重んじること。その為に努力し、己よりも家を大切にする高潔な精神ですわ」
まあ、あたしゃ自分が一番カワイイがな。
なに? 誇りはどうしたって?
ふっ、そんなプライドはな、そこいらの犬にでも食わせてしまえ。おう、ちょうどそこにピットブル滝川がおるではないか。なんか私を睨んでるけど、どうしたん?
「木衛守様、そこに丸い窓がありますわね」
「無学な奴め、あれは
そんな事は知っとるわボケェ。
「あら、とても物知りですわね」
嫌味で褒めてんのに木衛守がふんぞり返っておるわ。こんな美少女に褒められて鼻息荒くなっとるのぉ。やっぱこいつロリコンかな?
「それでは当然その窓の由来もご存知ですわよね?」
「ふん、無学なお前に教えてやろう。あれは京都の源光庵にある悟りの窓がモチーフになっているんだ」
浅い知識で得意気になりおって。すぐにへし折ってやるわ。うけけけ。
「お隣には四角い窓がありますが……」
「それは迷いの窓だ」
「では、どうして丸が悟りで四角が迷いなのでしょう? それにいかな理由で二つを並べているのでしょう?」
「えっ? あっ……それはだなぁ……あれだよ、うん、そうあれだ」
なにがあれじゃ。さっそく馬脚を現しおって。
ここから一気にいく前にお茶を一口。ずずっとな。あゝ、お茶が美味しいですわ。
――コトッ
湯呑を茶托に戻し木衛守に体を向ける。
さあ、清涼院麗子の一世一代の大勝負ですわよ。
「源光庵は禅寺ですわ。禅で言うところの悟りと迷いが同居しているのが人であるとの意味が込められているのですわ」
「そ、それをいま言おうと……」
「角とは人の世の苦しみ」
木衛守が何かほざこうとしたところに被せてまくし立てる。
「つまり四角は四つの苦しみ、
お猿さんがタジタジになっておるわ。オタクの知識量なめんなよ。
「対して角の無い円は欠けるものの無い、四つの苦しみからも解放された禅における真髄、
円相と円窓をかけているくるなんて禅の世界もしゃれっ気があるものよね。
「円とは始まりも終わりも無い形。すなわち宇宙そのもの。そこには四苦の執着から解放された悟りの世界があのですわ」
感心しているのにごめんね。これって私の考えじゃなくって前世で禅寺のお坊さんの説教なんだ。
「ご老公」
「むっ?」
古狸に向き直ったら身構えられた。そんな警戒しなさんな。ちょっと体を向けただけじゃない。
「ご老公はとても血筋を大切にされておられますのね」
「おぬしも美咲のように下らないと申すか?」
うん、くっだらねぇ。
「まさかまさか。私も血は尊いものであると思っておりますわ」
ホントはミジンコほども思ってねよ。だけど、バカ正直に言うわけないじゃん。血筋バカの老人やお猿さんに正論を述べるだけムダムダ。
「高貴な血筋、それだけで得難き資質と申せましょう」
さーて、清涼院麗子、清水の舞台から飛び降りる覚悟で一世一代の大芝居ですわよ!