「あはは、麗子ちゃんも大変だったみたいね」
「笑い事ではありませんわ」
英会話後のいつものお茶会で、舞香お姉様と先日の誘拐事件の話題となった。舞香お姉様によると、あの後どうやら久条家はかなりバタバタしたらしい。
結論から言うと久条のご老公は清涼院に姫君を拐かした責任を取って隠居。美咲お姉様と木衛守の婚約話は破談とあいなった。
「麗子ちゃん大活躍だったみたいじゃない」
「滝川のおじ様に手の平の上で転がされただけですわ」
久条のご老公の専横に久条のおじ様も堪忍袋の緒も切れ、そこに滝川のおじ様がクーデターを持ちかけたのが事の発端。
そんな折にご老公が今回の騒ぎを起こし、滝川のおじ様が便乗するように一計を案じた。
清涼院の娘を強引に呼びつけ大人数で囲んで威圧するなど大問題にならないはずがない。下手すりゃ警察案件だかんな。
ご老公の愚行を滝川のおじ様は制止しているが、それも全て計算の内。止めればご老公が頑なになると踏んでいたのだ。さらに、自分は反対であるスタンスを見せた事で無関係の立場であると知らしめたのである。
お父様に私の居場所をリークしたのも滝川のおじ様だ。お父様があの現場に居合わせれば、事は大きくなるし言い逃れもできなくなる。
おじ様はまんまと久条のご老公と腰巾着の分家どもを一掃したのだ。まあ、現代版お家騒動ってやつだな。
「私みたいな子供をダシにするなんて滝川のおじ様も酷いですわ」
「おじ様も途中で麗子ちゃんを助けるつもりだったみたいよ」
「本当ですの?」
どうも放置されていたように思えるけど。
「だけどまさか麗子ちゃんが大人達を圧倒しちゃうなんて思ってもみなかったのよ」
「呆れてしまったと?」
「逆よ。惚れ惚れしたって。おじ様、ぜひ麗子ちゃんを和也のお嫁さんにしたいっておっしゃっていたわ」
うげっ、止めてくれ。その話を蒸し返すな。
「私は滝川のおじ様に良いように使われただけですわ」
蓋を開けて見れば滝川のおじ様の一人勝ちじゃない。
「お父様も滝川のおじ様に手引きされたようですし、父子ともども完全に転がされてしまいましたわ」
「まっ、清涼院のおじ様もそれを分かっていて滝川家と久条家に大きな貸しを作った節はあるみたいだけどね」
「お父様がですの?」
「ええ、どうも裏取り引きがあったようよ」
あの腹芸のできんタヌパパンが?
「麗子ちゃんは辛辣ね。清涼院のおじ様はあれで経済界ではやり手で通っているんだから」
マジ?
「今回の件で久条家、滝川家は清涼院家に足を向けて寝られないって、おじ様達もおっしゃっておられたわ」
「それでは私一人が好い面の皮ではありませんの」
「まあまあ、そう言わないで。美咲も麗子ちゃんには感謝しているのよ」
そりゃあ、美咲お姉様にすればバカボンとの婚約が流れてウハウハでしょうとも。
「あの子ったら目をキラキラさせて麗子ちゃんは凄い凄いってはしゃぐのよ」
私、何かやっちゃいました?
「あんなに小さいのに大人達に囲まれても平然とお茶を啜っていたのには唖然としたって」
お茶と主菓子に現実逃避してただけですけどね。
「泰然自若とした態度で木衛守だけじゃなく、ご老公にまで啖呵を切った姿には感動したそうよ」
けっこうテンパってたし、最後はメンドーになってキレ散らかしただけですけどね。
「まあ一番驚いたのは、ご老公が丸くなったことみたいだけど」
「隠居されてしがらみが無くなったからではありませんの?」
あれ以来、久条のご老公は憑き物が落ちたように人が変わった。
「麗子ちゃん、ご老公と親交ができてるんですって?」
「ええ、まあ」
後日、私は再びご老公に呼び出された。
「あんなに酷い目にあってホイホイよく屋敷へお邪魔したものよね」
だって、美味しいお茶とお菓子ご馳走してくれるって言うんだもん♪
先日いただいた
「ご老公自ら謝罪をしたいとおっしゃられては拒むのも憚られまして」
まあ、表向きは和解の場だったんだけどね。ホントは例のお茶の銘柄と和菓子屋さんを教えてもらいに行ったのだ。
あの主菓子は美味しかった。是非とも入手先を知りたかったんよ、私は。
今でも鮮明に思い出せる。あの練り切りはサイコーだった。上質な桜餡は口に入れればふわっと桜が薫り、口に中に餡が解けて上品な甘さが広がる。アレは良いものだ。
だが、残念ながら和菓子屋さんは京都の老舗で取り寄せ不可だったけどね。あの時はご老公がわざわざ京都より手ずから持って来た逸品を出してくれたんだって。良い人だ。
「その後もご老公が京都からこっちに出てくる度に会ってるって聞いたけど?」
「なぜか気に入られまして」
京都でしか食べられんとショックを受けていたら、「ならばこっちに来る時に手土産にしよう」とご老公が提案してくれた。その代わり一緒にお茶でもどうかとの提案のおまけつき。もちろん私は「ヨロこんで!」とにっこり笑って二つ返事だ。
「……という経緯でして、ご老公とは親しくさせていただいておりますの」
以来、ご老公は京都限定の菓子を持参してやって来るようになった。今では茶飲みマブダチよ。既にローちゃん麗ちゃんと愛称で呼び合う仲なのだ。
そう言えば今年の修学旅行は京都だったな。ローちゃんに教えてもらって老舗巡りするのも悪くない。
いや、ここはローちゃんに車出してもらって案内してもらうのも良いかもしれんな。
「お菓子に釣られてって……麗子ちゃん、私は麗子ちゃんが誘拐されないか心配よ」
九条家の元フィクサーをアッシーにする算段を考えていたら、なぜか舞香お姉様に呆れた顔をされた。
「まあ、何はともあれ全てが丸く収まって良かったではありませんか」
「そうね、美咲もスカッとしたって喜んでいたし、私としても肩の荷が降りた気がするわ」
これで美咲お姉様の婚約騒動も一件落着。
「和也だけ複雑な気分みたいだけど」
「美咲お姉様の婚約が流れたのにですか?」
愛しいの美咲お姉様の婚約が破談になって喜んでおらんのか。もっとも、どうせフラれるんだがなウケケケ。
「自分の力不足を痛感したみたい」
「小学生の身で何か出来るわけないでしょうに」
「それを麗子ちゃんが言う?」
舞香お姉様が苦笑いされたけど、どうしてん?
「同い年の麗子ちゃんが目の前で、自分にできない事を平然とやってのけたんだもの。和也も気が気じゃないのよ」
「そういうところがお子様なのですわ」
そこにシビれて憧れればいいだろうに。
「私には麗子ちゃんが大人過ぎると思うのだけど」
まあ、中身アラサーですから。
「なまじっか和也は出来る子だから、プライドもズタズタなのよ」
体育祭の時といい私にやたら突っかかってくるのはそのせいか。
「それに、美咲の婚約が破談になっても和也の状況は好転するどころか悪化してるからね」
「何かありましたの?」
「実は……」
舞香お姉様の聞いた話では、滝川のおじ様だけではなく久条のおじ様からも美咲お姉様の相手に滝川はないと告げられたそうな。
久条家としては滝川家と強固に結びたいはず。それにも関わらず拒否されたとなればよっぽどだ。
「しかも、美咲本人からも和也と婚約は考えられないって直接言われちゃってね」
「それは……ご愁傷様です」
ウケケケ、滝川ザマァ!
「それで和也、へこんでいるのよ」
「おいたわしい」
「麗子ちゃん、言葉と裏腹に嬉しそうじゃない?」
「まさかまさか」
なんです舞香お姉様。その疑いの目は。同級生が苦しんでいるんですよ。私がそんな薄情な女に見えるんですか?
当然めっちゃ嬉しいです♪
「とにかく和也があまりに落ち込むから美咲の婚約を教えられないのよ」
「は?」
なんですと!?
「美咲ね、婚約が決まったのよ」
「えええ!?」
舞香お姉様の話によると久条のおじ様がずっと考えていたお相手がいたらしい。美咲お姉様もまんざらではないとか。
「まさかお兄様ではありませんわよね?」
「雅人さんではないわ」
もちろん木衛守ロリコンでもない。いや、ロリコンだった。聞いたら相手は六つ歳上の十九歳らしい。
「美咲が高等部を卒業したら正式に発表するみたいよ」
ほーほー、なるほどなるほど。これは良い事を聞いた。
滝川め、いい気味だ。これに懲りてちょっとは大人しくなってくれ。