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第78話 麗子様は君達を忘れない。


「連綿と続く血筋とは禅で言う円と同じ。血が代々受け継がれていくのは、ぐるりと回り円を描くがごとし」

「ほう」


 私が指で宙に円を描くとご老公が感心する。こんな口車にホイホイ乗って大丈夫か?


「ですが、その尊貴さを守るための努力を惜しめば高貴な血もよどみきり、完璧な円が歪んでしまいますわ」

「ふむ、なるほど」


 このおじいちゃん、オレオレ詐欺に引っかかるんじゃね。久条家は詐欺対策を早急にした方がええぞ。


「木衛守様、完璧とは何かご存知で?」

「完璧は完璧だ。つまりあれだ……そう、パーフェクトってことだ」


 なに言ってんだこいつ?


 ちょいおバカさんどころか、パーフェクトおバカさんじゃないか。


「完璧とは戦国時代、趙の恵文王に仕えた名臣 藺相如りんそうじょが無傷で宝玉を運んだ古事に由来します。つまり、完璧とは傷一つ無い『たま』のことですわ」


 璧ってのは円盤の中心に円孔のある五円型の祭器のことじゃ。


「しかしながら傷一つ無いと思っても玉を良く見れば細かい傷が必ずあるもの。ご老公、完璧だと思った先には、より完璧があるものなのですわ」

「完璧の先にある完璧か……それでは永遠に完璧とはいかぬな」

「だからこそ円なのです」


 私は首を横に振って否定した。


「円は常に巡り先があって先が無く、後ろがあって後ろが無い。それは永遠に続く連鎖。これぞ真に完璧なる世界。血筋もまた連綿と続く円なのです。高貴な血が続くことこそが完璧な円の世界」


 おおっと古だぬきが目をキラキラさせておる。気持ち悪いからやめれ。


「ですが、円も歪めば角が立ち、それは四角と変わらぬものになります」

「尊貴な血筋に歪みが生じると申すか?」

「はい、円を歪めるものとはすなわち怠惰であり傲慢なのですわ」


 どうやら古狸にも私の意図が伝わったらしい。むむっと唸って顔をしかめた。


「玉も磨かねば歪な形となり、せっかくの尊貴さも損なわれると言うもの。血による資質もまた磨いてこそ光ります。どんな素晴らしい原石も輝かぬのならただの石ころ」

「つまり、守君は路傍ろうぼうの石だと言いたいのかね?」

「それも完璧な円である血筋を歪ませてしまう程の」

「そこまで酷くはなかろう?」

「ご老公はこの方に血筋を守るだけの教養のカケラでも感じられまして?」


 木衛守は私とご老公の会話について来られず、頭上に「?」マークを量産しとる。それを見てご老公も苦笑い。


「木衛家は立派な血筋。その血を引く彼なら再教育すれば光り輝くのではないか?」


 往生際の悪いジジィめ。文字通り引導を渡したろか?


「二十五になっても磨いていない者がいかようにして?」

「三十にして立つと言うではないか」


 論語かよ。バカめが。ワレ絶対記憶保持者のオタクぞ。


子曰しいわく、れ十五歳にして学を志す。三十にして立たつ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順みみしたがう。七十にして心の欲する所に従したがいて、のりえず」


 それくらい全文そらんじてやるわ。


「三十にして立つには十五において一心不乱に学問に打ち込む必要があるようですわね。失礼ですが木衛守様と孔子を同列になさるなど笑止ですわ」


 扇子をバッと広げて口元を隠しておほほと笑う。何度やっても楽しいわね、コレ。


「もっとも、清涼院家の者としては久条家が勝手に衰退してくださるのは万々歳と申し上げるべきですわね」

「おぬしは本当に小学生の小娘か?」

「ふふ、見ての通りにございますわ」


 ほれほれ、見てみい。ぴっちぴちの十歳児やろがい。


「ですが、小娘である前に私は清涼院麗子でしてよ。これが真に血筋の資質と言うもの。そこのお猿さんと一緒にされては困りますわ」


 スクッと立ち上がって麗子様ポーズで高笑い。おーほっほっほ、皆のもの頭が高い。


「それでは私はこれで、ご機嫌よう」


 優雅に一礼してクルリと翻る。みんなあっけに取られているわね。どさくさに紛れて退散よ。すたこらさっさー。


 と思ったら、私の前に立ちはだかる大きな影。


「まあまあ麗子君、そんなに急がないで」

「滝川のおじ様!?」


 おじ様、なぜですの。どうして私の邪魔をなさるんですか。まさか、私の敵に回るおつもりなんですの?


 だけど、私の心配をよそに滝川のおじ様は素敵にダンディな笑顔でウィンク。そして、私の耳元に息がかかるほど口を寄せてきた。


 イヤン、麗子にはお兄様がいますのよ。でもでも、おじ様ならイケない恋に落ちてもよろしくってよ。


「もう少しだけ待ってくれるかな」

「ですが……」


 チラッと古狸を見れば顎をしゃくって座れって命令してやがる。くっ、けむに巻く作戦が失敗よ。万事休す。


「大丈夫、もうすぐお迎えが来るから」

「お迎え?」


 あら? なんだか部屋の外が騒がしいけど……なんでしょう?


 ――バンッ!


 不思議に思ってたら勢いよく襖が開き、転がり込むように乱入してきたのは一匹のタヌキ。


「麗子ぉぉぉ!」

「お父様ぁ!?」


 今まで油断のならぬ古狸を相手にしていたので、タヌパパンの間抜けヅラにちょっと心が和みますわぁ。さすが我が家の誇るゆるキャラね。


「お父さんが来たからもう大丈夫だぞ」


 お父様が私を抱きしめ、キッとご老公を睨んだ。


 うーん、だけどお父様でご老公に太刀打ちできるかしら。同じ狸でもあっちは化け狸のたぐいだからなぁ。貫禄負けで勝敗が見えているわ。お腹の貫禄だけは勝ってるけど。


「久条のご老公、清涼院家の当主として今回の件は抗議いたしますぞ」

「そういきり立つな清涼院の」


 ご老公は宥めるような物言いだけれど、その実お父様を完全に見下しているのが分かる。このクソジジィが。今じゃ清涼院家の方が政財界への影響力はでかいんだぞ。


「ご老公、いかに久条家といえど、いえ、五摂家筆頭なればこそ分別を持たねばならないのではありませんか」

「清涼院ごとき若造がわしに説教か?」

「度が過ぎていると申して上げているのです」


 むっと睨みつけるご老公に一歩も引かないお父様。どうしたん、お父様。いつもより百倍頼りになるんですけど。


「麗子はまだ十歳の子供でというのに」

「その娘がただの子供かよ」

「確かに麗子は周りの子供よりも大人びております。それでもやはり子供は子供。大の大人が寄ってたかって威圧すれば、その恐怖はいかほどのものとお考えか」


 お父様が周囲の大人達を睨みつけ恥を知れと一喝。


 ホントにお父様どうしたん?


「それに、麗子はこの清涼院の大事な娘。このような振る舞いに黙っていられるほど私は人ができてはおりません!」

「清涼院の、まさか久条と事を構えるつもりか?」

「必要とあらば全面戦争も止む無しですな」

「馬鹿な、たかが娘一人のために清涼院家を潰すつもりか?」

「たかがではありません。麗子は私どもにとってかけがえのない娘。たとえ清涼院家が潰えようと全力で守りますぞ」


 やだ、ちょっと泣けてきちゃった。お父様がそこまで私のことを思ってくださっていたなんて。来年からバレンタインはチョコ無しからチロチョコ一個二十三円(税込)に格上げしなきゃ。


「それにご老公、どうして最初から久条家が勝つと思われるのか。この清涼院、腐っても国のトップ企業の一つを担う者。全身全霊を賭けてあなた方を打ち倒してみせましょうぞ」


 お父様とご老公の視線がバチバチぶつかって火花を散った。私には見える。二人の背後に化け狸とゆるタヌキのオーラが浮かび上がっているのを。


 さて、冗談はさておき、このままではホントに政財界の仁義なき戦いに発展しちまう。その原因が私のような絶世の美少女なのは中々に艶のある物語よね。


 だけど、やっぱそれは困る。

 私は平穏に暮らしたいのだ。


「ふふ、お父様、このような些事にいちいち腹を立てるものではありませんわ」


 扇子をバッと広げて口元を隠してくすくす笑って見せる。ホントは恐くて唇震えてるんだけどね。


「私はただお茶と主菓子を頂いていただけですわ」

「お茶って……この状況でそれはいくらなんでも」


 まあ、一人の小学生を大勢の大人が囲んでいる異様な光景で説得力ないわよね。でも良いの。これ嫌味だから。


「まさか天下の久条家がたった一人の小娘ごときに恐れをなして大勢で威嚇するなんてあり得ませんわ」


 そうでしょう?とゆっくりと大人達を見回せば、どいつもこいつもサッと視線を外しやがった。ふんっ、小物どもめ。


「皆さま、大変お世話になりましたわ」


 にっこり(意訳:てめぇらの顔は忘れぬぞ)。


「それではこれにて失礼いたしますわ」


 ああ、そうそう、忘れてた。


 帰ろうとしてくるっと振り返ったらご老公がビクッと震えた。どうしたん?


「ご老公、とても美味しいお茶と主菓子おもがしありがとうございました」


 にっこり(意訳:後日、お茶の銘柄と和菓子屋さん教えてね)。


 この清涼院麗子、食べ物の恩だけは決して忘れぬぞ。


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