麗子はなぜか動物に嫌われる。
麗子が近づくと動物は逃げてしまうんだよね。逆に麗子は動物が大好きなようだけど、いつも盛大な片思いで見ていて痛々しい。
我が家には三匹の番犬がいる。
ドーベルマンのタロー、ジャーマンシェパードのジロー、そして何故かその中に混ざっている愛嬌のある柴犬のサブロー。彼らはドッグトレーナーの駅田さんにしっかり躾けられており、三匹とも清涼院家の者には良く懐いている。
ところが麗子だけはなぜか別なんだよね。
父さんにも母さんにも、そして僕にも三匹は尻尾を振って嬉しそうにじゃれてくる。ところが、麗子の気配を感じると尻尾を丸めて脱兎のごとく逃げていく。優秀なドッグトレーナーの駅田さんがどんなに調教してもダメだった。
「己の未熟さを痛感しました」
がっくり肩を落とす駅田さん。
かなり自信を喪失したみたい。
ごめんね、麗子のせいで。駅田さんは悪くないんだよ。誰がやっても結果は同じだから。きっと。
これだけ我が家の愛犬達に避けられているのに、それでも麗子はこの三匹が大好き。知ってるよ。三獣士とかあだ名を付けてるよね。
特に父さんと同じく柴犬のサブローがお気に入りだ。本人は猫派だと
「私、この子を買いたいですわ!」
ある日、そんな麗子が仔猫を拾ってきた。見るからに雑種である。案の定、父さんと母さんは大反対。さすがにこれは許可が降りないかな。
可哀想だけど僕も二人とは違う理由で仔猫を飼うのには反対だから援護はできないんだ。ごめんね、麗子。
だって、麗子の思惑は分かっているから。仔猫の内から手懐ければ自分に慣れてくれて逃げないだろうって考えているんでしょ?
だけどね、たぶんそれムダだと思うよ。その仔猫もきっと成長したら逃げ出すからね。
これ以上、僕は麗子の悲しむ姿は見たくないよ。ホント、父さんと母さんが反対してくれたのは助かった……と思ってたら、おいおい、麗子が見事に二人を籠絡しちゃったよ。
麗子が仔猫を両手で持ち上げて大はしゃぎ。こんな喜びようを見たら反対しづらいなぁ。
「麗子、その仔猫だけど、飼うのはやめた方が良いと思うよ」
だから、ちょっとだけ釘を刺す程度にしておいた。
麗子は意味が全く分かっていないようだったけど。
大丈夫かなぁ。ホントに。
麗子は仔猫をマダラと命名した。
ハチワレの
おいおい、麗子、それはさすがに安直だろう。
こうしてマダラは清涼院家の一員となった。あれだけ反対していた父さんと母さんもデレデレになっている。
よちよち歩きのマダラを後ろから相好を崩して追いかけている二人の姿はとても他所様には見せられない。あれは清涼院家の沽券に関わる。まずい、絶対にまずい。
だけど、一番デレデレしているのは言わずもがな麗子である。マダラの周囲には三獣士もいるから動物達に囲まれて麗子もご満悦。とっても幸せそうだ。
「麗子、あまりショックを受けないでね」
そんな麗子を見ていると、これから起きる悲劇に居た堪れなくなってくる。幸せの絶頂から叩き落とされたら、どれほどの失意となるだろう。
「何があっても僕は麗子の側にいるからね」
あゝ、僕にはこれくらいしか言葉をかけてあげられない。許しておくれ、麗子。僕はなんとも不甲斐ない兄だ。
麗子とマダラとの別れの日も近い。拾って一ヶ月も過ぎ、マダラがどんどん自立してきたのだ。
「マ、マダラさん、どうしてなの!?」
そして、いよいよマダラが麗子の手から離れた。麗子が手を伸ばすとサッと逃げ出してしまう。これには麗子もショックを隠せない。まあ、あれだけ可愛がっていたものね。
「これが反抗期なんですの?」
「いや、反抗期じゃないから」
僕がマダラを抱き上げると、麗子は膝から崩れ落ちた。どうやらマダラは人懐っこい性格のようで、
「里子に出すかい?」
こうなればマダラを麗子の我が家に置いてはおけない。マダラが近くにいれば、嫌でも麗子はこの惨劇を思い出してしまうから。
「い~や~、マダラさんがいいのぉ」
だけど、それでも麗子は首を振ってマダラを手放そうとはしなかった。手ずから世話をしてたからね。だいぶん愛着も沸いたのかな。
「マダラさんはきっとツンデレさんなんですわ」
「……デレる日がくると良いね」
「私は神に誓います。この大いなる試練に負けません。明日に望みを託して!」
おいおい麗子、木の下で夕焼けに向かって『tomorrow is anothe day』って、どっかの名作映画じゃないんだから。
それにしても麗子は本当に
麗子、僕はいつまでもそんな君の味方だからね。