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第88話 麗子様は悪役お嬢様の未来を憂う。


 覚醒したスーパー滝川の成長は著しかった。それはもう別人になったんじゃないかって思うくらいに。


 それが最初に明らかになったのは体育祭だ。


 己のトレーニングに余念のなかった滝川。ところが、今年は昨年の轍を踏まず、リーダーシップを発揮したのだ。自己鍛錬の他にクラスメートの面倒も見る姿はまさに呂蒙のごとき勇将。ついにはチーム一丸となって堂々の優勝を果たしたのである。


 あれでは粗忽と迂闊が敵うはずもない。所詮あの二人は四天王最弱。清涼院派閥のツラ汚しよ。


 ちっ、これで来年は私が出場せにゃならんくなったじゃないか。


 さらに滝川の快進撃はここで止まらなかった。

 次にヤツが行ったのは菊花会クリザンテームの会長選である。


 修学旅行の約束で早見が会長に立候補してくれるはずだった。ところが、滝川が手を挙げやがったのだ。文武両道にして滝川グループの御曹司。なおかつ体育祭でリーダーシップを発揮して株価が急上昇中の滝川を阻む者は誰もいなかった。


 これはまずい。来年の入学式で滝川がまた魔王となって新入生を恐怖のどん底へ叩き落としてしまう。その未来に私は戦々恐々とした。


 ところが私達が六年生になった春の入学式の日――


「えっ!? 今年は魔王を演奏なされないのですか?」

「あたり前だ。もっと入学式に相応しい曲があるだろう」


 そう言って滝川はバッハの『主よ人の望みの喜びよ』とエルガーの『威風堂々』を見事に演奏した。去年、私が提案したら難色示したくせに。


 うーむ、滝川がここまで成長するとは。これも茉莉ちゃんへの愛がなせる業か。マジでスーパー滝川の覚醒度がヤバい。


 だが、これはまずいことになったぞ。滝川のこの変化が全て私の影響によるものだと周囲が誤解してしまったのだ。


 最近また滝川ママからのラブコールが激しい。「やっぱり麗子さんは和也にとって必要だと思うの」とお嫁さんに来てとしきりに迫ってくる。


 これはほとぼりが冷めるまで近づかない方が良いな。初等部最後の一年間は息を潜めて平和に過ごそう。


 社交会の誘いは全て年齢を盾にお断りし、私は外部の接触を絶って引き篭もった。学園では楓ちゃんと椿ちゃんに私と滝川以外の話題を提供し、情報操作も行った。さらにサロンでは滝川には決して近づかないようにもした。早見がやたらとちょっかいかけてきやがったけど。えーい鬱陶しい。


 まあ。その甲斐あって六年生になって半年は平穏な日々だった。今にして思えば、この半年間が初等部で過ごした六年間の中で一番平和だったんじゃないだろうか。


 そのせいで『これで初等部は無事に卒業できるわね』と油断したのがいけなかった。


 秋になり体育祭の日が近づいてきたある日――


 この半年、ずっと距離を取っていた滝川が接触してきたのだ。


「清涼院、約束は守れよ」

「はい?」


 約束だぁ?

 なに言ってんだコイツ?


「昨年、俺は優勝を果たしたぞ。今年こそ清涼院も選手として体育祭に参加しろよ」


 うげぇぇぇ!


 そんな二年前の約束を覚えてたんかい。


「はて、なんの事でございましょう」


 うん、ここはすっとぼけて反故ほごにしよう。


「絶対記憶保持者のくせに忘れたとは言わせんぞ」

「確約した覚えはありませんし、やはり菊花会クリザンテームの一員としての責務がございますので」

「安心しろ。今年から体育祭は四年と五年で回るようシステムを構築した」

「え゙っ゙!?」

「やはり六年生は最後だから全員が参加できるようにしなければな。全員の承諾も得ているぞ」


 コイツ、いつの間にそんな根回しを。キサマにそんな細やかな配慮ができたのにビックリだ。


「さあ、後顧の憂いは何も無い。心置きなく体育祭に参加してくれ」


 清涼院との対決が楽しみだと滝川は高笑い。くそっ、退路を絶たれた。出場せねばならんのか。だが、昨年の滝川から戦力分析をすれば私に勝ち目は万に一つも無い。


 せっかく私には勝てんぞと滝川の魂に刻み込んだのに、ここで敗北すれば一気に立場が逆転しかねん。ここはなんとしても負けられない。


 迂闊と粗忽の尻を叩き戦力アップを図って挑んだ体育祭。しかし、健闘虚しく予想通り我が清涼院陣営はコテンパンにされて惨敗した。


 滝川は色んなコンプレックスを乗り越え、一皮剥けたんじゃないかな。誇らしげに優勝旗を掲げる滝川はどこか自信に満ちていた。


 地上最強の生物も言っていた。たかだか一時間余りでカトンボを獅子に変える。勝利とはそういうものだ。もう私は逆立ちしても滝川に勝てないかもしれん。それほど滝川は自信をつけちまった。


 この体育祭の結果、どうにも不安が残るなぁ。何にもなきゃいいけど。


 それから半年が過ぎ卒業式――


「雪解けの水音に春の足音を感じ、陽だまりのぬくもりが心にしみる今日この頃。校庭の桜の蕾も芽吹き愛らしい薄桃色の花が、私たちの巣立ちを優しく見守って……」


 壇上で滝川は卒業生代表として答辞を述べている。その姿は威風堂々として、入学した頃の生意気なだけの少年ではなくなっていた。


「……卒業生代表、滝川和也」


 素晴らしい答辞に会場から割れんばかりの拍手が沸く。


 その喝采を壇上で当然のように受ける滝川と会場の席からその他大勢と一緒に手を叩く私との間には大きな隔たりができたように思える。


 この位置関係が私とヤツの今後の関係性にどんな影響を与えるのやら。最後の最後で私の悪役お嬢様の未来に不穏な影を落としちまったい。麗子とっても不安!


 初等部最後の一年間はとても平和だったんだけど、とんでもない禍根を残してしまたなぁ。


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