私、西田ゆかり、二十二歳。
この度、学校を卒業してコンシェルジュになりました。
就職先はなんと名士名家の子女が集う超名門校、大鳳学園です。将来この国の政財界を背負って立つやんごとなきお子様ばかりなの。
彼らの覚えめでたくなればこの上ない名誉。だけど逆にトラブルになったら私みたいなコンシェルジュの首なんて簡単に吹っ飛んじゃう。
だから、「大鳳学園の
中でも
こわっ、なにそのアンタッチャブル!?
しかも、現在所属している子供達の親は大物ばかり。中でも滝川グループと早見グループの御曹司は別格。
なんせどちらも日本有数の企業で学園にも多額の寄付をしているのよね。だから、小学生でもかなりの影響力を持ってるの。世の中やっぱりお金なのね。クスン。
だけどね、もっと要注意な人物がいるの。
清涼院麗子様。
彼女は日本のトップ企業である清涼院グループのご令嬢。しかも、寄付金がハンパ無いらしい。
なんでも滝川家、早見家の両家を合わせた額を凌駕する大きな寄付がされたとか。おいおい、どんだけ両親から溺愛されてんのよ。
きっと、すっごい我がまま娘なんだろーなぁ。
噂ではお人形みたいな整った容貌だけど、吊り目のきつい縦巻きロールでザ・お嬢様って感じらしい。怒らせると人生を破滅させられる大鳳の女帝だって先輩コンシェルジュに脅されちゃった。
実際、その権限はかなりのもの。
私の就職先はそんな恐ろしい魔王や悪魔達がひしめく魔窟なのだ。私みたいな新人が場所に配属されるような場所じゃないと思うんですけど。
これも敬愛する先輩コンシェルジュ各務さゆりさんが結婚出産を機に退職されてしまったからだ。それで、さゆりさんの後釜として指名されたのが私ってわけ。
どうしてコンシェルジュなりたての
あゝ、嫌だなぁ。行きたくないなぁ。
なーんて、考えていた時期が私にもありました、よと。
住めば都とは良く言ったもので、意外と人間はどんな環境でも適応してしまうらしい。着任前はさゆりさんが鬼のようなドリルお嬢様に酷い目に遭わされてるって聞いて戦々恐々としていたんだけどね。
「えっ、私が麗子ちゃんに奴隷扱いされてる?」
引き継ぎの時にさゆりさんに確認したら目をぱちくり。
「ないない、そんなのあるわけないじゃない」
そして、盛大に爆笑された。
まあ、確かに見てたらさゆりさんは完全に麗子様を餌付けしているのよね。サロンの学童達に給仕している最中に隙あらばせっせと麗子様に給餌していたのだ。その関係はまるで親鳥と雛。餌を集めて動き回る
何これ?
めっちゃ可愛いんですけど。
「ねっ、すっごく可愛いでしょ?」
さゆりさんってば麗子様にデレッデレ。麗子様もさゆりさんに完全に慣れちゃってる。清涼院家の令嬢、人形みたく整った顔、そして縦巻きロールヘア。どれを取っても恐い第一印象しかなかった麗子様が安心しきった猫のごとくさゆりさんにゴロニャンしているのだ。
うん、これは可愛いわ。
ギャップ萌えってヤツ?
「だけど、他の先輩は麗子様を恐がってませんか?」
さゆりさん以外のコンシェルジュは麗子様を警戒している。実際、麗子様について尋ねたら、さゆりさんの方がおかしいのだと言われた。
「うーん、それには理由が二つあるの」
さゆりさんの話によると麗子様を溺愛する超シスコンの兄がいるらしい。麗子様に何かあれば物理的に首が飛びかねないにだとか。何その人、恐ろしい。
「それと麗子ちゃんって、意外と人見知りするの」
最初から気安くはあるけれど、本当に気を許すのには時間がかかるそうだ。安心できる空間を作り、向こうが近づいて来るのを待つ。そして、優しくスキンシップをしていれば次第に慣れるのだとか。保護猫かよ。
「手っ取り早く仲良くなる方法は食べ物よ」
それって餌付けじゃないですか。さゆりさん完全に麗子様をまんま保護猫扱いしてますよね。
「でも気をつけてね。麗子ちゃんは絶対味覚の持ち主だから舌がとっても肥えているから」
どうやらお菓子ならなんでも良いわけじゃないらしい。高級品しか受け付けないとは、なんて餌代のかかる
だけど、さゆりさんはそうではないと否定した。
「麗子ちゃんはコストパフォーマンスをこよなく愛しているのよ」
たとえ超高級品でもブランド名にものを言わせて高いだけならそっぽを向くし、逆に安物でもそれ以上の価値あるクオリティならば駄菓子でも喜ぶらしい。
費用対効果こそが正義。なんて庶民!
さゆりさんが職場を去ると麗子様はキョロキョロオドオドし始めた。そして、新たなに配属された私を見つけると警戒しながら徐々に徐々に距離をつめてくる。まるで捨て猫じゃない!
うーん、本当に可愛い生き物だなぁ。さゆりさんの助言に従って試しに何か食べ物でも与えてみようかな?
だけど、私ってスイーツにあまり詳しくないのよね。迂闊な物はダメって言われたしなぁ……ってそうだ!
「麗子様、麗子様」
手招きすると麗子様はコテンと小首を傾げてジーッと私を見つめていたけど、手に持つ物をチラッと見せたらトタトタトタと走り寄ってきた。か、可愛い!
私が
「こ、これは!?」
「至高の逸品、ブラックトルネード(税込五十五円)にございます」
「むむむっ、チョコレート市場売上ナンバーワン、アイラク製菓が誇る人気チョコバーですわね」
麗子様は小さなチョコを掲げて「美味しさトルネード級♪」と嬉しそうにはしゃいでる。どうやら日本トップの企業のお嬢様は庶民のお菓子にも精通しているものらしいです。
「ですが、初めて見るデザインですわ」
「それは京都限定宇治抹茶小豆味ですので」
「くっ、ご当地ものとは盲点でしたわ」
さゆりさんの横流しで全種類網羅していたと思っていたのにと悔しがっている。見た目通り負けず嫌いなのかな?
「そのような貴重なものを頂いてもよろしいのかしら?」
ありふれたスナック菓子だし、限定品と言ったって今時は通報でもなんだけどなぁ。
「上納品にございますので」
「そこまでおっしゃるなら」
取り澄ましているけど、すぐ「限定♪限定♪」と小躍りし始める。なんか可愛い。どうやら限定品に弱いようだ。
「今後ともよしなに」
「うむうむ、そちも悪よのぉ」
ノリも急に良くなった。どうやら私は麗子様のお眼鏡にかなったようです。ホッ。
それから麗子様にご当地ものを横流ししながら、お茶や高級菓子の勉強も始めた。さすがにいつまでも安いお菓子で誤魔化せない。サロンに提供するスイーツも選ばないといけないしね。
それからしばらく経ったある日のこと。先輩から「そろそろ西田もスイーツやお茶の発注を覚えろ」とお達しがあり、一部の注文を任された。
うーん、どうしよう。まだ勉強中なんだけどなぁ。
あっ、そうだ。ちょうどフランスから来た新進気鋭のパティシエの店ができてたっけ。確か『パティスリーポミエ』だったかな。そこのガレット・デ・ロワが超人気らしいの。それでいいか。
ついでに最近勉強した紅茶、マリアージュフレールも一緒に頼んじゃえ。この店はフランスの老舗紅茶専門店で、ブレンドティーが有名なんだって。
中でもポムデュデジールっていうフレバードティーはリンゴの香りがとっても良いの。
はっきり言って庶民が普段使いするにはお高い。ところが、サロンで扱うには、これでも安物過ぎだと先輩達から難色を示された。
「西田、お前もっとマシな物は頼めなかったのか?」
「
「そうだぞ、ここのメンバーは高級ブランドに慣れ親しんでいる。子供と侮ってあまり変な物は出すと首が飛ぶぞ」
あっ、先輩達、別に買い揃えたお高いスイーツやらお茶やらをワゴンとケータリングテーブルに並べちゃった。私のパティスリーポミエのガレットを置くスペースは隅っこなんだ。
誰も見向きもしてくれない。先輩達も勧めてくれないし。完全に売れ残っちゃった。クスン。
美味しいと思うんだけどなぁ。