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第92話 新人コンシェルジュはへこたれない


 サロンでは間食を頼む菊花会クリザンテームのメンバーも少なくない。


 実際、ケータリングテーブルの上に陳列されたスイーツがどんどん減っていく。私のガレット・デ・ロワ以外は。


 それ見たことかと先輩達の冷たい目。

 だけど、これってあんまりじゃない?


 私はちょっとオコだった。だって、端の目立たない位置に追いやられ、子供達が説明を求めても私のだけ除外するんだもん。こんなのフェアじゃない。


 そこへご降臨あそばされたのが我が女神、麗子ちゃ……様!


 いつものように誰もいないテーブルを選んで座る麗子様の元へワゴンを押していの一番にゴー。


 それに気づいた先輩達が「やめろ西田!」と目で訴えてる。彼らは私のガレットとマリアージュが麗子様の不興を買うと予想したらしく、とばっちりを食わないよう離れて息を潜めやがった。


 ふんっ、今に見てなさい。


「西田さんのお勧めを一つ頂きますわ」


 麗子様がにっこり。とっても可愛い。その笑顔プライスレスです。


「ガレット・デ・ロワでございます」

「まあ、王様の焼き菓子ね」


 王様の焼き菓子っていったい何?

 フィユタージュ・アンヴェルセ?


 なんじゃそりゃ?

 麗子ちゃんの口から出てくる知識にヒヤリ。


各務かがみ先輩から聞いていましたが……さすがですね」

「うふふ、西田さんもなかなかでしてよ」


 いやいや、にわかがバレそうで冷や汗ダラダラなんですけどぉ。しかも、滝川様まで登場して知識を披露していくし、生きた心地がしないわよ。


 この二人、小学生なのにレベル高すぎでしょ。もっと精進せねば。このままじゃコンシェルジュの沽券に関わるわ。


 だけど今回だけは結果オーライ。


 麗子様に続き滝川様からも絶賛。しかも早見様まで登場して菊花会クリザンテームのスリートップからお墨付きを頂いちゃった。


 この三人は目立つから、他のメンバーもあれは何だと殺到。おかげで私のガレットとマリアージュは完売御礼よ。


 ふふん、先輩達が苦虫を噛み潰したような顔して悔しがっとるわ。ザマァ。


 それからの私はスイーツと紅茶を猛勉強。麗子様の覚えもめでたくなって「麗子ちゃん」「ゆかりん」と呼び合う仲になりましたとさ。その甲斐もあって食べ物は西田に聞けと言われるようにまでなったんだから。


 一方、さゆりさんのマネして麗子ちゃんの餌付けも忘れない。せっせと麗子ちゃんの前に特大スイーツを献上する日々。だって早く麗子ちゃんのゴロニャンが見たいのだ。


 だけど、やり過ぎたみたい。


「ゆかりん、スイーツはもうけっこうですわ」


 ガーン!?


 私の重過ぎる愛(超高カロリー)に麗子ちゃんがツーン。太ったからダイエットするって。麗子ちゃんは痩せ過ぎよ。もっと太っても良いのよ。


 まあ、ちょっと愛のすれ違いもあったけど、それ以外は概ね順調。それからますます精進して一目置かれるようになったしね。


 だけどまだまだ気が抜けない。


 麗子ちゃんに和紅茶も烏骨鶏和三盆プリンもすぐに看破されちゃった。滝川様の知識量も半端ない。もっと気を引き締めて勉強しなきゃ。高級ブランドから誰も知らないマイナーな店まで徹底的にリサーチよ。


 大鳳学園に就職先が決まった当初はとても気が重かった。だけど、今にして思えば大鳳で良かったと思う。だって、私はコンシェルジュとして大きく成長できたんだもの。


 何より麗子ちゃんに出会えたことが一番嬉しい。私は麗子ちゃんが大好きだ。麗子ちゃんも同じ気持ちだったらいいなぁ。


 入職して一年が過ぎた。


 先輩達も私を新人だともう侮らない。これで私もいっぱしのコンシェルジュね。


 この頃の私は天狗になっていたんだと思う。先輩達にだって負けないって自惚れていた。コンシェルジュは勝ち負けなんかじゃないのに。


 その慢心がとんでもないチョンボを招いた。私はやり過ぎたのだ。


「何だこのケーキは!」


 ある日、滝川様の雷が落ちた。


「ボソボソとした生地に安っぽいクリーム、デコレーションも未熟。いったいどこの店のものだ!」

「も、申し訳ございません」


 私は平身低頭で謝罪し、素直に町の製菓店で仕入れたのだと打ち明けた。だけど、そんなに怒られるほど酷いデキではないはずよ。


 麗子ちゃんだって値段を聞いたら「安ッ!?」って驚いたけど「とってもリーズナブルね」と褒めてくれたもん。


「これは品質とコストに注目すれば確かに費用対効果は大きい」


 ほっ、滝川様も認めてくれたみたい。だけど、安堵するのは早かった。


「だが、菊花会クリザンテームで出すには、いくら何でもこんな安物は品位を損なう」


 険しい表情で睨む滝川様には普段とは違う王者のオーラがあり、私は思わず震え上がった。


「俺達は大鳳学園の看板を背負っているんだ。美味ければなんでも良いわけではないぞ」


 そこまで怒らなくても良いじゃない。


 ここ最近、滝川様はとても情緒不安定だった。どうも片想いの相手との関係がこじれているらしい。これって完全に八つ当たりでしょ。


 とは言え、滝川様はトップ企業の御曹司。私みたいな木っ葉コンシェルジュの首など簡単に切れる。チラッと周囲を見ても私を助けてくれる人はいなさそう。


 先輩コンシェルジュはみんな息を潜め、唯一滝川様を止められそうな早見様はお茶を啜って静観。誰もが私に過失があると思っているみたい。


 終わった。


 私の脳裏に『首』の一文字。私のコンシェルジュ生命もジ・エンド。


「滝川様、それは私が西田さんにお願いして揃えてもらったものですわ」

「清涼院が?」


 緊迫するサロンで誰もが固唾を飲んでいるなか、悠然と麗子ちゃんが割って入ってきた。いつもの屈託ない笑顔ではなく、どこか澄ました薄い微笑み。


「お前ほどの奴がどういうつもりだ?」

「滝川様、私はとても嘆かわしいのです」


 滝川様の敵意むき出しの視線を受けても臆することなく涼し顔で麗子ちゃんは堪えた様子もない。


「皆さんブランドを盲信しすぎなのではありません?」

「どういう意味だ?」

「滝川様、ブランドとはいったい何でございましょう?」

「それは企業の商品に対する信用だ」

「そう、言うなれば品質保証ですわ」


 麗子ちゃんは「ところが」とビシッとセンスの先を滝川様の喉元に突きつけた。


「昨今のブランドはその信用に胡座をかき品質は低下する一方」


 デザインばかりで作りが甘かったり、実用性に欠けるたり、向上心に欠け進歩がなかったり、麗子ちゃんの口から次々と批判が飛び出す。


「まあ、清涼院の指摘するような商品もあるな」

「これは消費者がブランド名を盲信している結果ですわ」

「つまり、我々が自分自身で品質を確かめず、名前のみで購入しているのが悪いと言いたいのか?」


 滝川様がふむと考え込む。いつの間にか滝川の怒りが収まってる。麗子ちゃんすごい。


「一般の消費者はそれでも良いでしょう。ですが、菊花会クリザンテームのメンバーは日本を牽引するトレンドリーダー。その私どもが名前に囚われて自らの耳目を鍛えずしていかがいたします」

「だからこんなスイーツを揃えさせたと?」

「ブランドであろうとなかろうと良い物は良い、悪い物は悪いのですわ」

「だが、菊花会クリザンテームには守るべき品格と威厳がある。いくらなんでもノンブランドの物は……」


 すると麗子ちゃんがため息をついて嘆かわしいと首を横に振った。


「確かに格式と品位はとても重要ですわ。その為、私どもは常に本物を愛用せねばなりません」

「その為の高級ブランドだろう」

「その通りですが、どんな高級ブランドでも始めは無名ではありませんか。実績と信用を得てブランドになるのです。そして、その実績と信用を与えるのが我々の責務ではありませか」

「清涼院!」


 滝川様の目がカッと見開かれた。麗子ちゃんと滝川様の視線がぶつかり合う。


「お前の言う通り、俺の目が曇っていた」


 おお、と拍手が沸き起こる。麗子ちゃん、滝川様を言いくるめちゃった。しかも、他のメンバーも尊敬の眼差しを向けてる。さすが!


 こうして事なきを得てほっとした私を麗子ちゃんが手招きした。


「ゆかりさん、少し冷や冷やしましたわ」

「ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」


 麗子ちゃんは私の為に泥を被ってくれた。そうでなければ私はどうなっていたか分からない。


「今後このような事がないようもっと精進いたします」


 麗子ちゃんに恥をかかせないよう、もっとスイーツの勉強をしないと。って考えていたら、麗子ちゃんが苦笑いした。


「私が申し上げているのはスイーツのことではありませんわよ?」

「えっ?」


 じゃあいったい何がいけなかったんだろう?


「滝川様がお怒りになられていた時、少し不満そうにされておられましたわよね?」

「それは……」


 自覚はある。顔に出てたかぁ。


「今回の件は滝川様の八つ当たりですわ」


 あっ、麗子ちゃんもそう思ってくれたんだ。理解してくれてちょっと嬉しいと思ったら、麗子ちゃんから痛烈なお叱りを受けた。


「ですが、きついことを申し上げますが全面的にゆかりさんが悪いですわ」


 金槌で頭を殴られたように、ガーンって衝撃を受けた。さっき滝川様に怒られたよりもずっとショック。


「ゆかりさん、コンシェルジュとはどういう職業なのかしら?」

「お客様のニーズに応えるべく豊富な知識とお客様に寄り添った接客で満足いくサービスを提供する仕事です」


 学校で習った心得をつらつら述べると麗子ちゃんは大きく頷いた。


「全くその通りですが、ゆかりさんは字面だけしか見えておりません」


 真っ直ぐ私に目を向ける麗子ちゃんは私よりずっと大人に見えた。一回りも歳下なのに。


「滝川様がとてもナーバスになっておられたのには気がついておられましたでしょ?」

「それは……」


 もちろん気がついていた。滝川様は感情が態度にダダ漏れだもの。原因についても噂で聞いてたし。


「気づいていながらスイーツバカ……コホンッ、スイーツにひとかたならぬ熱意ある滝川様にあのケーキを何故お出ししたのです?」


 私には返す言葉が見つからなかった。


「あれが果たしてお客様に寄り添ったサービスでしたでしょうか?」

「……いいえ」


 首を横に振った拍子に涙が零れそうになった。


「己の嗜好を押し付けるのも、知識をひけらかすのも、それはコンシェルジュの職務ではないと思いますの」

「……はい」

「忘れないでくださいませ。私ども菊花会クリザンテームのメンバー全員がゆかりさんにとってのお客様なのです」


 私は何をやっていたのだろう。どこかで先輩達を見下し、サロンもの子供達を侮っていたのではないか。


 私は全くお客様を見ていなかったんだ。満足いくサービスなど一つも提供できていなかったじゃない。


 これじゃコンシェルジュ失格よ!


 だけど、麗子ちゃんはそれでも私を見捨てず態度を変えなかった。ずっと友人として接してくれた。おかげで私はそれからも何とかコンシェルジュとして働けている。


 そして、今日ついに麗子ちゃんが初等部を卒業した。


「これでゆかりんともお別れですわね」

「はい、麗子ちゃん三年間ありがとうございました」


 挨拶に来た麗子ちゃんに私は心からの感謝を込めて深々と一礼した。


 この三年間で私はコンシェルジュとして少しは成長できたと思う。それも全ては麗子ちゃんのおかげ。麗子ちゃんには助けてもらったし、色んなことを学ばせてもらった。


 だから、卒業していく麗子ちゃんの後ろ姿を見つめながら誓った。


 この恩はいつか必ず返そうと。

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