目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第49話 役者が揃った

 たぶん、中学生の時を合わせて考えてみても、ここまで勉強していないテスト週間は初めてだと思う。


 この短期間で、色々なことが起こった。


 つくしと一緒に病院へ行ったり、お母さんが会いに来てくれたり、青宮君とも想いを打ち明け合ったり、今回の件が起きたり。


 松島さんと急速に仲良くなったのも、一つイベントなのかもしれない。


ただ、アタシは松島さんから『春ちゃん』なんて呼ばれ方をしてるけど、こっちは彼女のことを名字でしか呼べてないわけで。


 早いところ名前で呼ばないといけない、と焦る気持ちがある。


 松島さんのことだし、そろそろこのことを言ってきそう。『距離感じる』なんて感じで。


「っていうかさ、春ちゃん? 今さらだけど、私のことせめて下の名前で呼んでくれないかな? 寂しいよ? つくしだけ下の名前呼びとか」


 不安に思っていた矢先、こんな風に言われてしまった。


 あまりにタイムリー過ぎて、アタシは思わず目を丸くさせてしまう。


 固まっていると、アタシは隣で歩いていたつくしに体を軽く引っ張られてしまう。


 自然と体重がつくしの方へ行き、体を預ける形になった。こけそう。


「松、私の前で堂々と春を寝取ろうとするのやめてくれない? 重罪だよ? それ」


「いやいや、木下に唇を許す浮気者にそんなこと言われたくないから。ね? こっちおいで、春ちゃん? お姉さんとイチャイチャしようね?」


 どうしてそこで赤ちゃん言葉……?


 頬を引きつらせながら笑むアタシは、ただ固まってつくしに身を預けるしかなかった。


 二人がワイワイと言い合い続けるから。


「ったく。ほんとにこんなので今から汐里と会って話せるのかねー? またすぐに空気悪くしない?」


「……いや、それはしないけど……」


 松島さんに返しながら、つくしがチラッとアタシの方へ視線を向けてくる。


 何が言いたいのかは何となくわかった。


 たぶん、アタシが男子になってしまったことだ。


尾上さんとの会話でそれに触れて、真実が松島さんに伝わってもいいのか、とつくしは憂慮してる。


 答えはイエスだった。


 ここに来て、隠すことはもうしなくてもいいと思う。


 アタシも覚悟が決まっていたし、松島さんと仲良くなってから、どこか色々な面で開き直ることができていた。


 頼れる人が増えた結果かもしれない。


 一応、青宮君にも相談した。


 自分の体が男子になったことを松島さんたちに話してもいいかな、と。


 彼は、あくまでも選択権はアタシにあるとしたうえで、それでも個人的に答えるならばと前置きし、別にいいんじゃないか、と答えてくれた。


『頼れる人が増えるのはいいことだ。君が幸せに生きていけるなら、僕はそっちへ行けるよう応援したい』


 実際にアタシへ送ってくれた言葉だった。


 だからアタシは、つくしに向かって小さく頷く。


 それを見ていた松島さんはムスッとして、


「なに二人でコソコソやり取りしてんのー!? もー!」


 と、なぜかジェラシーみたいなものを感じて、アタシの肩にすり寄って来る。


 髪の毛がわしゃわしゃ頬に当たってくすぐったい。


「色々冗談は置いといてさ、松?」


「何が冗談よー。私はいつだって本気で生きてんだぞー? ちくしょー、ラブラブな二人めー」


 酔っ払いみたいな返しをしてくる松島さんに、つくしは呆れるようなため息をついて、


「本気で生きてるのはわかるから。でも、これだけは言っとくよ?」


「んぁ?」


「尾上ちゃんとのやり取りで、もしかしたら松はびっくりするかもしれない」


「あぃ?」


 どういうこと? とでも言いたげな顔で首を傾げる松島さん。


 やっぱりアタシの推測は当たってたみたいだ。


 つくしは続ける。


「春のことで、色々あるの。尾上ちゃんとの会話で、たぶんそれは明らかになるから。前もって言っとく。驚くよ、って」


 曖昧で、抽象的な言い方。


 パッとしない表現に松島さんがツッコんでくる――


 ……と思ってたけど、なぜか意外とそんなことはなくて。


「……へぇ。それ、今ここでは言えないことなんだ?」


 さっきまでしていた冗談っぽい口調を止めて、真面目にそうつくしへ問いかけていた。


 つくしもそれに対して真面目に頷く。


 松島さんは「そっか」と一言呟き、やがて視線をアタシの方へ移してきた。


「いいよ、春ちゃん。何だかんだ言って、つくしと私とじゃあ一緒にいた歴史が違うのわかってるから。色々言ってるの、全部冗談」


 にこりと微笑を投げかけてくれる松島さん。


 それを見て、アタシは何となく罪悪感を覚えた。


 不必要な罪悪感だし、お節介な罪悪感でもあると思う。


 だけど、どこか彼女に気を遣わせたような気がして、申し訳ない気持ちを拭い去ることができなかった。


「それに、これも何だかんだだけど、二人は付き合ってるんだもんね。そりゃあ私の知らない事実を独り占めしてても何も言えませんよ。あるよね、そういう二人の秘密にしときたい隠し事みたいなの」


「ある……のかな?」


「あははっ。何でそこ疑問形~? そりゃあるでしょ~。現につくしはこう言ってるわけだしさ~」


 松島さんにしては珍しい作り笑い。


 どこかアタシに遠慮してるような、そんなものだった。


「ね、つくし? そういうことっしょ? その秘密とやらが、今からする汐里との会話の中で明らかになる。私はその衝撃に備えておけばヨシ、と」


 つくしは少し間を作って、ゆっくりと頷いた。


 歩いているアタシたちの100メートル先に、集まるのに約束してる建物が見えてくる。


「テスト勉強なのに何やってんだ、って感じだけど、これは大事なことだもんね。いいよ、話した後にみっちり皆勉強しよ?」


「だね」


 つくしが頷いて、アタシも頷く。


 松島さんは臨戦態勢を整えるように、伸びをした。


「勉強も青春も、何事も文武両道が大事っていうもんね」


 さっき浮かべた遠慮してるようなものではない、晴れやかな笑みをその表情に浮かべて。






●〇●〇●〇●






 約束の場所は、何でもない普通のファミレスだった。


 けど、そこはいつもアタシたちが利用してる派手目なチェーンのお店じゃなくて、どこかこじんまりとした、食堂(?)と言う方が正しいかもしれないような小さめのところだ。


 ここで、アタシたちは今から尾上さんを交えてやり取りをする。


 話をしようと提案したのは松島さんだけど、尾上さんもよくこんなアウェーみたいな誘いを受けてくれたと思う。


 木下君にしろ、すごいと思った。


 アタシなら絶対に無理だ。


 話そうと思っても、自分の言いたいことが言えなくて、場を変な空気にしてしまいそう。


「――とりあえず、席ここ取っとこうか。私はトイレに行ってくる」


 アタシたちだけを座らせて、立ったまま言う松島さん。


 ダメ、なんて言うつもりは一切ない。


 アタシは頷くんだけど、つくしは「え?」と微妙そうな顔で疑問符を浮かべる。


「松、いきなりトイレ? このタイミングで尾上ちゃん来ちゃったらどうすんの?」


「は? そんなの普通にいつも通り相手すればいいだけじゃん? つくし、お前さん何言ってるんだ?」


 言いながら、さっそくトイレの方へ向かおうとする松島さん。


 それを止めるかのように、つくしは彼女の名前を呼んだ。


「えー! ちょ、待って! もうちょっとだけいてくんない? せめて尾上ちゃんが来るまで!」


「おバカ! 人にお漏らしさせる気か! 私はもう一丁前の高校生だぞ? 恥かかせようとするのはやめてくれ!」


 なんて会話だろう……。


 周りにも一応お客さんいるのに……。


 そうやって、アタシが一人でため息をついている時だった。


 出入り口の扉が開かれ、カランカランと鈴の音がする。


 自然と視線がそっちへ行った。


 当然、そこにいたのは――


「お。汐里来た」


 一人で入店してきた制服姿の尾上さん。


 彼女もすぐにこっちへ気付いたらしく、ハッとして視線を下へやった後、気恥ずかしそうにしながら、アタシたちの座っている席まで歩み寄って来る。


 遂に役者が揃った。


 ここからどうなるのか。


 アタシの心臓はドク、と重く跳ね、やがて鼓動を早めていった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?