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第50話 どゆこと?

「……お待たせ。ごめん。先に来て待ってようと思ってたんだけど」


 ほどほどに人がいる空間でのボックス席。


 謝罪の言葉を口にする尾上さんは、どこか落ち込んでいるようにも見えて、アタシは作り笑いを浮かべるので精一杯だった。


「開幕から思ってもないこと言っちゃってー。ほんっと真面目ちゃんなんだから汐里はー」


 そんなアタシとは対象的に、松島さんは通常運転。


 つくしも、


「思ってないことを言うのは真面目じゃないでしょ」


 なんて感じで松島さんに悪ノリでツッコミを入れている。


 元々尾上さんと仲良しだったってことも関係してるんだろうけど、それにしてもなんて大胆なんだろう。


 尾上さん、すっごい落ち込んでるようにしか見えないのに……。


「変なこと言うのはやめて、里緒菜。本当に先に来るつもりだったし」


 浮かない表情のまま尾上さんが言うと、松島さんはジト目で彼女を見つめながら、


「だったらその通り行動してくれないとわかんないよ? 汐里、あんた本当に何がしたいの? つくしにも迷惑かけて」


 尾上さんは、薄っすら唇を噛んだ。


 痛い所を突かれたのがわかる。


 でも、彼女はすぐには言い返さず、落ち着いて席に座った。


 松島さんの隣だ。


「……そのことに関しては、今からちゃんと謝る。本当に申し訳なかったと思ってるし、私は……」


「…………私は?」


 続きは?


 と、疑問符を浮かべるようにして待つ松島さん。


 どうしてかはわからないけど、アタシは苦しそうにする尾上さんを直視できなかった。


 状況をこんなことにさせてしまったのは彼女のせいだってこともあるのかもしれない。


 でも、それは不可抗力だったのかもしれないし、そうであったのなら、アタシは尾上さんの気持ちがなぜか痛いほど理解できる。


 だから――


「……あ、あの……」


 尾上さんが続きを話そうとしているところで、アタシは彼女の言葉を遮るようにして口を挟んでいた。


 ほとんど無意識だ。


 自分でも割って入ってしまったことに驚いてる。


「あ、アタシ…………気持ちわかる」


「…………え?」


 尾上さんが小さく声を出し、疑問符を浮かべた。


 つくしと松島さんはキョトンとしている。


 いきなりどうした、という感じ。


「は、話はたぶん木下君のことだと思うし、でも、だからってそれぞれの細かい気持ちとか、そういうところまではわからないけど…………だけど」


 沈黙。


 三人がアタシに注目してくれている。


 声がするのは周りの席からだけ。


「……好き……だからこそ……色んなことが不器用になる気持ちだけは……痛いほどわかるの」


 ……実際に、アタシ自身もそうで。


 それは今も続いているから。


「……先川……さん……」


 ぽつり、と尾上さんがアタシの名前を口から漏らす。


 彼女はジッとこっちを見つめて、ようやく仲間を見つけたような、そんな表情を作っていた。


「……アタシ……」


 言いたいことはそれだけ。


 気持ちがわかる、っていう感想だけで、これ以上尾上さんの悩み事を解消したり、悲しみを取り除いてあげられる、なんて大仰なこともできない。


 ただそれだけ。


 だから、そこから先、なんて言おうか迷っていると、隣に座っていたつくしがアタシの手をそっと握ってくれた。


「……つくし……」


 名前を呼んで、好きな人の方を見やるアタシ。


 つくしはこっちをジッと見つめて、笑み交じりの泣きそうな顔を浮かべていた。


 その表情の意図が読めない。


 でも、謎はすぐに解けた。


「春、私もそれわかる。尾上ちゃんの気持ち、何となくわかるんだ」


 そう、ハッキリと言ってくれたから。


 向かいに座っていた松島さんは、腕組みをして深々と息を吐いた。


「この流れ、私も『わかる』って言わないといけない感じ?」


 つくしは松島さんの方へ視線を移して、首を横に振った。


「わかっても、わからなくても、どっちでもいいと思うよ」


「いやいや、でもこの流れ的にはさ、なんていうか汐里を庇ってあげなきゃーみたいな感じじゃん? ていうか、つくしはそれでいいんだ。汐里の気持ちがわかるっていうことで」


 松島さんに問われ、つくしは素直に頷いた。


「だって、尾上ちゃんの気持ちがわかるのと、木下君たちのことについては別だから」


「……?」


「たぶん今回の件、誰かが悪いとかは無いんだと思う。皆、純粋に誰かを好いてて、でも、皆が皆、違う方向へ矢印を向けてる」


「うん。それはわかるけど、誰かが悪いとか無いってのは違くない? 現につくしは木下からキスされたわけだし、それを見てた春ちゃんは深く傷付いてた。悪いのは木下だし、何なら木下とつくしを引き合わせた汐里だって悪いと思う。私はね」


 松島さんの主張を『間違ってる』とは言えない。


 尾上さんの気持ちはわかるけど、アタシだってそういう点で彼女のことを悪いと思うし、木下君のことも悪いと思う。


 申し訳ないけど、そこはちゃんと事情を説明したうえで謝って欲しい。


 何なら木下君の暴走だって尾上さんが止めて欲しいくらいだけど、そこまでを望むのは酷だからやめておく。


 結局、彼女もただ木下君のことが好きなだけだから。


「ね、汐里? あんたもそろそろ黙ってないでなんか言って? ここに私たちのこと呼んだの、色々話すためなんでしょ?」


 松島さんに言われ、尾上さんはハッとする。


 一言謝り、控えめに咳払いしてから小さな声で切り出した。


「……本当にごめんなさい。もう、私は……つくしちゃんと先川さん、それから里緒菜に何を言われても反論できない立場にいる。木下君のこと、本当に、本当にごめんなさい」


 尾上さんの声は徐々に掠れていって、最後の『ごめんなさい』に関して言えば、半分涙声だった。


 無理もないと思う。


 好きな人と友達のデートを取り付けた結果、自分がこうして責められて謝るしかないポジションにいる。


 報われ無さ過ぎる、と言えば本当にその通りで。


 でも、アタシたちがいざこざに大きく巻き込まれたのもまた事実だから、何とも言えない。


「……私、元々木下君にいいように利用されてるだけだった。好きだから尽くしてあげたい。その一心で一緒に遊ぶのにつくしちゃんを誘ったりしたし、木下君とつくしちゃんが二人きりになれるような状況も作った。全部、彼のことが好きだから……」


「春ちゃんがつくしのことを好きだって知ってるのにも関わらず、か」


 鋭い松島さんの言葉が尾上さんに刺さる。


 唇をギュッと結び、彼女は体を小刻みに震わせていた。


「……尾上ちゃん、図書室で私と春、それから青宮君が一緒に勉強してた時、本棚の裏でこっそり話聞いてたよね……?」


 つくしが問いかけると、尾上さんは体をビクッと震わせる。


 アタシはその事実をつくしから聞かされたけど、どうやら本当みたい。


 ……となると、アタシが懸念するのは、自分の体のこと。


 あの状況、本当に誰にも聞かれたくないことを話していた。


 アタシの体が、男子になってるってこと。


「……聞い……てた……」


 震え声で頭をゆっくり縦に振る尾上さん。


 自分の心臓が、ドク、ドク、とさらに早く動き始める。


 彼女は、即座に「でも」と何かを否定しようと声を上げた。


「あの話、つくしちゃんはそんなことないって言ってたよね……? 先川さんの体が……男子になってるって……」


「は……?」


 今度はアタシが体を震わせる番だった。


 松島さんの疑問符を浮かべた声が、不思議と胸に深々と刃のように突き刺さる。


 冷たいそれは、言いようのない怖さをアタシに運んでくれる。


「何それ? 春ちゃんの体が男子になってる? どゆこと?」


 アタシは冷や汗を浮かべて、一人生唾を飲み込むのだった。


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