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第51話 本当なんです

「何それ? 春ちゃんの体が男子になってる? どゆこと?」


 怪訝そうに眉をひそめながら疑問符を浮かべる松島さん。


 神妙な語調だった。


 最初にしていた軽い感じとは打って変わって違う。


 つくしは一度アタシのことを見てから頷き、やがて松島さんの疑問に答えていく。


「言った通り。私と春、それから青宮君の三人で、図書室使ってテスト勉強してたの。その時に話してた冗談のことだよ。春の体が男子に変わったっていうのは」


「……冗談……」


 ぽつり、とどこか残念そうに尾上さんが呟く。


 アタシは心の奥底で安堵しながら、つくしのことを横からジッと見つめる。


 つくしの表情は険しくて、アタシの体が変わってしまったことに関して、すごく慎重になってくれていた。


 ……ありがとう。


 胸の内でつくしに感謝する。


「それはそうだよ。実際に体が変化した、なんてなったら大ごとだし、それこそ病院にも行かなきゃいけないし、手術とかも必要になるかもしれないし、世間に知られたらニュースとかにも取り上げられるかもしれない。珍しい話過ぎるから」


 説明するつくしに対して、松島さんは何も言わずに頷き、やがて話を尾上さんへ振り直した。


「なるほどね。あくまでも冗談のやり取りで『体が男子になった』みたいな話をつくしたちはしてた、と。それで、たまたまその場に居合わせていた汐里は、断片的に盗み聞いた情報を勘違いして捉えてた、ってことね?」


 そうだと思う。


 つくしも頷いてるし、それで間違いはないはず。


 ……だけど――


「……それ……本当に勘違いなのかな……?」


 疑うように、アタシのことを見つめてくる尾上さん。


 つくしと松島さんは首を傾げる。


「確かに、最初から三人の話を全部聞いてたわけじゃない。私の勘違いって可能性は全然あると思う。……でも……」


「……でも?」


 松島さんが言ったところで、続きを話そうとする尾上さんだったけど、それを遮るようにしてつくしが割って入った。


「い、いや。いやいや。勘違いだよ? 勘違いに決まってるじゃん。春が男子になってるとか、そんなことが現実に起こるわけ――」


「待って、つくし。汐里の言い分も聞きたい。いったん黙って」


 松島さんに制止させられて、つくしは黙るしかなくなる。


 アタシの心臓の鼓動はどんどん早くなる。


 ――バレていない。


 そう思っていたのに、その確信が揺らいでいってる。


「……ごめんね、つくしちゃん。つくしちゃんは『そんなわけない』って言うけれど、私、疑いの気持ちを晴らせない」


「どうして? そんなわけないのに」


 ねぇ、とつくしがアタシへ投げかけてきて、頷いて返した。


 そう。


 そんなわけがない。


 アタシが男子になってるなんて、つくしと付き合ってること以上にこの二人には知られたくないことだから。

「つくしちゃん。実はね、私あの時、結構最初の方から三人の話聞いてたの。もちろん、何度も言うように全部を聞いてたわけじゃないってことは事実なんだけれど……」


 横から見て、つくしの喉が動いた。


 生唾を飲み込んでいる。


「すごく真剣だった……よね? つくしちゃんと青宮君、真剣に先川さんのことについて話してた。体が男子になったとか、それこそ病院に行って、とか……」


「っ……! あ、あれは――」


「冗談って言ってるけれど、少なくとも聞いてる方からすれば冗談には思えなかった。先川さんの体に……確実に異変が起きてるんだなって……私はそう思った」


 尾上さんの視線がアタシへ向けられる。


 ――あなたからも話が聞きたい。


 そう、暗に言われてるように思えた。


 何か反論したい。


 でも、アタシはただ弱々しく首を横に振ることしかできず、明確な否定文句を紡ぐことができなかった。


「……まあ、実際のところ、明らかに声も低くなってる。春ちゃんは」


「ちょ、ちょっと待って!? 待ってよ!」


 つくし。


 つくしだった。


 一番にこの話を否定しないといけないのは、本人であるアタシなのに。


「何で!? 意味わからないんだけど!? 今って木下君関連の話する時なんじゃないの!? なんで春の体が男子になったとか、そういう話題になっちゃうわけ!?」


「……声が大きい、つくし」


「松にそんなこと言われたくないよ! 春の話とか、今全然深堀する必要ないから! 男子でも何でもないし!」


「……いや、そもそも春ちゃんが男子になってるかどうかの話の発端はつくしがし始めたんじゃん?」


 松島さんのツッコミに、つくしは何も言い返せず、ただ苦し気に呻いている。


 でも、それ以上松島さんは何も追及せず、ただアタシのことを見つめるばかり。


 尾上さんも同じで、こっちを見つめてきていた。


 つくしは必死にアタシを庇おうとしてくれているけど、これはもう無理なのかもしれない。


 諦めの中、最後の疑問を晴らすように、アタシは声を出した。


「……あの……尾上さん……」


 名前を呼ぶと、尾上さんは弾かれたように慌てて返事をしてくれる。


 何か言ってくれることを待っていたけど、いざこうしてアタシが言葉を発すると驚いてしまう、みたいな感じだろうか。


 普段から口数少ないし。教室でのアタシって。


「……もしも、仮にアタシが男子になってる……いや、元々男子だったら……それはそれで、いったい何が問題になりますか……?」


「……え?」


「どんなことがあっても、結局のところ木下君をつくしと引き合わせたのは尾上さんですし……今回の話の問題はそこだと思うんです……。アタシが男子だろうが、何だろうが、何も関係ない気がします……。あくまでもアタシが考える範囲では……なのですが……」


 黙り込んでしまう尾上さん。


 でも、三秒ほど経ってから、彼女はうつむかせた顔を上げて返答をくれた。


「……利用……しようと思ってた」


「……?」


 考えていた答えとはまるで違う。


 尾上さんらしくない、鋭い回答だった。


「確かに、元を辿ればあなたが男子だろうと女子だろうと関係ない。結局、私はつくしちゃんと付き合ってるあなたを、いや、恋人同士のあなたたちを利用して、状況を良いものにしようとしていたの」


「……それは……具体的にどういう……?」


「あなたたち二人が付き合っていれば、つくしちゃんはほぼ確実に木下君からの告白を断る。それがもし、先川さんが男子だったとすれば、その可能性はもっと高まる」


「……」


「バカにしてる節もあったんだと思う。女の子同士なんて、とか。それが男女の関係になれば、より木下君が振られやすくなる、みたいな……」


 尾上さんが言った瞬間、彼女の隣にいた松島さんは鼻で笑った。


「汐里、あんた思ってた以上にクズだね。それでこのザマ? 聞いてる私も腹が立ってきたんだけど」


 冷たい目で尾上さんを見つめる松島さん。


 尾上さんは、それさえも受け入れるしかないといった様子で、


「その通りだと思う。最低だね、私」


 と、呟いた。


 話は続く。


「ただ、ここまでのことになるとは思ってもなかった。拒否されると知ったうえで、木下君がつくしちゃんにキスするなんて想定してなかったし、彼が里緒菜や先川さん、つくしの三人を呼んで話をすることも想定外。全部、全部考えてなかった」


「考えてないから……どうかしてくれるんですか……? 言葉だけ……ですか?」


 松島さんばりの鋭さ。


 自分でもここまで言えることに驚いてる。


 でも、もはや躊躇していられない。


 アタシは、もうここで全部を二人に明かす決心をしたから。


「どうかするか…………。そ、それは、これからよく考えて――」


「もう、これは正直に言っておきます」


 ――ありがとう、つくし。アタシのこと、さっきは庇ってくれて。


 心の中で感謝しながら、アタシは続けた。


「アタシ、体が男子になっていってるんです。本当です」


 しっかりと、松島さん、尾上さんの方を見つめて。


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