アタシたちは、今回の一件を通じて少し、いや、かなり色々と前へ進めたのかもしれない。
つくしとの関係に関しては言うまでもないけど、松島さんや尾上さん、三木さんとも比較的気軽に話せる間柄になれた。
本当にこれは思ってもみなかったことで、すごい進歩だ。
中学の時から、アタシは同性での親しい人なんてつくしくらいしかいなかった。
男子だと青宮君がいるけど、あの人はなんかちょっと例外だ。
男子なんて女子よりも話し掛けることができないのに、なぜか青宮君にはアタシの方から話し掛けて関係が始まった。
今では立派にストーカーまでしてくれるし、本当に不思議だと思う。
今回のことでも、彼には何度も助けてもらった。
青宮君がいなかったら、アタシはつくしと木下君がキスしてるのを見たところで潰れてたと思う。
あのシーンは今思い出すだけでも辛い。
事故だって説明してもらったし、アタシたちの関係をさらに進めるきっかけにもしてくれたものではあるけど、それでもキツイ。
もっとつくしに慰めてもらわないといけないし、傷を癒してもらわないといけない。
NTRダメ、ゼッタイ。
「――なるほどね。まあ、今回ばっかりはテストに影響出ても仕方ないと思うよ。木下君とか、普段先川さん絶対絡みないだろうし、天敵みたいな存在だろうから」
テストの日程がすべて終わった日の放課後。
時計が指し示しているのは13時ジャストくらいだけど、アタシたちはお弁当じゃなくて、昼食を摂るのとお疲れ様会をするためにファミレスへ来ていた。
放課後と言った通り、こんな時間でも学校からは解放されたわけだ。
最終科目の現代国語が終わって、そこからは自由の身。
最後の追い込みのせいで疲労困憊なのと、出来の悪さにアタシとつくしは並んで肩を落としてる。
向かいには、余裕そうに一人でポテトをかじってる青宮君の姿。
久々の三人だった。
松島さんたちのいない三人組スタイル。
「尾上さんと和解した後も木下君とのやり取りがまた大変だったんでしょ? 様子こっそり見てたけどさ」
「ちょっと春、この人すっごいストーカーしてるんじゃん。ほんと何なの? こっちはハチャメチャに苦労してたのに……」
アタシと同じように肩を落としていてブツブツと毒を吐くつくし。
思わず自虐的な苦笑いが出てしまった。
「つくしさん、責めるべきはアタシです。別にストーカーしたいんならしてもいいよ、って言ってあるから。度が過ぎるのは無しだけど」
「残念ながらそういうことなんだ、姫路さん。悪かったね」
控えめなドヤ顔を作って言う青宮君。
それを見たつくしは、「ムカつく!」と彼の注文していたポテトを一本だけ盗み食いした。
青宮君は「あっ!」と頓狂な声を出す。
ニヤニヤして「べー」と舌を出すつくしに彼も呆れ顔。やれやれ、とため息をついていた。
いや、青宮君が呆れるのもちょっとおかしいとは思うけどね。
「まあまあ、お二人とも仲良くして? ていうか、事件が終わってテストもあったのに本当元気だね……。アタシなんてもうぐったりだよ……」
「その通りだよね、先川さん。僕も姫路さんの元気っぷりには呆れてる。あれだけ状況をかき乱したのにここでもまた僕を翻弄するなんて。やれやれだよ」
「そんなの青宮君には関係ないんですけど! ていうか、私は意図的にかき乱したわけじゃないし! 全部向こう側からやられたことばかりで被害者ですし!」
冗談っぽい言い方の青宮君に応戦するつくし。
じゃれ合いというか、プロレスというか、こういうやり取りを交わせるだけの元気があるっていうのがすごい。
アタシはもうぐったり。
ちょうど店員さんが届けてくれたチキンドリアもモグモグと食べ始める。
美味しい。体力回復。
「まったく……。わかった、姫路さん? これからは先川さんのためにも男子が好意を寄せてきたらちゃんとしっかり逃げてくれ。オーケー?」
「なんかその言い方モヤモヤするなぁ……。謎に青宮君が春のサポート役やってる感出してるのも気に食わないし……」
ムググ、と歯ぎしりしながらまた青宮君のポテトを盗むつくし。
ちょうどアタシと同じタイミングでパフェが来たんだからそっち食べればいいのに……。
何度も奪われ続ける青宮君のポテトだった。
お皿の上には残り少ししかない。
ご愁傷様です、青宮君……。
「まあでも、結局僕はこんなこと言いながら外野の人間だからさ。先川さんと付き合ってるのは姫路さん、紛れもなく君なんだ」
「それはそうだよ? 春は私の恋人。誰にも渡さない」
チキンドリアを食べていたところ、つくしが横から強引に抱き締めてくる。
危ない……こぼしかけた……。
「それを強く自覚してるんなら、先川さんを僕に頼らせたりしないでくれ。恋人である君が彼女の悩みの種になるのは忍びないというか……まあでも、恋人だからこそそういういさかいもあるのかもしれないけど……うーん、なんか表現が難しいな」
「要するに浮気みたいなことはしないで、ってこと?」
つくしが問うと、青宮君は頷いた。「そういうこと」と。
「わかってますよ。今後は気を付けますとも。もう男子と二人きりになんて絶対ならない」
「いや、まあ極端にそうしろとは言わないんだけどね?」
「でも、木下君とは本当に何気なく二人きりになった結果こうなったんだからさ。何して来るかわかんないなら最初から近付かない方がいいよ。大反省」
「木下君みたいな人に限った話ね。とは言ったものの、そんなの簡単に見分けなんてつかないか」
「そういうこと。つかないんだよ、見分けがさー」
眉間にしわを寄せて悩ましそうにするつくし。
ようやく自分の前に置かれたパフェを一口食べた。
アタシはそんなつくしを見て、何気なく思ったことを口にする。
「……別にそれ、つくしだけが頑張ることじゃないと思う」
つくしと青宮君が一斉にこっちを見る。
二人してジッと刺すように見つめてくるから少し戸惑いもしたけど、それでもとアタシは咳払いしながら続けた。
「どっちか片方が頑張っても……さ。偏りができるだけで、それが溝になっておかしなことになるかもしれないって……そう思うわけですよ。だから、頑張るのはつくしだけじゃなくて、アタシも頑張る」
「……頑張るっていうのは、具体的に言うと?」
青宮君が首を傾げて問うてきた。
アタシは間髪入れずに返す。
「とにかくつくしの傍にいる、かな? アタシがつくしとずっと一緒にいれば、男子が近寄って来ても平気だと思う。だって、アタシはつくしの恋人……ですから」
自分で言うのは未だに恥ずかしかった。
きっと、この恥ずかしさはずっと消えない。これから先も。
「……なるほど、ね。こういうことらしいよ、姫路さん。よかったね、先川さんが心の底からいい人で」
「…………ぐすっ」
……え?
ギョッとしてしまった。
隣を見れば、つくしが泣き始めてる。
動揺したのはアタシだけじゃない。
青宮君もだった。
彼も驚き、疑問符をいくつも浮かべてる。
「つ、つくし……!? え、あ、あの、どうして泣いて……!?」
「だって、春が優し過ぎるんだもん~! ひっぐ! えぇぇぇん! 春~~~! 好きぃ~~~!」
「ちょっ、こ、声大きい……! 周りに人いっぱいいるから……!」
「えぇぇぇぇぇん!」
グスグス泣きながらアタシに抱き着いてくるつくし。
それを見た青宮君は、やっぱりため息をつきながら、けれどもどこか安堵したような表情をしていた。
「とりあえず一件落着、なのかな?」
アタシは苦笑し、彼に同調した。
そうなのかもね、と。