「そう言えばさ、木下君はその後どうなったの? 君たちのことばかりで彼のことを聞きそびれてた」
昼ご飯を食べ終え、ドリンクバーを利用しながらダラダラとあったことを話し続けていたアタシたち。
今後の学校行事といえば特に無さそうで、あとは一か月くらい先にある期末テストを乗り越えて冬休みが待ってる。
でも、中間テストが終わったばかりの頭に次のテストのことを深く考える余裕はない。
とにかく今は遊ぶことを考えていて、つくしと一緒にどこかへ行こう、みたいな話をしていた。目の前に青宮君がいるのに。
「どうしたの、青宮君? 私と春がラブラブしてるところを見てて苦しくなった? 突然の話題転換ですねぇ」
つくしは青宮君を煽るように、ジト目で彼を見つめながら問いかける。
ほんと、青宮君にだけこういうことをする。
アタシが一人で頬を引きつらせていると、彼は悩まし気にため息をついた。
「姫路さん。君って本当に性格悪いよね。そんなのでよく先川さんと一緒になれたもんだ」
「はい、出ました苦し紛れの毒吐き~。えっへへ~、春とラブラブできていいでしょ~? この子は私だけのモノ~」
言って横から抱き着いてくるつくし。
こういうシチュ、今日で何回目だろう。
あまりにも多いから、何となくつくしがハグしてくるタイミングを予測できてしまうようになった。
来るな、と思ったら飲んでいたジュースを手から離す。こぼしそうになるからね。
「先川さん。少しでも嫌だと思ったら姫路さんに別れを告げてもいいからね。この人は悪魔だ。極悪人。僕が羨むのを見て悦に浸る魔女。とんでもない性悪女だよ」
言いたいことはわかるけど、青宮君も青宮君で言い過ぎな気がする。
つくし、ボロカスに言われてるんだけど……。
「あっはははっ! う~ん、いいね! 青宮君が無表情で悔しそうにしてるところ見ると元気が湧いてくる。これに懲りたら今後は春のストーカーなんてやめることだね。わかった?」
「いいや、わからない。ストーキングの許可は先川さん本人から出てるんだ。過度なモノじゃなければいい。君には一切関係ない。僕と先川さんの契約みたいなものなんだから」
「うっわぁ~、怖いね、春。春がストーキングの許可を出してるのって、青宮君みたいな人を変に刺激したら何するかわからないからオーケーしてるだけなのに、それに気付けてないんだよこの人。可哀想。いっそのこと言ってあげたら? 『本当はずっと怖いと思ってました』って」
結構な早口だった。
不快感をそのままに、つくしがアタシへ助言してくれる。
くれるけど、「そうだね……」ととりあえず置いておくことにした。
二人とも明らかに冷静じゃない。
青宮君も冷静なように見えて、さっきから興奮気味でつくしに対抗してる。
今はどっちの味方にもつかない。ただただ聞き流すだけ。……なんか塩っけのあるものが食べたくなってきたな。ポテト頼もうかな。
「まったく……。くだらないこと言ってないで、さっさと君は僕の質問に答えたらどうなの? 木下君とはどうなったのかって聞いてるんだよ。それともあれかい? 簡単に先川さんを裏切ってキスするような人にはまだ後ろめたい事実があるからちゃんと話せない感じ? ふむ、だったら先川さんは今後僕と一緒に学校生活を送るべきだと思うな。君の傍には置いておけないよ、彼女をさ」
「ぜんっぜん話せるんですけど! 話せるけど、人の恋人をストーキングしてるお邪魔虫には話すことなんてないと思ってるだけだし? もう青宮、なんて立派な苗字名乗るのやめてさ、いっそのことストーキング男、っていう名前に改めたら? そしたら皆非難してくれて、自分がどれだけ変なことしてたか理解できるんじゃない? あー、よかったねぇ~、ストーキング男さんっ!」
「君、僕の名字を今愚弄したね? だったら姫路さんには『姫』なんて純真な文字は似合わないから、代わりに悪女と改名したらどう? あ、姫路の『路』はついでに消しておいたよ。ね、悪女さん?」
「は? そっちだって人の名前で遊んでるじゃん! ばか! ばーか!」
「ふふっ。遂にまともな罵倒文句が浮かばなくて小学生並みの言葉を使い始めたようだね。可哀想に、小学生並みの姫路さん」
……呆れてしまう。
二人が仲良く言い合ってる間に、アタシはベルを鳴らしてポテトを注文した。
さっきまで青宮君が頼んではいたけど、アレは元々彼のだし、つくしも食べてたから一瞬で無くなった。今度はアタシがしっかり食べる。
「まあいいや。姫路さんに聞いてたら話が先に進まない。先川さん、木下君がどうなったのか教えてくれないかな?」
「……ふ? ははひ?」
ポテトを食べていたら、唐突に青宮君がアタシへ話を振ってきた。
強引に会話の端へやられたつくしはこれまた青宮君へ文句を言ってたけど、今はそれに反応してられない。
まったくそれを予測していなかったから、ちゃんと喋られない。慌てて口の中のポテトをコーラと一緒に流し込み、咳払いしてからアタシは切り出した。
「木下君とはもう和解できてるよ。特に何かするって訳でもなくて、単純にアタシとつくしの関係性をハッキリさせて理解してもらった感じ」
「なるほど。要するに現実をまざまざとわからせてやったわけか」
「どこかの誰かさんが私にやられたみたいにね~」
またつくしが青宮君を煽る。
一度ちゃんと注意するべきかも……。さすがにつくしと言えど調子に乗り過ぎな気がするよ……。
「ごめん、青宮君。つくしは今度アタシの方から注意しとく」
さりげなく言うと、つくしは動揺してこっちを見てきた。
けど、アタシはつくしの方を見ない。
あくまでも青宮君の方を見つめて、真面目に答える。
「現実をわからせてやった、っていう感じでもなかったんだよね。喧嘩じゃなくて、本当に和解。だって、木下君も木下君でつくしのことが好きだっただけだから」
「何も悪いことはしていない、と?」
青宮君の問いかけにアタシは頷く。
彼はどことなく呆れのような、でも決してアタシを否定するようなものではない複雑な色を顔に浮かべた。
「先川さん。やっぱり君、良い人過ぎるよ。大抵の奴なら木下君みたいな人、裁ける立場にある人だったら裁いてると思う」
「じゃあ、その立場にはなかったってことじゃない? アタシ、そこまで良い人でもないし」
「謙遜しなくていい。君はどう考えても良い人だ。良い人過ぎる」
――だから、大切なこともすぐには口に出せない。
別に青宮君がそう言ったわけじゃない。
けれど、アタシは自分に対して心の中でそう告げた。
もっと色々主張できていたら、お母さんとだって――
「……はぁ」
「……?」
一つ息を吐く。
言いたいことはそれなりにある。
それが今までちゃんと言えなかった。
でも、これからはそんなこともなさそうだ。
「……青宮君」
「ん? どうしたんだい? 改まって」
首を傾げる青宮君。
彼を見つめて、やがてアタシはムスッとしたままのつくしを見やる。
「――それから、つくしも」
「『も』って何……? 春、それじゃついでみたいだよぉ……」
面倒くさ可愛い。
今度はアタシの方からつくしをハグする。
抱き締めながら、青宮君の方もちゃんと見て告げた。
「二人とも、これからもよろしく」
「……え?」
「アタシに関することで、もっと面倒な事態になることもあるかもしれないけど……さ、体も男子になったままだし」
「いや、そんなの別に関係ないよ。どうしたんだい、いきなり」
不思議そうに首を傾げ続ける青宮君に対し、アタシは微笑みかけながら言った。
「どうもしない。とにかく、これからもよろしくね」
――大切なアタシの友達。
心の中でそう呟いた時だった。
唐突にスマホがバイブする。
見れば、それは――
「……お母さん」
お母さんからの電話だった。
何度目だろう。こういう展開になるのは。