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第55話 お母さんにも言わせたくない

 中間テストが終わったばかりなのに期末テストの話なんかしたくない。


 そう思っていたけど、お母さんからの電話はどうやったって期末テストを無理やり意識させてくれるような、そんなものだった。


 別に勉強をしなさいとか、中間テストの出来がどうだったかとか、そういう話じゃない。


 そうじゃなくて、期末テストが終わった後の冬休み。


 年末年始のタイミングで実家の方に帰るのかどうか。


 お母さんはアタシの意思が聞きたいらしくて電話してきた。


 それはまあ、そうだろうなと思う。


 一か月、二か月先とはいえ、年末が迫ってるのは迫ってる。


 受け入れる側としては、否が応でもアタシのことが頭をよぎるだろうし、仕事以外基本的に一人のお母さんは、家に帰ってアタシのことを思い浮かべたりしてくれたりもするのかもしれない。


 でも、これはあくまでもアタシの推測だ。


 もしもお母さんが頻繁に娘のことを考えているのなら嬉しいけど、実際のところそれが事実かは怪しい。


 前に家の近くまで来てくれた時、一緒にファミレスに行った。


 あの時も微妙な雰囲気で、やっぱりお母さんは昔から変わらない人だったし、色々と過剰に期待し過ぎるのもダメなんだってハッキリわかったはずだった。


 それなのに、今アタシはまたグルグルと期待してる。


 お母さんのことは、どんなことがあっても好きらしい。


 子どもだったら当然なのかな。


 色々考えるけど、その答えは一人でいても、誰かといても、出てくることはない。


 お母さん本人と会話して、それをちゃんと聞かないとわからない。


 まあ、聞けるんだったらここまで思い詰めていないし、もっと早い段階で聞いてた。


 今さら感はある。


「――ふぅ。上がったよ、春。お先、失礼しました」


 眺めていた自分のスマホ画面。


 そこに映るお母さんからの通話履歴を眺めていたところで、浴室に繋がる部屋の扉が空いてつくしが出てきた。


 焦ってスマホの電源を切り、ベッドの上に置く。


 アタシは少し動揺しながら、ややぎこちなくつくしに応えた。


「おかえり。アタシもすぐに入ってこようかな。もうちょっと後でもいいかなって思ってたけど」


「うん。入って入って。一緒にパジャマで女子トークしようよ。お菓子もジュースも買ってあることだし」


 一応明日は休みだ。


 ファミレス行った後に青宮君を入れた三人で適当に遊んで、それからつくしはアタシの家に泊まることになった。


「女子トーク……になるかはわからないけど、そこはまあ女子ってことでいっか。アタシもお風呂入るね」


「本当は一緒に入りたかったのになぁ~。春が反対するから~」


 頬を軽く膨らませてむくれるつくし。


 アタシはそれを見て小さく笑い、彼女と同じ目線になるよう立ち上がる。


 立って、つくしの傍まで近寄ってから、何の気なしに少し湿った髪の毛に触れた。


「……一緒は、寝る時の方がいいんじゃない? そっちの方が、アタシは好き。お風呂だと湯が邪魔して……その……」


 ――つくしの本当の体温がわからないから。


 そう言いかけたけど、それは少しキザっぽい気がして、口にするのを躊躇ってしまう。


 恥ずかしい。


 顔が赤くなってるかもしれない。


 アタシは軽く視線を下にやって、それからつくしの反応を待った。


 つくしは、何かもごもご言ってから、やがて髪の毛に触れているアタシの手に自分の手を重ねてきた。


「……何……? 湯が邪魔して……?」


「……ん……ちょっと恥ずかしいこと言いかけた」


「いいよ。私なんだから」


「……っ」


 言われて、目線を上げる。


 つくしは、ほのかにさっきよりも赤くなった顔で、アタシのことをジッと見つめてきていた。


 その瞳が優しい。寄り添ってくれてる。


「……湯が邪魔して……つくしの体温がちゃんとわからないって……そう思うの」


「……んっ」


 うわ、裏切り。


 思った通り。


 やっぱりアタシの言ったセリフは恥ずかしいらしくて、つくしも一瞬言葉に詰まる。


 改めて目を逸らされて、アタシは思わずつくしの肩をペシッと叩いてしまった。


「そこは恥ずかしくても『いいセリフだね』って言ってよ……! つくしの裏切者……!」


「あ、ご、ごめんごめん。つい。私、愛されてるなぁって」


「何が『愛されてる』だよ~……! うぅ~……!」


 恥ずか死にしそう。


 どうにもならなくて、つくしから逃げる。


 脱衣所の方まで走った。


「あ、春! 待って!」


「夜なのに声大きい! 隣の人に怒られちゃうでしょ!」


「春も充分大きいじゃん……」


 苦笑いしながら、つくしは呼び止めた理由を話してくれた。


「さっき春が言ってた通り、シャンプー私が使った分で切れちゃって。替えあるならそれ使った方がいいかも……」


「わかった! じゃあ替え持ってく!」


 変わらない声のボリュームで、アタシはシャンプーの替えを浴室の方へ持って行くのだった。






●〇●〇●〇●






「それにしてもさ、春。お母さんから電話あったわけじゃん? まだ先の話だけど、年末年始はお母さんのところに帰るの?」


 お風呂から上がった後。


 涼んでいるアタシに、リンゴジュースの入ったコップを渡してくれながら問いかけてくるつくし。


「……帰るんじゃないかな? 帰らないって言ったら、それはそれでまた変ないさかいを生みそうだし」


「……そっか」


 どこか溜めのある『そっか』だった。


 何か引っかかることでもあるのかな?


 疑問い思いながら、アタシはリンゴジュースを飲む。冷たくておいしい。


「私はね、別に無理しなくてもいいと思うんだ」


「……ん。無理?」


 コップから口を離して首を傾げる。


 つくしは頷いた。うん、と。


 チョコレートを口に運びながら。


「もちろん私は他人だし、春と春のお母さんの関係をどうすることもできない。だから、言うことはどうしたって無責任で適当になるけど、それでも恋人として、春には無理して欲しくないなぁって思うんだ。今回の件でも色々大変な思いさせちゃったし」


「それはつくしが木下君とキスなんかするからだよ」


「ま、まあ、そうなんだけど……って、だからあれは事故で……」


「関係ないよ。事故でもキスは嫌だった。……その後色々補填してもらったから既に許してはいますけど」


「っ……。う、うん」


 補填。


 それは具体的にどんなことをしたのか。


 つくしは思い出したのか、顔を赤くさせてリンゴジュースを飲んだ。


 それだけじゃ冷えなかったらしい。手うちわで自分の顔を仰いでる。


「とにかく、たぶん年末年始は帰る。お母さんにも明日の朝くらいに電話するつもり」


「ん。そっか」


「別に無理はしてないからね。安心して?」


「うん。春がそう言うならその言葉を信じるよ」


 言われて、アタシも頷く。


 ただ、『でも』とつくしは続けた。


「一つお願いがあるんだ。お母さんのところに帰ることに関して」


「……?」


 何だろ?


 首を傾げると、つくしはアタシの目を見つめながら答えてくれる。


「私も一緒に行きたい。春のお母さんのとこ」


「……え?」


「お泊り、今みたいにさせてもらえないかな? 春の実家」


「は、はい……!?」


 返って来たのはまさかのお願いだった。


 即座にアタシは首を横に振った。


「そ、それは無理だよ……! お母さん、基本的にあんまり他人を受け入れないタイプだし、そもそもアタシにだってそんな興味なしみたいな感じなんだから……!」


「だからこそ家に泊まってちゃんとお話してみたいんじゃん。中学の時もこういうことしなかったし、せっかくだから色々したいんだよ」


「い、いやいや、それは……」


「ねえ、春。お願い。聞いてみるだけして欲しい。明日、お母さんに電話した時」


「ん、んんん~……」


「お願い!」


 手を合わせ、頭も下げてくるつくしにアタシは迷い、


「……じゃあ、聞いてみるだけなら」


「ほんと!?」


 パァッを表情を明るくさせるつくし。


 アタシは「でも」と喜びを制止させて、


「本当に聞いてみるだけだよ? どうしてもとか、そういうことは言わないから」


「うんっ。全然大丈夫っ。負担になるようなことはお母さんにもさせたくないしっ」


 それなら、ということになった。


 大丈夫かな……?


 一抹の不安が残るものの、明日の電話は少し緊張する。


 胸の中がざわめき、少しだけアタシのことを冷静じゃなくさせた。


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