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第56話 触れ合いたい

 その日の夜、アタシとつくしは考えていた時間よりも早く眠りについた。


 触れ合いたい。


 つくしの体温に浸りたい。


 そう思ってはいたし、実際に電気を消したベッドの上で手を繋いだりもした。


 でも、したのはそこまでで、それ以上は無し。


 たぶん、明日の朝のことがアタシ自身気になってるんだと思う。


 つくしもそんなアタシの心情を汲み取ってくれたのか、色々求めてくることはなかったし、迫ろうともしてこない。


「明日、春の実家に私も行きたいってこと、お母さん認めてくれたらいいな」


 暗い中でポツリと呟き、アタシも頷いて返す。


 そこから先は、つくしの温もりと、シャンプーの匂いに包まれて眠った。


 明日のことを考えてソワソワしていたアタシだけど、そんなつくしの存在が緊張を少しだけ和らげてくれていたのはここだけの話だった。




「――うん。うん。そう。そういうことなんだ。わかった。寒くなってきてるし、お母さんも体調気を付けてね。それじゃあ」


 翌朝。


 言っていた通り、アタシはお母さんに電話した。


 もしかしたら繋がらないかも、と思ったりもしたけど、そんなことは無くて、すぐに電話越しで話すことができた。


 伝えたいことは伝えられて、ちょうど通話を切り上げる。


 アタシが安堵の息を一つ吐くと、神妙な面持ちでつくしが問いかけてきた。


「どうだった? ちゃんと色々伝えられた?」


 アタシは少しだけ笑んで、つくしの不安をすぐに解消させてあげる。


「うん、大丈夫。ちゃんと全部伝えられた。つくしのこと」


「私のこともだけど、春のことだよ。そっちの方が大切。春、ちゃんとお母さんと話せたのかなって」


 自分のことよりもアタシのことを優先してくれるつくし。


 絶対にアタシの実家について来れるかどうかが気になってるはずなのに、さりげない優しさを感じて胸が温かくなる。


 もちろん、温かさを感じられるのは、アタシの心に余裕があるからだ。


 心に余裕がある理由は単純だった。


 お母さんとの会話が円滑に進んだ。


 一切心にモヤを生み出すことなく。


「話せたよ。年末年始に帰るって言ったら、ちゃんと『そう』って返してくれた。嫌な感じは無かったし、喜んでくれたような気がする絶対」


「『気がする絶対』って……なんか微妙に食い違ってない? 結局どっちなんだろ? 言ってくれたのも『そう』って言葉だけだったの? それもそれで素っ気なくない? そんなもの?」


 珍しくつくしが重箱の隅をつつくような細かい質問をしてくる。


 アタシは首を横に振った。


「アタシの言う『気がする絶対』っていうのは90%って意味。絶対ではないけど、絶対に近い信用度の時にこの言い回しを使ってます」


 なるほど、とつくし。


「っていうか、振り返ってみればそんな風に言ってたっけ、毎回。私の意識不足? 全然記憶に無いんだけど」


「まあ、さりげなく言っちゃってるもんね。一々気にも留めないだろうし、別にこんなこと覚えてなくてもいいよ」


 アタシが苦笑いしながら言うと、つくしは悔しそうに首を横に振って、「嫌だ」とそれを拒んできた。


「春の特徴とか、細かいことは全部記憶してたいから。ちゃんと全部覚えとく」


「あはは……。まあ、そこはご自由にだけど」


「春もさ、もっと私にそういうところ覚えられるよう言って? 厳しくして欲しい」


「そんなところで厳しくするのは違うと思うんだけど……どうしたの、突然?」


 なんか急に一生懸命執着してくるつくし。


 悔しさの琴線に触れるようなことでも言ってしまったのかな、と思うけど、それが何なのかはっきりしない。


「別にどうもしないけど……もし春のお母さんと年末過ごせたら、その時に色々知ってた方がいいかな、とか思ったりするし……」


 視線をやや下にやりながら言うつくし。


「それは、つくしの本音?」


 アタシが問いかけると、つくしは迷いなく頷いた。


 ちゃんと本音らしい。


「ちなみに、お母さん了承してくれたよ。つくしがアタシと一緒に年末年始帰ること」


「え!」


「うん。別に構わないって」


 アタシの機嫌を窺うような目の色が、一気に明るいものへと変わる。


「ほんと!?」


「ほんとほんと。中学の時からずっと仲良しの子だよって言ったら、知ってる、だって。ちゃんと把握してくれてたみたい」


「う、嘘ぉ!?」


「あははっ。だからほんとだって~」


 思わず笑ってしまいながらアタシは返す。


 つくしのテンションが高くなって、物事が本当に上手く運んでいるような感覚があった。


「じゃあ、これで先の楽しみが一つ増えたね。よかったよかった」


「うん。とりあえずは、だね。期末テストを乗り越えなきゃだけど……」


「まあ、そこはね。とりあえず中間テストも終わったし、いったんゆっくりしてもいいんじゃない? テストのことなんて考えず、帰省のことだけを今は喜んどこうよ」


 それは一理ある。


 いったんゆっくりしてもいい。


「とゆことでとゆことで、私年末年始に向けて色々準備進めとくね。お母さん、どんなものが好きかな? 何気にちゃんとじっくり話するの初めてだからさ」


「え、えぇ……!? 好きなもの……!? う、うーん……えっと……」


「やっぱり少しの間だけでもお世話になるんだし、何かプレゼントみたいなものがあっていいかなぁ、なんて思ったりもするしさ~」


「プレゼントかぁ~……プレゼント…………プレゼント……」


 いったいどんなものをあげたらお母さんは喜ぶだろう。


 純粋にそんなことを考えながら、自分の母親を想ったのはいつ以来だろう。


 ずっと、長いこと考えるのを止めてしまっていた。


 だって、何をあげてもお母さんの反応はいつも同じで、不機嫌そうだったから。


「……? 春? どうかした? 突然固まっちゃって」


「……あ、う、ううん。何でもない。何でもないんだけど……」


「だけど?」


 疑問符を浮かべるつくしに謝り、アタシは苦笑いを浮かべた。


「ごめん。お母さんに何あげたら喜んでもらえるか、正直わかんない。アタシもずっと謎で、小さい頃ずっと考えてたことだったから」


「……春……」


 って言うと、つくしが神妙な面持ちになるのもわかってた。


 場が気まずくならないようにアタシは手を横に振る。


「で、でも、だからってそれをつくしは気にしなくていいと思う。人からもらったものは何でも受け取るし、好きであれ嫌いであれ捨てるなんてことはたぶんしないから」


「……」


「う、うん。あ、そうだ。ケーキなんてどう? 甘いもの嫌いじゃないと思うし、たぶん喜んでくれるはず」


「……ねえ、春?」


 アタシの言葉を遮るようにしてつくしが名前を呼んでくる。


 反応するしかない。


 どうしたの、と。


「こういう時、私は首なんて突っ込んじゃいけないってずっと思ってた。他の家のことだからって」


「……う、うん」


「でも、もう春はただの他人じゃない。私の恋人だから」


 ――恋人。


 その言葉が緩やかに、鮮やかにアタシの胸の中できらめく。


「だから私、春のお母さんのことも知りたいよ」


「し、知りたいって言ったって……」


「年末年始まではまだ時間もあるし、良かったらなんだけど、もう一回お母さんこっちへ来てくれたりとかしないかな?」


「……え?」


「遊ばない? 私を入れた三人で」


 つくしの提案を受けて、アタシは言うまでもなく驚いた。


 あまりにも突拍子が無くて、強く、強く踏み込んでくるような、そんな要望だったから。


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