補習が終わった後、アタシとつくしは場所をアパートの部屋へと移した。
アタシの部屋。そこで、さっきやった補習の復習を軽くする。
ただ、目的はこれだけじゃない。
人間関係の面倒さを嘆く会。これを個人的に開きたかったわけだ。
青宮君も交えて。
「――それで、どうして僕がここにいるのかな? まさか勉強を見てくれ、なんてことでもないだろうし」
不満そう……というわけでもなく、彼はいつもの無表情でポテトチップスを齧ってる。
それを見たつくしは、深々とため息をつきながらジト目だ。
「別に春と私だってあなたをここに呼ぶつもりなんてなかったの。でも、春は私と違って優しいからね? 安定のストーカー行為をしていた君をわざわざ部屋まで招き入れたんでしょ? この犯罪者」
「犯罪者なんてひどいな。今日に限っては別にストーカーしていたわけじゃない。たまたま先川さんの家の近くを歩いていただけだっていうのに」
そこに関しては本当っぽかった。
買い物後みたいで、青宮君の手には書店の紙袋と、小さめのビニール袋が握られていたから。
その中身がポテトチップスとシュークリーム。どうもコンビニで買ったものらしい。
それが今、絶賛パーティ開けされて、アタシたち二人にも食べられてる。
今日の青宮君は本当にたまたまだ。彼が家に帰るには、アタシのアパート近くにある駅で電車に乗らないといけないわけだし。
「つくし。さすがに今日の青宮君は責めないであげて? 悪いのは完全に足止めさせてるアタシたちだし……」
アタシがそう言っても、つくしはジト目をやめてくれない。
そのままアタシの手をテーブルの下から触ってきて、体の距離も近付けてくる。
「春がそんなだから青宮君調子に乗るんだよ? わかってる?」
「……わかっています」
アタシの言葉に、青宮君は「心外だな」と挟んでくるけど、近くなっていたつくしにアタシは釘付けで、彼の方を見ることができない。
呆れるように青宮君がため息をついた。
それでハッとする。
「君たちの仲が良いならそれはそれでいいんだけど、何やらまた木下君辺りが近付いてきてるんだって? 諦めないね、彼も。僕級だよ」
「ほんと、春の気分がわかった。嫌だね。好きでもない人から粘着されるのって」
とことん青宮君のことを刺さないと気が済まないつくしさん。
彼がもう少し気性の荒い人だったら確実に喧嘩になってるところだけど、そんな風にならない穏やかさが青宮君の持ち味で。
アタシたちはそれによって救われてるところがあった。
今もこうして相談に乗ってくれてるわけだし。
「勉強の方は大丈夫なの? 今日、初補習だったんだよね?」
心配してくれる青宮君に、アタシたちは頷いて返す。
問題はそこじゃない、とつくしがため息をつきながらテーブルに突っ伏した。
「人間関係って本当に面倒だよね。木下君とのことでつくづくそれ思わさせられた」
「姫路さん。その言い方だと何気なく先川さんのことも指しているように聴こえるし、やめないか?」
「はい? どうしてそうなるの? 春のことを悪く言ってるつもりなんて一ミリも無いんだけど?」
「つもりが無くても、そう聴こえるんだよ。君はつい最近まで人間関係でいうと先川さんとのことでもゴタゴタがあった。何でもそうだが、勘違いされるような言動は避けた方がいい」
「そうやって気にし過ぎてるの、青宮君だけだよ。春はそんなこと思ってない。ね、そうだよね、春?」
顔を近付けて問われ、アタシは苦笑交じりに頷く。
気にしてない。
それは本当だけど、気にする人は気にするだろうなぁ、なんて思ったから、青宮君の言ってることも間違いだとは思えなかった。
言葉の受け取り方、使い方って難しい。
「ていうか、そういうのは今いいから、木下君のことなんだってば。せっかく私と春のラブストーリーが軌道に乗り始めてるっていうのに、どうしてこうなるの、みたいな感じ。私には春しか見えてないのに、本当にため息モノ」
「まったく。君は本当に悪女だね。そういう態度、まさか木下君の前でも出しているの? だとしたら最低だよ」
げんなりしながら言う青宮君だけど、そこに関してはつくしも、それからアタシも一緒になって否定した。
「そこは大丈夫。つくし、木下君にはそんなひどいこと言ってないよ」
「でも、ちょっとくらい毒は交えてるけどね。だって、何でもかんでも優しくしてたらつけ上がりそうだし。青宮君と一緒で」
また青宮君を刺してる。
隣からつくしにチョップして注意した。
つくしは戸惑いの表情を浮かべたけど、ちゃんと説明して簡単なお説教。
そうすると、シュンとした後、落ち込みながらアタシに抱き着いてくるつくし。
そこはもう苦笑いで放置。
アタシは、つくしに抱き着かれながら青宮君との会話を進めていく。
「ごめんね、青宮君。つくしが色々ひどいこと言っちゃってるけど、とにかく木下君とのことがまた再浮上してるのは確かなんだ。前より色々深刻ではないんだけどね」
「まあ、今回は姫路さんの浮気疑惑が出てるわけじゃないしね」
青宮君の毒につくしがすかさず反論するけど、そこはアタシがまた抑える。
口を手で塞いだ。
青宮君は意味ありげに天井を見つめる。
「こうなるとね、なんて言うか……これは後出しじゃんけんみたいで申し訳ないんだが、何となく思っていたんだ。こういう風なことが起こるだろうな、って」
「それは、木下君たちがまた近付いて来るってこと?」
アタシが問うと、彼は天井を見上げたまま頷く。
「だって、何となく消化不良で、先川さんは姫路さんから想いを色々ぶつけられた結果、それで問題が解決したと見たわけだろう? 木下君から直接誠心誠意謝られたってわけでもない」
「とりあえずの謝罪はあったけどね」
うん、と頷く青宮君。
そこから彼は続ける。
「それでも、その時は何となくのままだ。人には大なり小なり罪悪感を抱く心があるからね。また、色々考え直した時に接近して来るんじゃないかな、とは思っていた」
「……それが今回ってことだよね」
「そういうこと。だからまあ、それに対して僕個人が思うこととしては、何となくでいいってこと」
……?
思わず疑問符を浮かべてしまう。
何となくでいいってどういうことだろう。
「今回のは、率直に言って問題でも何でもないってことさ。君たちは彼らを許して、それで彼らが頻繁に近付いてきて、改めてワンチャンスを狙おうとしてくるんじゃないか、と。そういう不安を抱いているんだろうが、それは無いから安心していいって話だ」
「……そう、なのかな?」
アタシが呟くように言うと、密着していたつくしも一緒になって青宮君へ反論した。
その根拠がどこにあるの、と。
彼はポテトチップスに手を伸ばし、それを齧りながら続ける。
「根拠なんて簡単だよ。すべて、君たちの関係を知られたってことにある」
「「……?」」
「現実世界でカップルの関係を壊そうとしてくる人間なんてそうそういないし、木下君はそんな奴じゃないと僕は踏んでいる。彼、あくまでも姫路さんのことが好きなだけだったんだ」
なんとなくハッとさせられた。
それは、確か間島君の言っていたことと同じ。
「だったら、最初は先川さんのことを知りながら姫路さんにキスをしたけど、それはどうなるの、という疑問も生じるが、これは女子同士ってことで二人の関係を疑っていたが故の行動だろう。今の君たちの仲の良さを知って、その間に割り入ろうなんてそんなことは考えないと思う」
「……そこもまだ怪しくない? 私はそれだけじゃ信じられないよ」
つくしがそう言うけど、違うと思う。
だって、つくしは――
「ただの異性同士の恋っていうのならそれもまだ不安だろう。けどね、君たちの恋は女子同士で行われているものだ」
「……?」
「異性に好意を抱けないのではないか、と。彼にそう思わせたのなら、彼もそれはそれで諦める理由になる」
なるほど、だった。
アタシは頷いて、確かに、と彼へ返した。