「でもさ、春? 隅町先生、どうして私たちの関係に気付いていたと思う?」
へぇ、と相槌を打つように呟き、続けてつくしが問いかけてきた。
アパートまではまだ距離がある。アタシたちの会話は止まらない。
「うーん……。そこちゃんと聞いてなかった。色々話してて、アタシも他の話題に意識が向き過ぎてたから」
「えぇ~。そこ結構大事だよ。私、すごく気になる。何でなんだろう、って」
「何でなんだろう……んー……」
腕組みをして考え込むアタシだけど、瞬間的に思い出したことがあった。
そういえば、と切り出す。
つくしは「何々?」と興味ありげにアタシの方へ顔を若干近付けてきた。
「アタシたちのことよく見てた、とは言ってた。もしかしたら、それで勘付くところがあったのかも……?」
「ふむふむ。先生、私たちのこと結構見てたんだ。……それもまた何で?」
それに関しても深くは聞いていない。
けど、何となく答えは推測できた。
「たぶん先生、自分が女の子と恋してたから、それでアタシたちのこと見てたんじゃないかな? 結構気に掛けてくれてたし」
「あー、なるほどなるほど。そういうこと……なのかな?」
「それ以外だとちょっと考えにくいと思うし、推測もつかなくなる。全然わからないから、改めて隅町先生に訊くべきかも」
そうは言うものの、直接はやっぱり聞きづらい。
つくしも同じ思いを抱いたらしく、宙を見上げて「そうだねぇ」と微妙に難色を示していた。
「春、次もまた補習あるんだよね? 数学A」
「あるけど、たぶん補習プリント渡されて終わりじゃないかな? また視聴覚室に来て、とは言われなかったし」
「えぇ~? そうなの? 何で? もう会話はしきったってこと?」
どうなんだろう。
わからないけど、とにかくちゃんとは誘われなかった。
またお話ししたいね、みたいな感じで別れた。
「でも、アタシの方から話の続きがしたいです、みたいに言ったら、隅町先生相手してくれそうだよ。和気あいあいとしてて、雰囲気はよかったから」
「あ~。じゃあ、今度私も参加していい? その補習に見立てた秘密の語り合い会」
会って言うほどでもないとは思うけど。
アタシは頷く。
確かにつくしが参加したら、それはそれでまた楽しそうだし、違った話が聞けるかも。
隅町先生、まだ話し足りなさそうな感じはしてたから。
「ならつくし、明日先生のところ一緒に行こ? 昼休みでもいい?」
アタシが言うと、つくしは少し驚いたように反応してきた。
「もう明日なの? ちょっと心の準備できてないよ私?」
「別に心の準備なんていらないでしょ。いつも数学A教えてもらってるんだし」
「それはそうだけどさぁ」
何か気まずい思いがあるらしい。
らしくない様子で、つくしはもじもじし始めた。
つい小さく笑ってしまう。
「うぅ……何も笑うことないじゃん」
「だって、つくしらしくないから」
アタシがそう言うと、つくしはこっちを無言で見つめてきた。
夜闇のせいでちゃんとは確認できないけど、ジト目を作って若干頬を膨らませてる。
アタシは、そんなつくしが可愛く思えて、珍しく上から目線で言いながら、彼女の頭を撫でてあげるのだった。
「よしよし」と。
●〇●〇●〇●
翌日。
アタシとつくしは約束していた通り、昼休みの時間に隅町先生の元へ向かった。
他のクラスの教室を回って、先生が授業をしていないかまずは確認する。
これは結果的に言って授業していなかった。
どこにも先生らしい女の人の姿は見当たらない。
だったら、次に向かうべき場所は職員室だ。
二人で並んで廊下を歩き、少し入りづらい先生たちの集まる場所へ入る。
「失礼します。一年の先川です。隅町先生はいらっしゃいますか?」
決まり決まった挨拶を口にし、出入り口付近で室内全体を見渡す。
けど、ここにも隅町先生の姿は無かった。
つくしと目配せし、首を傾げ合っていると、すぐそこにいた先生(名前はわからない)が声を掛けてくれる。
「あなたたち、隅町先生に何か用事?」
五十代くらいの女性の先生。
彼女に問われ、アタシたちは頷いた。
「少しお話があって……」
「隅町先生、どこにいらっしゃるかご存じないですか?」
小さい声のアタシに続き、つくしがハッキリとした口調で問いかける。
名前のわからないその先生は、顎元に手をやり、「さっきまでここにいたのだけど」とぼやく。
どうも隅町先生はちょうどどこかへ行ってしまったらしい。
「もう少ししたらここに帰ってくるかもしれないし、少し待っておく? それとも、待てないというのならあなたたちがここに来たこと、伝えておくけれど?」
二択を提示され、アタシたちは一瞬迷う。
迷うけど、すぐに答えを出した。
「すみません。ここで待っておきます」
アタシの意思もつくしが言ってくれて、名前のわからない先生も「そう」と納得してくれる。
職員室にいることを許されたアタシたちは、とりあえず出入り口付近の隅っこに移動する。
ここにいれば通る人の邪魔にもならない。
隅町先生が戻って来るその時まで待とう。
「……あ」
そう思っていた矢先だった。
そそくさと職員室内に入って来る、見覚えのある女性。
隅町先生だった。
待とうと決意して、ものの一分で隅町先生はアタシたちの前に姿を現してくれる。
「せ、先生……!」
つくしよりも先にアタシは声を上げた。
決して大きくはないけど、アタシのそれはシンとした職員室内でよく響く。
昼食を摂っていたり、パソコン業務をしている先生の何人かがこっちを見てくるのに気付きつつ、アタシは恥ずかしさを押し殺しながら隅町先生にも認識してもらった。
「あ……先川さん」
隅町先生の頓狂な声も室内によく響くけど、これもまたそこまで大きいモノじゃない。
とにかく静かすぎるのだ。この職員室が。
「どうかした? 補習に関して聞きたいことがあったのかしら?」
アタシたちは互いに歩み寄り、先に隅町先生から問いかけられる。
視線が先につくしの方へ行き、やがてアタシの方へ向けられた。
「い、いえ。補習に関して……というのは少し違う気がするんですけど……」
「少し違う……。となると、もしかしてわからない問題があった?」
それも少し違う。
アタシが弱々しく首を横に振ると、隅町先生は「ちょっと外に出ようか」と提案してくれた。
すごくありがたい。
他の先生たちがいるここでは、素直に誘えなかった。うかつに「お話したいです」なんて言ったら、隅町先生に迷惑をかけてしまいそう。
補習対象の生徒に対して何を言っているんだ、とか変な噂立てられたりして。
「――それで、改めてどうかした? 先生に何か用事があるのは明らかだよね?」
職員室前の廊下に出て、アタシたちは改めて対面する。
さっきまでよりかは話しやすいけど、それでもアタシは簡単にお願い事をくちにできなかった。
「あの」とか、「その」とかをぎこちなく繰り返すだけ。
上手く事情説明ができない。
そんな風にしていると、見かねたつくし本人が先生へお願いしてくれた。
「隅町先生。ご存知だとは思いますが、私、先川さんと同じクラスの姫路つくしって言います。今日は先生にお願いがあって来ました」
「ええ、ええ。姫路つくしさんよね。もちろん知ってますよ。先川さんとも仲が良いし」
言って、先生は「お願い?」と疑問符を浮かべる。
どんなものか、と問われ、つくしは先生へすぐに言葉を返した。
「単刀直入に言って、私たちのことをどれだけ知っているのか、詳しくお窺いしたいんです」
「……え?」
「先生、私ともお喋りしてください。補習の時間、春と一緒にいさせて欲しいんです。お願いします」
つくしが頭を下げるのを見て、隅町先生は完全に呆気に取られていた。
アタシはそれを見て、当然そうなるよね、と心の中で思うのだった。