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第85話 通ったお願い

 その日の放課後。


 アタシとつくしは一緒に日本史の補習を受けて、それが終わってから隅町先生の元へ向かった。


 昼休みにしたお願いが通ったのだ。




『私たちの関係をどこまで知っているのか教えてください』




 隅町先生へつくしがそう言ってくれた。


 先生は少し戸惑ってはいたものの、それでもアタシが補足するように事情を説明すると、快くこのお願いを引き受けてくれた。


 きっと長い会話になる。


 それを見越して、時間は昼休みより後の放課後。日本史の補習が終わった後で、場所は昨日アタシが隅町先生と二人きりで話をしたのと同じ視聴覚室。


 そこで色々、今度はつくしも交えて話そう、ということになった。


 よかった。


 別に隅町先生へ警戒心を抱いているとか、そういうわけじゃないけど、元々のアタシの人見知りのせいか、つくし以外の人と二人きりで話すとなると、どうしたって身構えてしまうから。


 変な話ではある。


 隅町先生ともう一度話したい。


 そう思っていたのに、気持ちの別の部分ではそれを拒むかのようなことを考えてしまうなんて。


 上手くいかないものだ。


 でも、上手くいかないと言えばもう一つ。


 木下君たちとのこと。


 補習中、やっぱり立川君や近藤君が話し掛けてきたけど、そこでした会話というのも本当に何気ないもの。


 木下君自身はそこにいるだけで、アタシたちに特段何か言ってくるというわけでもない。


 今さら感、というのを彼も感じているのかもしれなかった。


 これはもう終わった恋で、先の無い接近。


 友人の立川君、近藤君、間島君が気を遣ってくれてはいるものの、それには最低限応えるだけで特にこれ以上関係を進展させようとは思っていない。


 だって、既にアタシたちとの関係値は泥沼。マイナスで、進めようのないものだから、と。


 彼の作る苦笑いからはそんな意図が透けて見えていた。


 ただ、こういった気まずくて話し掛けられないような微妙な関係は、本来アタシが望んでいたもののはずで。


 喜ぶべきことなのかもしれないのに、自分自身なぜか落ち込むような気持ちになっている。


 わがままなのかもしれない。


 この期に及んで、つくしを自分のモノにしたいっていう願いを叶えつつ、皆が幸せになって欲しい、なんてことを思ってしまっているから。


 何かを得ようとすれば、何かを失う。


 そんなの、世の中の常識なはずで。


 幸せになりつつあるアタシは、気付かないうちにそこまで傲慢になってしまっていた。


 自分で自分のことを責める。


 バカじゃないの、と。


「――ということで、昨日に引き続いてごめんなさいね。わざわざここに来てもらって」


 そんなことがありつつ、アタシとつくしは視聴覚室に到着し、出入り口の扉を開ける。


 室内に入れば、昨日と同じく隅町先生が先に一人で待ってくれていて、笑顔で出迎えてくれた。


 アタシたち以外の生徒はいない。


 広々とした空間に三人きり。


「こんにちは……じゃなくて、そろそろこんばんは、かもですね。隅町先生」


 つくしがはにかみながら挨拶をすると、隅町先生は窓の方を見つめながらクスッと笑んで、


「確かにそうね。こんにちはなのか、こんばんはなのか、どちらが挨拶として適当なのか難しい時間帯だわ」


 なんて言う。


 アタシも頷いて窓の方を見た。


 もう冬って言ってもいい季節。


 外は既に暗くなり始めていて、あと三十分もしないうちに夜闇が完全に世界を覆っていそうだった。


「まあまあ、それはいいとして、ね。ようこそ視聴覚室へいらっしゃいました。お二人さん」


「「いえ」」


 アタシとつくしの声がちょうど重なった。


 互いに目を合わせて苦笑いを作る。


 隅町先生も同じ反応だ。苦笑い。


「本当、仲が良いのね。微笑ましいくらいだわ」


「……えっと、それは傍から見ていてもやっぱりそう映りますか……?」


 おずおずと質問するつくし。


 そんな問いかけに対し、先生は優しく頷いた。


 立っているままだと疲れるでしょう、と。そう言ってアタシたちに椅子へ座るよう促してもくれる。


 先生自身も座りながら、アタシたちは会話を続けていった。


「そこはもう、映りに映ってるわねぇ。二人はとても仲良しなんだな、って。たぶん私だけじゃなくて、周りの子たちもそう思っているんじゃないかしら?」


「周りの子たち、ですか……」


 アタシが苦々しく呟くと、隅町先生は楽しそうにうんうん頷く。


 つくしは「なんか嫌そう」とジト目でアタシを見てくるけど、すぐに弁解した。


 嫌なわけじゃない。そうじゃなくて、恥ずかしい。


 周りにいるクラスメイトとか、この学校に通っている人たちからそんな風に見られていると思うと。


 そうやってアタシが一人で恥ずかしがっていると、心情を察してくれた隅町先生は両手を胸の前で握って「安心して」と言ってきた。


「皆、たぶん二人が特殊な関係だって気付いてはいないはずよ。もしかしたら中には疑っている子もいるかもしれないけれど、それはなかなか聞きづらいことだからね。安心して大丈夫……!」


「そうだよ、春。ていうか、そもそも周りにどう思われようと関係ないもん。私たちは私たちらしく堂々としていればいいの。悪いことなんて何一つしていないし」


「そう……! 姫路さん良いこと言う……! 悪いことなんて何もしていないの……! 二人は清く正しく仲良くしていて、関係をゆっくりゆっくり深め合っているだけなんだからっ……!」


 隅町先生の鼻息が荒くなってる。


 微妙な反応をするアタシだけど、こればかりはつくしもちょっと引いたような苦笑いを浮かべていた。


 テンション高過ぎます、隅町先生……。


「……あの、先生? アタシたちの仲について熱弁してくれるのはいいんですけど、そろそろ本題ついて触れてもらってもいいですか……?」


 アタシが遠慮がちに言うと、一瞬疑問符を浮かべる隅町先生。


 すぐにハッとしてくれたけど、大事なのはそこなのだ。ちゃんと話してもらわないと。


「そうね、そうだったわね。どうして先生があなたたち二人の関係について知っているか、そこを訊きたかったのよね」


「「はい」」


 またしても無意識に声が重なるけど、今度はもうつくしの方を見ない。


 つくしもこっちを見てこなかったし、本題について訊きたいということは共通の思いらしかった。


 隅町先生は目を見開いてキラキラさせていたけど……。


「……こほんっ。ええっと、そこはズバリ簡単なの。先川さんに昨日言ったことがヒントになっています」


 咳払いをして、そんな風に言ってくれる先生。


 アタシは心の中で思った。やっぱり、と。


「それは、高校時代に先生も同性の子とお付き合いしていたから気付けた、ということですか?」


 つくしがアタシの考えていたことをそのまま口にした。本当にストレートに。


「うふふっ。その辺りのこと、さっそく先川さんから聞いたのね。さすが仲良し二人組」


 隅町先生は不思議な人だ。


 こういう言い方をしていても嫌味な感じがしない。


 もちろん、それは表情とか仕草とか、語調が明るくて優しいからなんだけど、とにかく天性のものだと思った。


 正直羨ましい。そういう人当たりの良さが。


「姫路さん、正解。その通り。先生があなたたち二人の関係に気付けたのは、高校時代の自分と重ね合わせることができたから、なのでした。パチパチパチ」


「わー」


 一緒になってつくしも軽く拍手する。


 何だろうこのノリは。


 アタシもそれに乗ろうとしたけど、少し遅くて乗れなかった。


 拍手しようとしたら、二人が手を叩くのをやめてしまった。


 微妙な感じになってしまう。


「でも、そうなのよ。もう本当、すごくすごく自分の高校時代を思い出したの。『あー、あんな感じだったなぁ。懐かしいなぁ』ってね」


「今はその方とは疎遠なんですか?」


 遠慮のないつくし。


 先生は、少し寂しそうに苦笑いを浮かべて頷いた。


「そうなの。ちょっと色々あってね」


 高校卒業と共に疎遠になってしまった。


 と、そうアタシたちへ教えてくれるのだった。


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