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第90話 悪いのは自分

 カラオケボックスを出た後、アタシたちはすぐに帰るというわけでもなく、コンビニに寄ってアイスを買い、それを食べながら近くの公園へ立ち寄った。


「いやいやー、それにしてもマジでびっくりだったよなw 姫路さん、案外歌下手でwww」

「だはははっwww それを自覚した選曲もまたwww」


「うるさいなぁ! 下手って最初に言ってたよね!? 終わってからまたそうやって蒸し返すの何なの!? 本当に性格悪いんだけど!」


「「ゆきーのよーうにーwww」」


「だからやめてってば!」


 気付いたら、つくしはカラオケを通じて立川君&近藤君とすごく仲良くなってた。


 こんな風にイジられて、それに対して真剣さと冗談っぽさを混ぜた絶妙な雰囲気で返してる。


 二人の肩を叩き、肩を叩かれた立川君と近藤君はなおも笑い続けてた。


 アタシはそれを傍から眺めつつ、愛想笑い。


 つくしの順応力が凄いのはずっと前から知ってるけど、それにしてもだった。


 カラオケに来るまですごく敵対視してた人たちと、まさかここまで仲良くなるなんて……。


 立川君と近藤君も何だかんだ優しいし、仲良くしましょうオーラが凄いからわからなくはないんだけどね。


 アタシももうそこまで二人に対しては何も思ってないし。


 二人に対しては。


「先川さん、大丈夫? 寒くない?」


 ちょうど頭の中で彼のことを考えていた矢先に声を掛けられる。


 木下君。


 横にいた彼が心配してきてくれた。


 寒くないか、と。


「……季節が季節だし、食べてるものも食べてるものだから、寒くない訳がないよね……」


 セリフに愛想がない分、せめて表情だけは作り笑いのままに留めて返した。


 もちろん、つくしや立川君、近藤君と間島君に聴こえないように小さめの声で。


「ははは……。そこはまあ、確かに。でも、今さら感はあるけど、皆に合わせて買わなくてよかったのに。アイス」


 愛想笑いをするアタシと似たような苦笑いを顔に浮かべながら、木下君はそっと言ってくる。


 声のボリュームもアタシと同じくらい。


 何気ないけど、こういうところも彼がモテる一因なんだろうな、と思ったりした。


 そんな木下君に対して、モテなくて根暗なアタシはネガティヴに返す。


「皆がアイス買ってる中、アタシ一人が何も買わないとか無理だよ。空気は読まないといけないものでしょ?」


「別にそんなことないよ。空気を読まないといけないのは、大して仲良くない人といる時か、大小関係なく緊張感が漂ってる状況くらいのものだから」


 少し青宮君っぽいなと思った。


 哲学的というか、何というか。


 でも、少し勉強になるような、そんなセリフ。


 木下君もこういうこと言うんだ、と若干認識が改まる。


 嫌いじゃなかった。


 個人的な思想を、自慢げじゃない風に何気なく話してくれる人は。


 アタシも、頭の中ではそういうことを色々考える節があるから。


「……じゃあ、軽く後悔。こんな季節に、しかも外でアイスを買うなんてしなかったらよかった」


「だったら、俺がもらってあげようか?」


「うん。もらって? 178円になりますけど」


「あははっ。買った時より10円高くなってるし」


 笑う彼。


 アタシも笑って、結局お金はもらわずに自分でアイスを食べることにした。


 寒いけど、たぶんここにいるのはそこまで長くない。


 もう少ししたら解散して、家に帰れるはず。


 それまで寒さくらい我慢していよう。


 せっかくつくしも楽しそうにしてるんだから。


「てかさてかさ、寒いからいったんあそこの自販機でおしることか買ってこねえ?」


「おっ。それいいね。買いに行こ買いに行こ」


 アタシが寒さに耐え切る方向で考え始めた矢先、それを察したように立川君と近藤君が切り出してきた。


「もちろん、姫路さんも俺らについて来てね? 下手な歌聴かせた分w」


「ほんと、立川君さ……!」


 怒りマークを額に浮かべつつ、つくしはアタシの方へ体を寄せながら問いかけてきてくれた。


「春も何か暖かいもの飲む? 寒そうだし」


 と。


 自分、そんなに寒そうにしてたかな。


 別に誰かに悟らせるつもりなんてなかったんだけど。


 余計な心配かけるし、この状況に水を差すことになるし。


「……だったら、アタシお茶。暖かいお茶が欲しい」


 つくしに言うと、彼女は優しく頷いてくれて、少しアタシから距離をとった。


「わかった。じゃあ、ちょっと買ってくるね」


 そう言って、木下君のことを軽く目で牽制しつつ。


「じゃあ、ちょい木下も待っててくれー。間島はどうする? お前も来るか?」


 近藤君に問われ、間島君は軽く周りを見渡す。


 それから、苦笑いして頷いた。


 一番ポジションがどっち付かずな彼は、この中で最も気まずいのかもしれない。


 立川君と近藤君は、木下君がつくしにキスした時その場にいなかった。


 だから、今はこうして許されてる感がある。


 でも、彼はそうじゃなくて、その場にいたから。


 木下君と同罪みたいに思われていて、彼自身どうしていいのかわからなくなってる風だった。


 その辺りのフォローは立川君と近藤君もまだし切れない。


 自分たちがつくしと冗談を言い合うので精一杯だから。


「木下と先川さんはちょい待ってて! すぐ買ってくる!」


 言って、騒がしく四人が向こうの方へと歩いていく。


 アタシは一つ息を吐いた。


 白くはない。


 白くはないけど、ジッとしてる分冬の到来を感じて寒いといった感じだった。


「行ったね。騒がしく」


 木下君がポツリと呟く。


 アタシもそれに対して頷いた。


 うん、と。


「先川さん、今日は本当にありがとね。俺たちの誘いに乗ってくれて。明日テストなのに」


「……それはつくしに一番言ってあげるべきだよ。アタシなんてどうでもいいんだから」


 自虐っぽく言うと、木下君は「いや」と軽く首を横に振る。


「どうでもいいことないよ。姫路さんには当然として、俺は君にも同じくらい謝らないといけない身分だから」


「……かな?」


 なんて、本当は頷いてもいい気がしながら、アタシは頷かないでおいた。


 そんな一方的に彼を責め立てる時でもないから。


 けど、木下君は頷く。


 自分が一方的に悪かった、と。


「あの件で君を深く傷付けた。実はずっと怖かったんだ。俺、先川さんに刺されてもおかしくないよな、って」


「アタシ、そんな強気になれない。相手に非があっても、その非を飲み込んじゃうくらいには弱いので……」


「そうなの? なんかそういう風には見えないけど?」


「全然そう。だから、今自分が陥ってる状況も因果応報かな、とか思って勝手に納得してるから」


 一つ間が空く。


「君の性別が変わった、という話?」


 彼は慎重に、言葉を選ぶようにして疑問符を浮かべる。


 アタシは苦笑いを浮かべて頷いた。


「それでね、これは言ったかな? 実はアタシ、恋愛嗜好まで変わってたの。女の子が好きだったのに、男の子が好きになってた」


「要するに、レズだったところからホモになってたってこと?」


 ストレートだ。


 ズバッとした表現で問われた。


 アタシは、また苦笑いのまま頷く。


「何をしたのかはわからないけど、きっと何か悪いことでもしてたんだと思う。物事は何でもそういう風にできてると思うし、アタシは小さい頃からこの考えで生きてきて、それが間違いだと思ったことがないから、たぶんそう。悪いのはたぶんアタシなんだ。もちろん、木下君がつくしを奪おうととした、ってイベントも」


 アタシが悪いからそれは起きた。


 これはお母さんの考えだ。


 悪いことは、きっと過去の自分の過ちのせいで起こってる。


 それは暗にお父さんに向けて言ってる気がした。


 悪いのは自分。


 お母さんは常に自分を責めていた。


 アタシの知らないところで。


「……俺はその考え、違うと思うけどな」


「……え?」


 木下君は、静かに、少し力を込めてそう言った。


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