どういう性別であれ、恋愛嗜好であれ、アタシはアタシだと、前につくしはそう言ってくれた。
その言葉をもらった時はすごく嬉しくて、もう何も迷わず、つくしのくれた意見だけを頼りにしていればいい、とアタシはそう考えていたのだ。
でも、生きていれば、人と関わっていていれば、大なり小なり問題が起こる。
その問題は、アタシのそんな考えに揺らぎを与えてきて、絶対的なモノであっても心の中に疑いを生じさせる。
――本当にありのままのアタシで大丈夫なの?
……なんていう風に。
その疑いを晴らす術は色々あるんだろうけど、とにかく一番は誰かから認めてもらうことだ。
あなたの考えは合っている。大丈夫、と。
前は青宮君にしてもらった。
彼から大丈夫だと言ってもらって、また不安になって、今回意外な人物からその役目を担ってもらった。
木下君だ。
木下君から、もっと自分らしくしていていい、と。好きな人にくらいは、心の底からの本音をぶつけていくべきだ、と言われた。
頭ではわかっている。
だって、それだって前につくしと約束したことだったから。
思っていることは何でも言い合う、って。
言い出したのも確かアタシだった気がする。
なのに、こっちからそれを忘れて、気付かないうちにつくしへ思いを打ち明けられなくなっていただなんて、そんなの正直認めたくなかった。
でも、第三者からしてみればアタシはそれができていなくて。
木下君に指摘されてしまうほど、自分の思いを胸の内に秘め過ぎていた。
確かに色々あったのはあったけど、そんなの言い訳だ。
アタシはどうしようもないほどにすぐ自分の考えをブレさせてしまうし、誰かの助け無しでは真っ直ぐに生きていけない。
だから、大切なのは信頼できる人の傍にいること。
ゆっくりでもいいし、最初は依存でもいいから。
真っすぐ歩くために、誰かの傍にいないといけない。
そういう生き方をするべきなんだ。アタシは。
「――お疲れ、春。テストどうだった?」
木下君たちと遊んだ翌日の放課後。
数学Aの補習テストを終えて特別教室から出ると、扉の前でつくしが待ってくれていた。
アタシは苦笑いを浮かべて、ため息交じりに言葉を返す。
「正直お祈り。できてると思いたいけど……不安もある感じだなぁ」
これで落ちてたら留年……は無いと思いたいけど、親も交えた面談が入って、もう一度テストを受けさせられるらしい。
それだけは絶対に嫌だった。そんな情けない面談でお母さんを呼びたくない。何て言われるかもわからないし。
「まあまあ、そんなに気にしなくても大丈夫だよ。春はちゃんと合格してる。私が保証する」
何の根拠も無いのに、つくしは笑顔でそう言ってアタシの腕を抱いてきた。
綺麗な髪の毛がふわりと軽く舞って、シャンプーのいい香りが鼻腔を撫でていく。
いつも通り、つくしのいい匂いがした。
それのおかげで心配や不安も少し和らぐ。下心に助けられたような形で褒められたものではないけど。
「つくしは日本史のテストどうだった? って、その感じだと正直聞くまでもないだろうけど」
アタシが問いかけると、予想通りつくしは自慢げな表情を作って「グッド」と一言。
「やっぱり」なんて言って返すと、彼女は首を横に振ってきた。至近距離だから、その動きでまたいい匂いがする。
いい加減食べたくなってきた。可愛いし、いい匂いだから。
「私のテストの出来はグッドだけど、そういうの全部春のおかげなんだよ?」
「え……? アタシのおかげ……?」
個人的に何かそう言われるようなことをしたか、と問われると、残念ながらパッと浮かんでこない。
アタシ、つくしに何かしてあげたっけ……? 勉強を教えてあげるようなことも皆無だった気がするけど……?
「違うよ? 勉強を教えてくれたとか、そういうことじゃない」
「あ、ですよね。アタシが逆に教えてもらう側だし」
ていうか、相変わらずアタシの心を読むかのような言葉にドキッとさせられる。
つくし、本当にエスパーか何かなんじゃないかな。
「そうじゃなくて、気持ちの話。私の傍に春がいてくれれば、それで何もかもうまくいくし、それで全部幸せなの」
「傍にいるだけでいいの……?」
「傍にいてくれないとダメなの。私にはどうしたって春が必要。春がいなかったら気持ちもテンションもがた落ちで、たぶんテストもまた落ちてた。だから、ありがとう。傍にいてくれて」
密着したまま柔らかい笑みを向けてくるつくし。
傍から聞いていれば、きっとそれは依存以外の何物でもなくて、もしかしするとヤバい人だと思われるかもしれないアタシたち。
だけど、物事の正解なんて結局は絡み合っている本人次第でしかなくて。
アタシたちの正解は依存し合うことだった。
一般的な常識だって捻じ曲げられる。
依存イコール悪って考え、アタシとつくしにはまるで無かった。
二人が揃って依存したいと思ってる。
共依存こそ正義。
今はそれでいいのだ。
「……ねえ、つくし?」
「ん? 何、春?」
廊下のど真ん中で彼女の名前を呼び、アタシは続けた。
「年末年始、アタシのお母さんに会いに行くって話だったよね?」
「うん。そういうことになってるね」
「それはそれでいいんだけど、今週の末に一度もう会いに行かない?」
――え?
と。
つくしの頭上に大きな疑問符が浮かんだ。
実際に目に見えるわけじゃないけど、本当に浮かんでいると錯覚するくらいに彼女はポカンとしていた。
無理もない。
アタシの提案はあまりにも唐突で、突拍子の無いものだったから。
「ごめん。いきなりだし、無理だったら無理で大丈夫。気持ちの準備もいるだろうけど、もしもつくしさえ良かったらどうかな、と思って……」
「……」
無言のままにアタシをジッと見つめるつくし。
さすがに無理かな。
慌てて今言ったことを訂正しようとすると、つくしはハッとしたように首を横に振った。
「いいよ。行こう、今週末。春のお母さんのところ」
「い、いいんだ……?」
「うん。……って、提案してきた春が何で疑問形なの? いいよ。全然いい。行こう?」
そう言うつくしに乗せられるようにして、アタシはぎこちなく頷く。
提案したのはいいけど、さすがにまだ早いと思った。
だから、こうしてすんなりオーケーを出されると面食らってしまう。本当、自分で提案したのに。
「行くなら電車とか乗り継いでだよね? 細かいルートとかよくわからないんだけど、春はもうその辺り知ってる?」
「あ、うん。知ってる。行き方は大丈夫」
本当は自分でちゃんと電車を使ってなんてしたことないけど。
でも、そこは別に大丈夫だった。ルートは頭の中に入ってる。
「なら、了解。準備しとく」
「持っていくものとかは特にいらないから。泊まらないし、日帰りにするつもりでいるので」
「そうなの? 私的にはお許しがもらえるのなら泊まりたかったなぁ、なんて思っちゃったりするんだけど?」
言って、つくしは軽く舌を出す。
「って、そういうのはさすがに図々しいか。ごめんごめん。いいよ、日帰りでも全然」
「……わかった。だったら、その辺もお母さんに聞いとく。そもそも、まだお母さんの予定とか一切聞いてないし、断られたらそれまでなんだけどね……」
「あれ、確認取ってなかったんだ。今思い付きで提案してくれた感じ?」
問われて、アタシは頷く。
頷くと、つくしは笑った。
アタシにしては無計画だ、と。
「でも、いいよ。色々了解。楽しみにしとくね」
「う、うん」
「春も春で、思うところがあるから今のタイミングでも行こうって言ってくれたんだろうし」
「……うん」
「そのことに関してもまた話聞かせてね?」
つくしに言われ、アタシは確かに頷くのだった。