「――それにしてもだが、結局先川さんは自分の秘密について出回っている噂に対して、特に何も思ってないのかい?」
アタシの実家近くの駅。
そこで電車から降りて、改札口に向かっているところだったんだけど、すぐ傍を歩いていた青宮君が何気なく唐突に問いかけてきた。
「すごいいきなり。しかも、今さら」
つくしがアタシの思いを代弁するかのようにそう言ってくれる。
ただ、表情までは一緒じゃない。
つくしは、すごく嫌そうな顔で青宮君のことを見つめていた。
アタシは何もそこまで嫌悪感を露わにしない。ただ、小首を傾げるだけ。
「唐突だね。どうして突然そんなことを聞くの?」
問い返すと、青宮君は紺色のコートの襟元を正しながら「いや」と続けてくれる。
「問うたのが唐突なだけで、ずっと気にはしていたんだ。君の方から色々それについて話してくれるのかと思っていたけど、全然そんなことは無いし、だったら何とも思ってないのかな、と逆に気になってね」
「……なるほど」
呟くように返して、アタシは少し宙を見上げながら考える仕草。
この思いは……いったいどう表現したらいいんだろう。
微妙で、複雑で、でもハッキリと言い切ることもできない……気がする、そんな思い。
パッとしない答えかもしれないけど、何も答えないのもそれはそれでまた青宮君が疑問を抱き続けることになる。
曖昧ではあるものの、アタシは考えていることを口にした。
「何とも思ってないっていうのは正直間違い。何も思わない訳がないし、面倒だな、とは思ってる」
「にしては、今回表情が晴れやかだよね。何も悩みなんて無いというか、むしろ良いことがあったみたいな、そんな顔をしてる」
青宮君が言うと、アタシの左隣にいたつくしが「春の顔見過ぎでしょ」と呟く。
別にそれは構わなかった。
至近距離でずっと見つめられるのは困るけど、表情を把握されることくらい何とも思わない。
青宮君になら。
「つくし。アタシは別に青宮君ならそういうのも許せるよ。全然大丈夫」
「え……!?」
アタシの言葉を聞いて、つくしは信じられないという顔でこっちを見つめてきた。
泣きそうな感じにもなっていて、アタシは思わず頬を引きつらせてしまう。
「何で!? どうしてこの人のことをそんな特別扱いするの!?」
「特別扱いっていうか……それはまあ、友達だし」
「友達でもそういう言い方はしなくないかな!? 恋人に言うような感じだったけど!?」
「気にし過ぎだから。そんなわけないよ。アタシの恋人は……その……つくしただ一人だし」
未だにこうして言葉にするのは恥ずかしい。
ぎこちなく言うと、青宮君は「やれやれ」と呆れていて、つくしは悔し気に、けれど嬉しそうにしながら悶えていた。
もう色々反応がよくわからない。
浮気してるわけじゃないし、別にこれくらいいと思うんだけどな。
つくし的にはダメらしかった。葛藤するようなリアクションを取りつつ、アタシのことを抱き締めてくる。
まるで青宮君に見せびらかして、アタシのことを自分のモノだと主張するように。
「春はこう言ってるけど、青宮君はあまり調子に乗らないように。君は春にとってただの友達。私は恋人。いい!?」
「はいはい。だからもう、そんなの今さらでしょ……?」
「今さらだけど、大事なことだから!」
つくしの懸命な物言いを聞いて、青宮君はため息。
「まあ、何でもいいけど」とつくしをあしらって、アタシへ再度問いかけてきた。
歩きながらだったから、ちょうどお母さんとの待ち合わせ場所にも到着して、三人とも立ち止まるけど、話は続く。
「今回の噂に対しての君のスタンスを聞きたいんだ、先川さん」
隠すことは何も無い。
アタシは、本音で彼に伝えた。
「何も思ってないことは無いけど、アタシはアタシで、自分のするべきことをちゃんと把握できたから。だから、そんなに落ち込んでもないのかもしれない」
「自分のするべきこと? それは……具体的に聞いてもいいことなのかな?」
遠慮するようにしながら、しかし探りを入れてくる青宮君。
そんな彼に対して、アタシは頷いて返す。
「要するに、好きな人へは――」
――と、言いかけていたところでだ。
「待たせたわね。遠路はるばるお疲れ様」
クールな声がアタシたちに話し掛けてくる。
すべての会話を取り止めて、三人ともが一斉にその声のする方を見やった。
「春の母です。お二人とも、よろしくお願いします」
そこにいたのは、疑うまでもなくアタシのお母さんで。
つくしも、青宮君も、その圧倒的な存在感にただ気圧されてポカンとしていた。
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「三人とも、荷物は部屋のここに置いて頂戴。あまり広くはないけれど、自由に色々広げてくれて構わないから」
「「は、はい……!」」
「それと、今日は夕食、何が食べたいかしら? 春は知っていると思うけれど、私あまり料理が得意じゃなくて、何だったら外に食べに行くのも選択肢としてアリだから、何でも希望を出して頂戴」
「「は、はい……!」」
「先に断っておくと、『何でもいいです』というのは無しでお願い。それが一番困るの。何か提示して欲しいわ。よろしくお願いね」
「「は、はい……!」」
駅から車で少し移動して、実家にすぐ着いたアタシたち。
高校入学前まで暮らしていた簡単なマンションの部屋の中は、全然変わっていなくて、少しだけ古かった家具が新調されていたくらいだった。
そんな懐かしい中で、つくしと青宮君は緊張してる。
お母さんからの言葉の返しに「はい」しか言えてない。
どことなくお笑いみたいだった。
思わず笑いそうになってしまう。
「春もわかっているの? あなた、さっきから一つも返事をしないけれど?」
お母さんの鋭い視線がアタシを射抜く。
アタシは、その問いかけに対して頷き、「わかってるよ」と返しておいた。
この眼差しとハッキリした言い方だから、怒ってるようにも思えるけど、実際にはたぶんそんなこと無いんだと思う。
お母さんは、ただ何気なく問うてきてくれてるだけ。
この言葉遣い、雰囲気や態度に悪意なんてたぶん何一つ無いはず。
そこは実の娘として自信を持って言いたい。
「お母さん。でも、今回は本当にありがとう。年末年始の時って言ってたのに、こんな二か月くらい早く家に帰って来て」
アタシが言うと、少し間を置いて、お母さんは顔を別の方へ向けながら「バカね」と一つ呟く。
「そんなこと、子どもが謝らなくてもいいの。春、あなたは昔からそう。謝らなくてもいいところで、ごめんなさい、ごめんなさい、と謝るの。とても悪い癖よ? 早い所改めなさい」
言われて、つくしと青宮君みたいに、アタシも「はい」と応えていた。
同じ穴のムジナだったってことになる。人のこと言えない。
「まあいいわ。それはそれとして、あなたたち、今日はもうこれから家の中にいるのかしら?」
「「「……へ?」」」
「予定はあるの? まだ夕方……というのも早いような時間帯、昼の三時だけれど?」
お母さんに言われて、アタシはリビングの向こうにある掛け時計に目をやる。
確かに時刻は昼の三時を指し示してるけど。
「……特には無いです。どこかに行こうとしても、私たちには足も無いですし」
苦笑いを浮かべて言うつくし。
それに釣られて、アタシと青宮君も同じような表情を作る。
今日はもうこのまま家の中にいてもいい。
家で何かをするっていうのもそれはそれで――
「足ならあるわ。私が車で好きなところへ連れて行ってあげる」
「「「え!?」」」
これにはさすがのアタシもびっくり。
お母さんが進んでどこかへ行こうと提案してくれていると言っても過言じゃないから。
「い、いえ、さすがにそれは……! 申し訳ないというか、何なら私たち、お母さんとここでお話するだけでも全然いいレベルで……!」
「そ、そうです! 僕も色々聞きたいことがあるというか、お話のネタはたくさん用意しているつもりで!」
「いいわよ。そういうのも、諸々遊びに行った先でお話ししましょう」
ねぇ、そうでしょう春?
――と。
アタシへ話を振ってくるお母さん。
アタシはそれに対し、ぎこちなく頷くしかなかった。
未だ驚き、どこへ行くのか困惑していたから。