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第59話 竜の魔術

「っあー! ほんとだ! 『勇者』が禁句タブーになってる!」


【編纂】は非常に騒がしい始祖竜オリジンであり、動作もオーバー気味であり、よく大きな動きをする。


 華奢で小柄で健康的な手足を振り回しながらリアクションをとる彼女の様子は、研究者を目指していた俺にはどうにも受け入れがたく……

 最初は美しすぎるものへの緊張と遠慮もあったのだが、だんだんと『うるせぇやつだな……』と失礼なことも平気で思うようになっていた。


「申し訳ありません【静謐】姉様! ずっと世界の様子を共有してくださっていたのに、人口推移しか見てませんでしたぁ!」


 ……これは現代の俺の知識だが。

 始祖竜同士は記憶を共有するようなのだが、それでも【静謐】は【躍動】に直接俺のことを頼みに行ったらしい。


 それは『直接頼むのとただ共有するのは印象が全然違う』みたいな理由だったと聞かされた気がするのだが、実際のところ、共有したもののなにが大事でなにが大事でないかは、見る者の主観にかなりる。

 そして人は(始祖竜も)大事でないと思ったものは、うまく覚えていられないというのがあるようだった。


 それにしてもここまでポンコツを前面に出してくる始祖竜というのも例がない。

 たぶん見た目が子供のせいもあるだろうが……よくも悪くも、【編纂】には、これまでの連中がみな持っていた『始祖竜らしさ』みたいなものが全然なかった。


「で、勇者ってなんなの?」


「だから魔王を倒す一歩手前まで行ったメガ英雄なんですって。それだけじゃなくて、過去には第三災厄まで倒したし、【変貌】姉様がその身を賭して変じた聖剣の担い手でもあり……」


「お伽話かなにか?」


「実在の人物ですぅー!」


 魔王を倒すほどの英雄、というのは、創作界隈で流行りのネタだった。

 もちろん他の村落になど行ったことはないのだが、うちの村でもそういう主人公のネタが創作されたことはあったし、流れ者なんかも、そういう主人公を据えた話を語ることはある。


 ただし『魔王を倒しました』まで行くとファンタジーがすぎて白けてしまうので、たいてい、『魔王を倒せるほど強かったのです』ぐらいで止まり、その後は魔王の伴侶になったり、共同研究者になったりする。


 つまり勇者というのはいかにもなフィクションと認識される要素ばかりそろえた存在なのだった。


「……っていうか、魔王を倒せるわけないじゃん。魔王の意思一つで精霊は全部あっちの味方になるんだよ? つまり、魔王と敵対すると魔術が使えなくなるんだ。魔術なしでどうやって魔王を倒すんだよ」


「そこは筋肉と勇気ですよ」


「…………」


「なんですかその小馬鹿にしたような笑みは!? 【編纂】が嘘を言っているとでも?」


 まあ、嘘にしか聞こえない。

 作り話にしても、もうちょっとクオリティを求めたいレベルだ。


 このあと【編纂】が「実は始祖竜の加護を受けており、常人には及びもつかない身体能力があり、さらに『不変』という特異性によって不死身だったのです」などと付け加えるもので、俺は完全にこの話を『嘘』と認定した。


 始祖竜【編纂】はその異常な親しみやすさと引き換えに、威厳とか信頼感とかがかなり低い性分をしており、語る言葉がいちいち嘘くさいのだ。

 そこにお伽話要素てんこもりの『勇者』とか出されても信じるわけがなく、この時点で俺はこいつが本当に始祖竜かどうかもちょっと疑いつつあった。


「……まあとにかく、詳しい話は魔王にしてくれよ」


「【編纂】を魔王のところに送り込む気!? 解体はやですけど!? 君、【編纂】がバラバラにされてもいいんですか!?」


「魔王は解体も上手だろうからバラバラにはならんと思うけど」


「そういう問題じゃなくて! ……あの〜、【編纂】はですねぇ、魔王とあまり接触したくない事情がありましてぇ〜……どうにかこう、かくまってもらったりできませんかねぇ〜?」


「……始祖竜ってすごい力持ってるんじゃないの? ほら、『竜の魔術』とか」


「魔王は『人為災厄化』ができるんですよ! あれ、厳密には災厄じゃないっぽいですけど、弱体化は受けるんです! 死にます!」


「でも、うちに連れ帰ってもなあ……村の総意で『魔王に突き出せ』になると思うんだけど」


「この時代の人類は魔王の奴隷しかいないんですか?」


「まあ、なんだかわからないけど、諦めなよ。魔王に協力して『竜の魔術』の解明に尽力すれば、解体はされないかもしれないよ」


「魔王に竜の魔術を渡すとか全然正気の提案じゃないです。……ねぇ、というか、本当にこの世界、マジでギリギリなんですよ。やばいんです。わかります? 今、世界の存亡の鍵を握っているのは、君なんですよ」


「んなこと言われてもな……」


「【静謐】姉様との約束も果たせなくなりますよ。いいんですか!?」


 この時の俺は【静謐】とのことを思い出していないので、『こいつが誰かとの約束を果たせなくなっても、別に知らんがな』というふうに受け取った。


 そんなふうに俺が『さっさと魔王に押し付けたい』という気持ちを前面に出していたから、【編纂】はついにこんなことを提案した。


「……こういうのは、どうでしょう。【編纂】も協力しますから、君が『竜の魔術』を解き明かしてみるというのは」


「……なに?」


「君ががんばって魔王にさえ出せていない成果を出せば、やる気のない幼馴染の彼女も奮起するかもしれませんよ。それに君は、魔王も目を剥く成果を手に入れることができるかもしれない。どうです? 悪い話じゃないでしょう?」


 それは。

 かなり。

 魅力的な。

 提案だった。


 しかし、もしも始祖竜を独占していることが魔王にバレたら?

 いや、成果さえ出したなら、魔王も問答無用でこちらを殺すということはない、か……?

 他の事情ならともかくとして、魔術研究にかんして魔王は寛容だ。いける……いや、どうだろう、いけるか……?


 悩んでいると、【編纂】がすすすっと距離を詰めてきて、いっぱい背伸びをして、それでも足りなくてこっちの肩に手を置いて頭を下げさせて、耳元にささやいてくる。


「始祖竜を好きにできるチャンスなんか、二度とないですよ。ここが命の懸けどころじゃないですか?」


 ……そうだ。

 俺は━━必死でがんばって、研究者になる。


 必死。命懸け。

 こんなチャンスを見送るようなら、二度と自分の人生に胸を張れなくなってしまう━━!


「わかっ、た……魔王には、言わない……匿う……!」


「わぁい!」


「ただし! 村には連れて行けないからな! 連れて行ったら絶対に密告されるから!」


「……魔王への密告ってどうやるんです?」


「たまに巡回の精霊が来るから、それがいるタイミングでささやくんだよ」


「巡回の精霊……?」


「精霊は魔王が一括管理してるだろ? で、たまに世界の様子を見させるために放たれるから……」


「……ああ、それでこのへん、精霊が全然いない……え、っていうか、精霊にささやいただけで魔王まで伝わる? つまり魔王はそこまではっきりと精霊の声を聞けるんですか? ……あぁ〜! 『聞ける』ってデータが上がってる! 【解析】姉様ぁ〜!」


「だから、静かにしろよ。本当に、静かにしてろよ!」


 始祖竜【編纂】は真剣な顔で何度もうなずいた。


 こうして俺は家族に隠して始祖竜を飼うことになった。


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