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第60話 屋根の期限

「……それで、どうしてうちに戻ってくるんだろう……」


 村には連れて行けないので、そのへんの草地に【編纂】を置いていこうとしたところ、


『……え、こんなただの草地に始祖竜オリジンを放置する……?』


 と、非常に不満そうだったため、仕方なく『村にバレなそう』『屋根がある』という条件を満たす場所を探した結果、幼馴染の家しかなかったのだった。


 俺は幼馴染に事情を説明した。

 本来は【編纂】に説明させるべきなんだろうが、【編纂】はどうにも騒がしく、言葉が軽く、しかも『勇者』について懇々こんこんと語ろうとするばかりで話を進めないので、黙らせた方がいいと判断したのだ。


 俺から『竜の魔術の研究に使いたい』『魔王にバレたくないのでかくまう場所がほしい』『野宿が嫌だとうるさいので屋根があるといい』という説明を受け、幼馴染は、


「事情はわか……いや、まあ、話としては理解したよ。納得したとかじゃなくね。……で、これはさっきも言ったけど、うちにはもう、私が寝るベッドぐらいしか生活空間がないんだよ。どこに置けっていうの、これ」


 ここまで始祖竜をぞんざいに扱った時代は他に類を見ない。


「だいたい、うちはアレ・・だけど、大丈夫なの?」


 幼馴染の家には彼女が蒐集しゅうしゅうした様々な生き物の標本があって、それがびっしりと壁と言わず床と言わず机と言わず埋め尽くしている。


 ぶっちゃけ、大量の生き物の死体(標本にしてるので生きてはいない)がそこかしこに並べられている家で寝泊まりするのは、かなり心理的ハードルが高い。

 死者は動かないなどというのはわかりきっているし、ただの小動物や虫などたとえ動いたとしても人間の敵ではない、というのが論理的帰結だ。


 が、怖いものは怖い。


 ……なので幼馴染の家を寝床候補として紹介した時に【編纂】にはそのへんのことを伏せてある。


 ダメかもわからんが、まあ、嫌ならあきらめて野宿するだろう。


「場所について、は……アレ・・をいくらか俺んちであずかったら、確保できない?」


「いいけどさあ。私が村で避けられてる理由の一つだよ、アレ・・。そっちの親は許可するかなあ」


「俺のベッドの下に……隠す……とか……」


「嫌そう。あと、ベッドの下に置かれるのは私が嫌。保存状態が悪そうだから。っていうか、私の家の外は、全域、保存状態が悪いでしょ」


「うーん」


「……しょうがない。まあ、整理するよ。そしたらいくらかの場所が空くと思うし」


「ほんとか!? ありがとう!」


「でも、始祖竜こんなもの、いつまでもあずかっておけないよ。いつになったら放り出していいの?」


 始祖竜の扱いがあまりにも軽い。


 当の竜は俺たちの話を聞いてるんだかいないんだか、黙ってニコニコしているだけだ。

 第一印象で感じた神々しいほどの美しさの衝撃はすっかり薄れ、今ではもう見た目のいい野良犬みたいなポジションになりつつある。


 ……ともあれ、期限を切られるのは予想しておくべきだった。


『竜の魔術』は魔王でさえ再現できていないものだ。

 非才の身の俺では、いったいいつまでかかれば『結果』と呼べるものが出せるのか……


 ……いや!

 ここで弱気になってはいけない。


 非才だとか、魔王にできていないからとか、そういう理由をつけて『自分には無理だ』と言い続けるだけでは、永遠になにも成すことなんかできない。


 今、ここに、すべての力を尽くさないなら、今後の人生でこれ以上のチャンスはない━━そう思うべきだ。


「一年!」


 俺は言った。


「一年んんん……?」


 幼馴染は、青い目を細めて、眉間にシワを寄せた。


「……半年?」


 俺は言った。


「…………半年、ねぇ……」


 幼馴染は長い金髪を掻きながら、ちょっと検討しているようだった。

 ただし感触はまったくよくなかった。悩んだ末に無理だと言われそうな予感がひしひしとする。


「三ヶ月!」


 俺は思い切った。


 幼馴染は首をかしげ、あごに手を当て、


「……まあ、いいでしょう」


 ここに交渉が成立した。


 俺と幼馴染は握手を交わし、始祖竜はこうして屋根を確保した。


「ところで【編纂】は三ヶ月経ったらどこに住めばいいんですか?」


 始祖竜が無邪気に言うが、俺たちは微笑んで彼女を見つめるだけだった。


 その時はまあ、魔王様に相談でしょう。


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