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第69話 現代6

「球状の水槽に、土と草を敷き詰める。


 水をたっぷり注いだら、六つの雫を垂らす。


 垂らした雫は栄養を取り込みふくらんで、いずれ大地となるでしょう。


 我らはそうして『前回』のリソースを使って世界の創世をしてから、まだ人格が維持できるうちに、問題点の洗い出しをしました」



 始祖竜オリジンの世界創世はまったく非現実的な規模の与太話のようなのに、【静謐】であった女性の口から語られると、不思議と具体的にイメージできた。



「まずは【虚無】が世界の初期化理由を述べました。


 それは、六つの時代、五柱の始祖竜が倒れ、六つの災厄が出たから、なのでした。


 末妹である【編纂】はどうにか最後の時代さえ災厄を防げれば世界が存続できると考えていたようですが……


 彼女は人に感情移入をしすぎるので、人の側に立ちすぎた考えをします。


【虚無】は『三柱の始祖竜が倒れた時点で、すでに初期化は決めていた』と述べました。


【編纂】はしょんぼりしました」



 しょんぼり。


 まあ、しょんぼりしている姿が容易に想像できる子ではあるが。


 人とかかわった最後の始祖竜であった【編纂】は、子供みたいな体躯の、黒い竜だった。

 その所作は親しみやすさがあったけれど、引き換えに、威厳とか信憑性とかが著しく薄く、なんていうか、軽かったのは印象深い。


 ただ、一番『人類』のために一生懸命にやってくれた竜ではあると思う。



「続いて【露呈】が【解析】に食ってかかりました。


【解析】が人に『正しい魔術』をもたらし、その結果として魔王が誕生してしまったことが、前回の世界の失敗につながったと述べたのです」



 ……まあ、魔王と一番激しく対立したのが、たしかに【露呈】だもんな。


 あの光を纏った小柄にして豊満な竜は、癒されるような顔や声とは裏腹に、かなり激しい性格をしていたように思う。


 気まぐれな女神、というのか。

『結果だけを与えてみて人の四苦八苦を愛でる』だったか。


 その彼女が超然とした存在から引きずり下ろされる原因が魔王であり、その魔王の師匠の師匠が始祖竜【解析】なのだから、それはまあ、文句も言いたくなるだろう。



「これを受けて【解析】は『まさか、魔王なんてものが生まれるとはね』と他人事のように述べたため……


【露呈】はますます怒り、収拾がつかなくなりました。


 他の姉妹が【露呈】をなだめようとしたのに、【解析】は反省するでもなく、相手にするでもない様子だったので、怒りはなかなか収まりませんでした」



 あの二柱、マジで折り合いが悪そうだもんな……


【解析】は美しい緑の髪を服のようにまとった、どことなく『男役』という顔立ちの、性別を超越した魅力がある竜だった。


 あの飄々ひょうひょうとした雰囲気は、彼女を崇める者からは『超然とした竜らしい態度』に映ったが……

 彼女に反感を持つ者、たとえばのちに『魔王』と呼ばれる彼女などからすると、『不真面目』に見えるらしい。


 自分が真剣に話しているのに、例のにやにやした顔で他人事みたいなことを言われたなら、それはまあ、キレるよな。

 気持ちはものすごくわかる。



「【露呈】の怒りを鎮めたのは【変貌】でした。


 まず、【変貌】は自分が『不変』という加護を人に与えてしまったことを謝り、そうして聖剣と呼ばれるものに自らが変じたことを謝罪しました。


 魔王というものが生まれる遠因が、自らが生み出した『勇者』にあるとし……

 その勇者が【露呈】の遺言を無視して自殺などしたのは、そもそも自分が剣に変じたからだと謝ったのです。


 その切なげな様子にさすがに【露呈】の怒りも収まり、みなで【変貌】の判断をフォローすることになりました。


 たしかにあの時代、あの局面では、ああするしかなかった、と。


 ……【解析】がにやにやしながら黙っているので、それを【露呈】が見つけてまた怒り出さないか不安ではありましたが、ともあれ、怒りは収まって、話ができる状態が戻ってきたのです」



【変貌】はなんていうか、サークルクラッシャー適性が高かったよね……


 優しく平等で、虐げられている者を救い、時に母のように、時に姉のように、あるいは恋する対象のように振る舞った、人と近すぎた竜だ。

 その金髪碧眼はあまりに美しく、花と木の葉を貼り付けただけというような服装の下にある豊満な体には多くの男が、あるいは女も懸想し劣情を抱いた。


 しかも彼女があまりにも『平等』だったために見事サークルは壊れて、大惨事が起こった。



「そのあたりも【変貌】は反省していたようですが……


 いまいち、自分がどういう立場だったのかは、理解していないようでした。


 これに対して【躍動】が退屈そうに、『かかわりすぎたからだ』と意見を述べました。


 どうにも【躍動】は竜と人はもっと接触を避けるべきだと考えており、かかわればかかわるほど面倒ごとばかりが増えると、ため息をついていました。


 しかしそこは難しいところなのです。


 人から強く意識された方が始祖竜は……その、なんて言いますか。


 気持ちがいい、のです。


 より具体的に感情リソースが自分に向けて流れてくるので。


 現代人にわかりそうなふうに言えば……


 生きていくだけなら点滴だけでもまあ、不可能ではないでしょう。

 けれど健やかに生きるには、栄養だけでは足りないのです。

 自分の好みに合わせて作られた食事を食べられた方がいいでしょう?


【変貌】【解析】【露呈】あたりは、そういう意味では、『きちんと料理されたもので栄養をとりたい』というタイプであり……


【躍動】は『命が維持できれば点滴でいい』というタイプなのです」



 あいつマジ……


 もちろん俺と第二災厄【憤怒】とは別人なのだが、それでも同じ魂である以上、どうしたって【躍動】にいい印象は持てない。

 というか、【躍動】のせいでそれ以降の始祖竜への印象まで悪くなってると言っても、言い過ぎではないかもしれない。


 あの燃えるような色合いの髪と瞳を持つ、十二、三歳ぐらいの、少年のような、少女のような見た目をした竜は、マジでものぐさだ。

 現代にいたらエナドリだけで過ごす日が一週間に四日はありそうな感じ。死ぬぞ。ちゃんとメシ食え。


 とにかく【躍動】は『人』に対しての解像度が低いので、かかわりかたが雑すぎた。


 それで災厄が生まれたのだから、【変貌】にツッコミを入れてる場合じゃなく、まずお前が反省しろという感じなのだが……



「……たとえば、ゲームをやって、NPCが思い通り動かないとします。


 そんな時に、『ああ、NPCの希望に沿った動きをできなかったんだ。申し訳ないな』と思う人はどのぐらいいるでしょうか?


 たいていは単純に、無感動に、『失敗』と切り捨てて対策を講じるか……


『このNPCの動き、マジでクソなんだけど!』と、NPCにキレますよね」



 君の口から『クソなんだけど!』っていう言葉が飛び出すの、めっちゃ意外。



「ゲームという、非生物であり、こちらを楽しませるものに対して、人は遠慮をすることはなかなかないという、そういうアレです。


 始祖竜と人との関係は、それに近いものがあります。


 とはいえ、我らは霊長の生み出す感情というエネルギーがないと人格を維持できないので、人がゲームに対するよりは、もう少し配慮する理由がありますが。


 その配慮が行きすぎたのが末妹の【編纂】ですね。


 NPCに本当に申し訳なく思って謝罪するぐらい純真な子なんです」



 やっぱ末っ子は愛されるものなのかな……


 いやまあ、たしかに、人の姉妹で好感度ランキングを作るのもどうかと思うが、そのへんを飲みこんでランク付けをするなら……


 ぶっちぎりで印象がいい始祖竜第一位は【編纂】だよな。



「誰かをお忘れでは?」 



【静謐】は目の前にいるのでランキングには入れないものとします。



「……まあ、いいでしょう。


 そうして、最後に【静謐】は述べました。


 ここまでの失敗はすべて、人の領域が狭かったからだ、と。


 一箇所であれこれが起きすぎた結果、人の感情が高まりすぎ、始祖竜の統治に不満が出て、災厄なんてものが頻発したのだ、と。


 ようするに、感情の向けどころを増やせば、人の矛先は時代や始祖竜には向かないだろう━━と、こう分析したのですね。


 姉妹たちはこれに納得しました」



 発言力強いね、次女。



「……というよりも、我々が顔を突き合わせて相談すればそういう結論になるという演算は、すでに【虚無】によってなされていたのです。


 だから、大陸は六つに分けられていました。


 この始祖竜の話し合いは、各人格の納得のため、というか……


 ぶっちゃけてしまうと趣味なので。


 こうやって考えた結果が【虚無】がすでにしたようになるのは、当然のことなのでした」



 つまり発言力強いのは長女なのか……



「会議したらそういう結論が出るからそうした、という話なので。


『そういう結論』を言う役回りの私が強いのか、それとも結論を先に出しておいた【虚無】が強いのかは、難しいところですね。


 ともあれ、話もまとまったので、各人はまた眠りに就きます。


 世界は発生させましたが、そこに霊長が生まれるまでにはまだ時間があり……


 我らの人格は、霊長の感情というエネルギーによって維持されるのです。


 前回はかなりの量の感情が生まれましたが、それでも、新たな世界で新たな霊長が生まれるまで人格を維持できるほどではありませんでした。


 とりあえず私は会議後に、【虚無】が『……しまった。わたしの居場所がない』と述べるのを聞きつけて、たまたま空いていた北の極点付近に氷を浮かべ、それをうらやましがった【露呈】の居場所たる南の大陸も氷で覆いました」



 待って。


【虚無】って『しまった』とか言う子なの?



「姉は『自分』を勘定から抜きがちなので……


 まあ、あと、姉とはいえ、妹みたいなものですし」



 ぜんぜんわからない。

 どういうことなんだ。



「えーと……


【虚無】はある意味【編纂】よりあとに生まれますが、【静謐】にとっては自分より以前にいるものなのです。


 なのでこう、我々の姉妹関係はループしており……


 ……人間に合わせたたとえはちょっと難しいですね。


 さらにややこしくしてしまうと、【虚無】は双子です」



 どうしてさらにややこしくしようと思ったの?



「どこかのタイミングで言っておきたかったんですけど、言うタイミングがなかったもので……


 そうですね、【虚無】を暫定的に【終焉】と【創世】に分けましょうか。こうするとわかりやすくなる、かな?」



 ……まあ、破壊と再生の両方の顔を持つ神様が、それぞれ別人扱いされてる……みたいなやつなのかな。



「そうだと思います」



 双子だけど一柱として数えるのが【虚無】で、その役割は双子でそれぞれ【終焉】と【創世】。


【終焉】は始祖竜の中では最後に目覚めるので妹として扱われることもあるけど、【創世】は誰より早く目覚めるので姉として扱われており……


 始祖竜たちは基本的に【創世】の方を【虚無】のメインとして扱う。


 これでいい?



「ああ、まさに!」



 ……双子なのにそれぞれが七柱……八人姉妹の長姉と末妹っていうのはまあ、もう『人の常識で語るな』って話にするしかないよな。



「そうですね。我々の関係を『姉妹』と翻訳するのも、実は少しばかりズレがありますし。


 ……ともあれ、世界が始まり、始祖竜は人格を眠らせて、世界が形成されていくのを待ちました。


 ご想像が及ぶかもしれませんが、我々は世界に対して大雑把な干渉しかできません。


 創世最初期に、大陸を六つに分けたように手を加えるとか……


 あとは人格が目覚めたあとに、権能でなにかを封じたり、知識でなにかを促進したり、そういうことをするのが、精一杯です。


 たとえば……魔石、覚えてます?


【躍動】の時代まで使われており、その後消え去ったマテリアルですが。


 あれ、【静謐】の権能で生み出したものなんですよ。


 だから数がなくって、後の世では存在が消えましたよね」



 ……思えば【静謐】は、最初から、人類に力を『貸す』ことはあっても、『与える』ことはしなかった。


 別に【解析】以外に『正しい魔術』をもたらせる始祖竜がいないわけでもなかろうに、【静謐】はあくまでも『魔石』という『いずれなくなるもの』をばらまくだけで済ませたのだ。


 加護だってそうだ。

 災厄に挑む四人にあずけた加護という力は、役目を終えたあとすぐさま回収している。


 もしかしたら、【静謐】は、人を信じていなかった━━


 それどころか、人を危険視していたのではなかろうか?



「……さて、世界が巡り、新たな静謐の時代が……


 いえ、六つの大陸をそれぞれ始祖竜が同時期に担当するのだから、そこは『時代』ではなく『地域』と呼ぶべきでしょうか。


『静謐の地域』がその運営を本格的に開始します。


 あなたのことは覚えていても、それはあくまで情報、誰かの過ごした物語としてしか認識していない私は、あなたを特別扱いする理由もありません。


 ただリソースを求めて人類と自然とのバランスをとり、人を生かさず殺さず適切に運営していくだけ……


 だからこそ、あなたは、過去の私が遺した『呪い』だったのです。


 すべてをめちゃくちゃにする呪い。


 ついに始祖竜すべてに音を上げさせることになる『想い』━━


 感情を食べる私たちをしてさえ食べられない毒こそ、あなたなのでした」


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