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第70話 【静謐】

 呪いだの毒だのずいぶんとひどい言われようの俺ではあったが、なんてことはなく、今回もまた記憶を引き継がずに生を受けた。


 というより、世界が一度リセットされているので、俺の魂にかけられた『記憶を維持して転生を続ける』という祝福のろいもまた、なかったことにされたのではないか? と思うぐらいなのだが……


 ……目の前でニヤける元【静謐】……『現在静謐』の反応を見るに、どうにも俺の予想は外れているような気がする。


 だんだんと記憶がよみがえってくる。


 俺が生まれた二周目の世界(実際はもっといっぱい繰り返しているが、俺の思い出せる範囲だと二周目ということだ)において、俺は探検家のようなものだった。


 というか、まあ、放浪者、というのか。


 はみ出し者の、流れ者である。


 この時点での人類はすでに集落を形成する社会性があって、俺はそこから蹴り出されたということ、なのだった。


 ……同一性。


 人間という種が発生してからたどるルートについては、ある程度の同一性があるらしい。


 その同一性については始祖竜オリジンでさえもコントロールできず、乱数任せみたいな感じのようだが、ともあれ、今後も『最初から精霊を受け入れている人間』はいないとのことだった。


 同一性。


 世界のリセット前と、リセット後。


 俺はこの両方に存在し、こうして現代に記憶を残しているわけだが、しかし、だからといって、俺の『リセット前』に経験したことが、『リセット後』にまで影響を及ぼすことはないだろう。


 だってそうだろう?

 俺たちは、俺の経験したことを順繰り思い返しているだけだ。

 すべてが先につながる伏線であるはずもなく、すべての記憶で自分が世界の勃興にかかわるはずもない。


 前回にたまたま縁を結んだ初代・次代の勇者とか、魔王とかは、まあ、前の周回の登場人物であり、新しい周回の世界においては無関係っていうか、存在さえしないものと、俺はなんとなく思っていたわけである。


 けれど、『現在静謐』は言う。


「あれらは、必要な情報だったのです。語っておかねばならない、あなたにとって、大事な……幾度世界が繰り返されようが解けることのない、のろいだったのですよ」


 あれを知らないと、この先にはわからないことがあるらしい。


 ならばそれを信じて記憶をたどっていくのだが……


 どうにも二周目の世界、『静謐の時代』を生きる俺は……


 いきなり、死にかけていたのだった。



 そもそも保存食技術も満足に発達していないような時代、旅人とはようするに『社会から排斥された者』であり、『社会にとって死んでもいい者』であり、追放とは『ゆるやかな死刑』だった。


 なぜ直接的に死刑にしないかと言えば、死をケガレとして扱う文化があり、なおかつ俺が追放に抵抗しなかったからだ。


 というか、俺は、『世界』というものを意識していた。


 集落むらの狭さがどうにも窮屈で、そこでたった一つしかない評価軸に自分を当てはめることにものすごい抵抗があった。


 集落の外には、今感じているモヤモヤを解消できる知見があって、それはここから出ないと得られないものだという確信があった。


 しかし集落を勝手に出ることは許されない。


 死をケガレとし、特に人殺しを禁忌とする集落ではあったが、そこは法もない原始集落だ。

『村を出る』などといういかにも後進に影響を与えそうな不穏分子を許しておくはずもなく、自らの意思で集落から抜けることは『即、死刑』に値する大罪だった。


 もちろん俺には総力をあげてこちらを殺しに来る『集落』と戦って生き残るほどの力はない。


 そういうわけで、穏便に、生存したまま集落を出るには、向こう側から追放してもらうのが一番だった。


 そして追放されて五日ぐらいで行き詰まった。


 この当時の俺はまだ十歳程度であり、狩りには参加していたがそれはあくまで見習いとしてであり、食べられる植物と食べられない植物があるなんて意識さえせず草なら全部食えると思っていた。


 水はまあ、濾過だの煮沸だのという発想は村にもなかったが、この時代はそもそも『寄生虫やら細菌やらが体をぶっ壊しに来ても、肉体の頑健さでそれらに勝った個体しか生きられない時代』である。


 農耕が始まるのもまだ先であり、俺の知恵といえば、『追放させてやったぜ。ざまーみろ!』程度の、子供の浅知恵ぐらいしかなかった。


「死にたくねぇよぉ……」


 水で腹を下した十歳の俺は、岩陰に隠れてそんなふうに嘆くしかできなかった。


 夜、なのだった。


 この時代の夜は真の暗闇で、それから、獣と虫の領域だ。


 人々が集まって暮らすのは狩りや生活の効率化とかのプラスの理由ばかりではなく……

 なにも見えず、けれど不気味な気配だけが絶えずあり続ける『夜』という人外の領域に対し、背中を合わせて震えながら備える仲間を求めてのことでもあった。

 仲間がいないととても過ごせないほど、この時代の夜は、すさまじいものだったんだ。


 初日の夜でとうに恐怖心が限界だった俺はまともな睡眠をとれておらず、十歳の元気でどうにかこうにかやってきたが……

 食事さえろくにできていない上に水にあたって・・・・しまったせいで、もう、ここらで『死』が隣にいるような、そんな絶望感を抱いていた。


 そんな夜に、不意に差した光が鮮烈でないわけがない。


「あなた、面白いものを持っていますね」


 そう述べながら現れたのは、真夜中にほんのりと青く輝く、美しい女性……


 いや。


 始祖竜【静謐】だった。


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