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第77話 『二人組』

「……『魂の配置』は毎回ランダムのはずで、そこには始祖竜われらさえも介入できないはずですが」


 次の周回の俺はもちろん前世までの記憶を失っていて、幼いころに出会った美しすぎる存在の言葉を理解できなかった。


 そうして始祖竜オリジン【静謐】と俺とは出会った。


 時期的にはちょうど、火山の噴火があったころだ。


 人が満ちて技術を進めたことによる、自然からの反発……

『間引き』のためのあえての噴火ではなく、抑え込みきれなくなった自然の反発の噴出、なのだろう。


 ともあれ灰が空中を満たし地上に降り注ぐ中で出会ったその竜は、灰の雨の中だというのに瑞々しさをたもったままだった。

 すべてに容赦なく降り注ぐ灰さえも、その存在には近寄れないような、一目見てすぐにわかる『特別さ』。

 まだまだ幼くて、情緒だって発達の途上にあった俺さえもが心を奪われる、本能に訴えかけるような美しさがあったのだった。


「……まあ、今は、ヒトの保護が方針なので、あなたを助けますが。私が『あなただから助けた』などという勘違いはせぬように。そもそも、前周回の始祖竜と今の始祖竜は、記憶を引き継いではいるけれど、根本的には別人なのですから、思い出も情も『前の始祖竜』の残した記録でしかないのです。……言ってもしかたないことですけど」


 マジで『言ってもしかたないこと』なので、俺はどうにも応じることができずに、ぼんやりと、時々せきこみながらその話を聞いていた。


 こうして俺はこの周回でもまた始祖竜【静謐】と出会って、彼女とともに過ごすことになる。


 時代は……『大魔術時代』とでも言えばいいのか。


 人が魔術を自力で手にし、その力を背景に自然を切り崩していた、そんな時代のことだった。



【静謐】のもとで成長したのは俺だけではなかった。


『大地の怒り』と呼ばれることになった同時多発・大規模噴火があり、それが空と大地を灰で閉ざしてしまっていた時代だ。

 その中で幼くして灰の中に取り残された子供たちが大勢おり、【静謐】は自分の大陸にいる子供たちを可能な限りで保護して回っていた。


 そうやって集められた【静謐】の子供たちは、始祖竜が権能によって用意した『汚れていない水と空気』の中で成長していき、気づけば【静謐】に仕える少年少女へと成長していたのだ。


「……今回は【編纂】ですか」


 どういう意味のつぶやきかといえば、それは、『大地の怒り』につながった『魔術の発展』と『自然の切り崩し』が、誰の担当大陸で起こったかの話なのだった。


 もちろん始祖竜たちは『魔術をもたらす』ということはしなかった。


 だが、自分たちのエネルギー源である精霊……の発生源である『人の感情』を消し去ってしまうわけにもいかない。

 すると人の中には精霊に気付き、それを刺激することで不自然・・・を起こせることを発見する人も出てくる。


 今回そういった者が発生したのが始祖竜【編纂】の担当大陸であり……


【編纂】は、そいつが魔術を広めていくのを、一切止めなかった。


 自然と人とのバランサーである始祖竜だというのに、『人の努力の成果を奪いたくない』という理由で、どこまでも人を甘やかして……

 結果として、大自然に溜め込まれた『人への反発』は、全世界規模にまで発展したのだった。


「……【解析】が『ほらな?』みたいな顔を共有してくるのめちゃくちゃウザいんですけど……! 同じ時代を生きてみると、いつも【解析】の直後の時代を任されてた【露呈】の気持ちがわかるっていうか!」


 俺たちは珍しく荒れてる【静謐】を横目に、食事の手を止めていた。


 我らの優しくも厳しい『母』がこんなふうに感情をあらわにすることは非常に珍しく、全員が戸惑い、恐れ、動けなかったのだ。


 そんな我らの反応をようやく認識した【静謐】は咳払いをして、いつもの『凪いだ湖面のような表情』を取り繕い、食事を続けるように述べた。


 俺たちは言われたので従ったが、なにか竜レベルでの大問題が起こっていて、しかもそれは今なお継続中なのをなんとなく察してしまい、気が気でなく、その日の食事は味がわからなかった。


 その翌日、また【静謐】が声を大きくするようなことがあったらしい。


「【解析】! また記憶の共有を切ったな!」


 ……竜同士は基本的に記憶を共有し続ける不文律があるようで、よほどのことがない限り、この共有を切ることはありえない。

 そもそも『共有を切る』というののやり方がわからないらしい。


 ところが【解析】だけはよく共有を切るので、切ったあとの記憶は始祖竜共有データベースにもなく、世界初期化後の【解析】自身にも引き継がれない。


 なので切られた記憶は永遠に失われるのだ。

 それを【解析】はよくやる。


 ……という前科があるゆえの勘違い・・・なのだった。


「……んん? 【変貌】まで記憶の共有を切った? あの子がルールに反することをするだなんて、ありえます? ……ああ!? 【編纂】まで!? ち、違う、これ……殺されてる・・・・・!?」


 ……我らは野良仕事の休憩中であり、騒いだり立ち上がったり頭を抱えたりする【静謐】に怯え、なんだか意外な一面を見せる彼女をちょっとかわいく感じたりしていた。


【静謐】は傍目にはたった一人で宙を見ながら踊っているかのようにしつつ、


「災厄発生の波動アラートはなかったはず……! ない。ない! じゃあ、なにが始祖竜を殺し……えっ、もしかして、アレ・・!? いえでも、そんな、初期化後も残るなんてどんなバグだ!」


 いつの間にか『静謐の子ら』は全員が常ならぬ様子の【静謐】を観察するために集まっていた。


 それは美しく無謬むびゅうなる我らが母が、表情をころころ変え、オーバーに動作し、声を荒らげる様子がもの珍しいので、鑑賞しておこうという趣味の集いであった。


 我らが呑気にながめていると、【静謐】は唐突にその動きの一切を止めて、


「……あなたたち、逃げなさい」


 俺たちは首をかしげた。


【静謐】は深刻な顔をして、


「ありえない速度で私のもとまで迫っている者がいます。そいつは……そいつらは、私をも殺すつもりです。あなたたちは巻き込まれる前に立ち去りなさい」


 俺たちは言葉の意味を理解するまで数秒必要としたが、その後、立ち去ろうとする者は誰もいなかった。


 恩ある【静謐】がその命を脅かされようとしているなら、それを守るのが自分たちの果たすべきことだと心から信じていたからだ。


 けれど、


「あなたたちでは壁にもなりません。いいから、早く行きなさい! それにきっと、あいつらの狙いは竜のみ……あの剣・・・は、人を相手には過剰な斬れ味を持つだけのただの剣━━」


 言葉の途中で、なにかが俺たちの居場所に飛び込んできた。


 そいつは黄金のきらめきを持つ剣を振るって、始祖竜【静謐】を斬り裂いた。


 あとから入ってきた女が暴風を発生させて俺たちを吹き飛ばしたせいで、俺たちは【静謐】が斬られたあと、復讐さえもできない。


 この時、大恩ある始祖竜を斬られた怒りは誰にもあって、中にはその感情が閾値・・を超えた者もいたはずだが……


 災厄となる者はいなかった。


 災厄とは、始祖竜に対する感情でないと成れないもの、らしい。


 第四災厄の【守護】と第五災厄の【執着】は……まあ、同一人物だが……始祖竜に対する感情とは、なかなか言い難い気がするの、だけれど。


 などと反論めいたことをしたら、目の前の現在静謐からは一言だけ「鈍感」というお言葉をいただいた。


 どうにも俺にはわからない感情的なロジックがそこにはあったらしい。


 ……ともあれ、始祖竜を倒した金髪と赤毛の二人組は、動けない俺たちを前に、こんな会話をした。


「残る竜は?」


「あたしの世界を勝手に所有した気でいるふざけた連中は、残り三柱だ。なにせ、全部で七柱らしい」


「……いや、君の世界ではないと思うよ」


「始祖竜を全部殺し終わったら、お前を殺してやる」


 仲良しなのか険悪なのかわからない。


 二人はそんなふうに言い合いながら、本当に俺たち人間にはまったく手を出さずに去って行った。


 ……その後のことだ。


 俺たちは母たる【静謐】を殺した二人を探し、これに復讐すべく活動をしたのだが、その目的は達成されなかった。


 のちに【静謐】が共有された記憶を紐解けば……


 その二人組は次に【躍動】を狙ったのだが、これがいる大陸にたどり着くために、人の寿命の半分ほどを費やしてしまったらしかった。


 というのも、この周回では『人類』がさほど発展しなかったのだ。


 大地と空が灰に閉ざされた世界はそもそも生存率が低く、人の寿命も短かった。


 さらに『大地の怒り』で文明が一度リセットされたあとに出た優れた魔術師……便宜的に魔術王と呼ぶ……のそいつは、魔術という技術をそこまで熱心には伝導しなかった。

 ごくごく限られた才覚ある者のみに教えるにとどまったのだ。


 その結果として『無双の者』と呼べる個人は複数人いたが……

 技術として広く普及しなかったせいで、これを活かしたもの……たとえば造船などが発達しなかった。


 結果として、どの大地からも遠い位置にあった【躍動】の住まう大陸については、そもそも発見段階から困難を極め、さらにそこにたどり着くまでに時間がかかったのだ。


【露呈】の居場所については発見さえされないまま、『魔術王』と『剣士』は寿命というどうしようもない力によって死に絶えた。


 かくして災厄の発生こそなかったが、始祖竜は【露呈】と【虚無】を残して死に絶え……


 この世界もまた、『ない』とされることになった。


 また新しい世界が始まる。


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