「せめぇ…」
周りは新興住宅街が立ち並び取り残されたように山と呼ぶほどでもない小さな丘の上の工場から愚痴をこぼしながら定年超えのドライバーがポールトレーラーを転がし降りてくる
誰にも迷惑がかからないようにと丘の上に建てられた工場は今では取り囲む近隣住民の目の敵だ
早朝の資材搬入時間に合わせ夜中に唸りを上げる450馬力のトラクタヘッド
住宅街を20tの資材を積んで降りてくるトレーラー
キャパに合わない製造量で夜中まで稼働する工場
遭うたびに近隣住民に睨まれるが現場の搬入時間は決まってるし、どデカいトレーラーがずっと現場前で待っていれば今度は現場周辺住民から苦情だ
口に出せない苛立ちを抱えたままドライバーは今日も現場へと向かう
「今どきFAX…」
事務所の呉井は何度つぶやいたかわからない愚痴をこぼす、取引先とのやり取りのことだ
PCで作った依頼書をプリントアウトしてFAXで送ってくる、それをこちらは受け取って配送担当の車両を手書きで送り返しオーケーかどうかお伺いを立てる…それ直接ネット上でやり取りしません?没になった紙束を見ていつも思い、実際年に何度か口論になる
こうしてみては?とアイデアを出せばご機嫌斜めになるのも解っているがこっちも無駄な手間は省きたいのだ
挙げ句相手は本社で工場に居る訳ではないので勝手を知らない、工場長にクレームを入れても
まあまあ
と言われておしまいだ下請けはつらいよ…
呉井はこの運送会社に努めてもうすぐ10年、震災で職を失ったところを拾ってもらった事もあって会社には恩義を感じているがもうすぐ30このままでいいのだろうかと限界も感じていた
工場隣の運送会社事務所に住み込みで24時間対応…近隣住民からの苦情を含めてだ、気がつけば仕事が終わると行きつけの居酒屋に入り浸り家(事務所)に帰りたくなくなっていた
「いらっしゃい!」
大将の声に癒される…と思ったのだが今日は工場長までいる仕事の後に見たくない顔NO.1だ
向こうも同じ様な顔をしているが悟った大将が席を離して通してくれた、出来た人だ
わかっちゃいるんだ妹よ~♪、妹は居ないがな
お互い本社は東京で現場を知らない人間が上に居て、制約の中で出来ることをしている、でも顔をつき合わせりゃ向こうは工場の従業員、こっちはドライバーの生活が掛かってるから引けないのだ
「大将、生と上シロ」
「はいよ」
炭火でじっくり焼くやきとん、そのなかでも上シロがお気に入りだ熟成されたタレがたまらない
とりあえず生をかっこんで上シロを待つ
人手が足りない時にちょっと手伝ったことがあるから知っているが大将の串焼き台の炭火は均一じゃない炭を調整して火力の大中小、多分大将的にはもっと細かく焼き加減を調整できるようにしてあるんだろうそのこだわりが旨さの秘訣の一旦なのは確かだ
「呉井君」
上シロの味わいを想像していると声がかかった
「何でしょう?」
あまり話したくないんだが
「明日から場内で工事が始まるだろう」
「ええ…」
拡張工事と銘打っているが広げられる土地など無い事実上の縮小だ、とはいっても肝いりなのは確かでで新型のプラントを入れるから効率は上がる、どんなプラントなのかは門外漢だから知らないが
「近隣からのトラブルは避けたいんだ」
そらきた、うちは運送会社で警備会社じゃねぇ
「これが済めば静音性も上がって君の所も悩みが減ることだし」
いえそれはそちらの問題でそもそもキャパに合わない仕事量を減らして欲しいんだが、そうすればこっちも
「何時までやってんだ!」
等々言われなくて済むんですよ…でも気持ちはわかる、もう重機も入っているしギャーギャー喚いたところで何も変わらないのだから協力的に行こう
明日の配送は何件だったか?工場長の言いたいことは俺に事務所から出て場内を管理をしろという事だろう。明日の午前の配送とその翌日の配車の手配が終われば事務所での仕事が終わる、その後は外で手伝える
「午後一からなら動けると思いますよ」
工場長は渋い顔をしているが、配車を出来るのは自分だけなのだからそれは譲れない
「上シロお待ち」
大将の店はここに開業して八年目、その間だけでも継ぎ足し継ぎ足しで熟成されたタレなのだがその前にやってた店でも三年、計十年以上の秘伝のタレだ
前の店自体震災で移転を余儀なくされただけで元々から繁盛店、『何が遭ってもこれさえ有れば!』を地で行っている
肉の目利きも選びに選び契約した問屋から卸している上シロ、炭火で絶妙な焼き加減の上シロを包むように艷やかに光る濃厚な茶黒色のタレ
工場長をよそ目に上シロにかぶりつく
う~ん美味!!このために生きていると言っても過言じゃない旨さなのだ
「大将、あともつ煮込みと生もう一杯、あ~それとネギ塩レバー」
明日も忙しくなるなという確信を頭の隅に追いやり呉井はつかの間の癒しを堪能するのだった
もっともその明日から別の意味で忙しくなるのだが…
=======
「クリシュナさまここを抜ければドワーフの里です、もうひと踏ん張りです」
霧に包まれた森を黒いフードを被って森に溶け込むように進む一団
「ええ…そうね」
「どうなさいました?…まさかまだあの者たちの仕業だと信じられぬのでございますか」
「…私にはどうしても信じられぬのです」
「しかし、現状はこの有り様です。クリシュナ様の父君も母君も亡くなられ里も焼かれ残ったのは我々だけです。あの様な闇討ちを出来るのはあの者たちだけでは有りませんか!」
語気を強める女性とうなだれるクリシュナ、険悪なムードを割って入るもの一人
「クリシュナ様、メーベ様追手が来ます、口論なら逃げ延びてからにしてください」
エルフの里を出た時には50人ほどいた一団も散り散りとなり今は13名まで減っていた、身を呈して逃してくれた仲間のためにも諦めるわけには行かない
「クリシュナ様、メーベ様、どうかご無事で」
ここに来るまでに何度聞いたか解らぬ言葉、無駄にはせぬという覚悟とまたなのかという悲しみにクリシュナの心は揺れる
更に数の減った仲間を伴い歩くと森を抜けた、抜けたのがだ様子がおかしい
「なんですかこれは…」
森の先には黒々とした地面、中央には白い線、森の中で充満していた霧も薄らいでしまっている、これでは身を隠せない森に戻りたくても森からは追手の気配
「致し方有りません、姫様今生の別れでございます、此処から先はお一人でお行きください」
覚悟を決めたメーベ達が弓を森に向かって構える、しかし黒い道の奥からも奇っ怪な音が近づいてくる
「ここまで…ですか…」
バキバキと音を立て森から追手が顔を出す。我々の武器では刃が通らない魔物、見た目は従来の魔物と変わらないがその眼は紅く光り一回りも二回りも大きな体に今までのセオリーが通じない魔物たち
熊型の魔物と狼型の魔物、本来この種は敵同士徒党を組むことないのに…
耳をつんざく金属の擦れるような音が背中から聞こえたかと思えば
「伏せて!」
反射的にしゃがめば、ブンッ!という音と共に何かが空気を切り裂いた、一瞬の間を置いてドサリと熊型の巨体が崩れ落ちる
うそ…
ターゲットが私達から後方の誰かに移り、唸りを上げて狼型の魔物たちが飛びかかる
トスッ トスッ
と軽い音の後に断末魔を上げて次々と倒れる魔物たち
先程までが嘘のように一瞬で静寂に包まれる
「大丈夫ですか?」
声を掛けてきた低い声の人物はパカッと不思議なお面を上げこちらを見たのだった