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10:工場長静かに壊れる

「う~」

メーベが相当に落ち込んでいる、ノウミさんにしこたま怒られて帰ってきたのだ


原因は今日の見張り台での魔物退治、射撃場での成績でも太鼓判を押されここ数日もきっちり魔物を仕留めていたのだけれど…


今日は散々怒られたのだと、いつも飄々として怒るイメージのないノウミさんが怒るというのだから相当なことだ、何が悪かったのかと聞けば撃ち方や姿勢といった銃の取扱方が殆ど


一人で三頭の魔物を仕留めたメーベは結果を出しているのにとノウミさんに楯突いたあと


「君は姫様が目の前にいても同じ様に弓を構えるのか」


銃口はズレていたが功を焦ったメーベは周りを確認せずに弾を込めた、それを咎められてしまったというわけだ


彼女は弾のでないデコガンという物を使ってノウミさんに指摘されたことを修正するべく繰り返し正しい射撃の癖をつける練習中


刺激を受けた他の娘達もそれぞれ練習に励み始めた


斯くいう私もクレイさんと工場長さんに怒られてしまった、現在両手は火傷により包帯に巻かれていてまともに生活できていない


コンクリートが固まる時にあんなに熱くなるとは思わなかったのだ、魔法陣を描く時は棒を使って書けばよいが、問題は魔力を込める時に直接触らなければならない、コンクリートはセメントの一種で含まれる砂や砂利といった骨材を混ぜることでコンクリートなのだと知った


セメントやコンクリートはそれに水を加えることで硬化する。その時の起る化学反応水和反応で強いものでは100℃近くまで温度が上昇する功を焦った私はそこに手を置きジュッとしてしまったわけだ


私がこんなざまなので日中は仔たぬきたちの世話にリサちゃんと工場長さんが訪れる回数が増え、リサちゃんの方はかまってあげているだけだが、工場長さんは仔たぬきたちの体調や成長具合をしっかりと観察してくれている、顔は糸目でムスッとしたままでもその手つきはとても優しい


そんな日が何日か続いた…


「ぷぁ~ぱぁ」

工場長さんの眼の前に居るのは仔たぬきではなくすっぽんぽんの小さな子供、だが頭から耳が生えている

ぐりぐりと笑顔で工場長さんの膝に顔を押し当てている、一体何が…


「ぱぁ~ぱぁ」

工場長さんの糸目はこれでもかと見開かれ固まっている、わたしも固まっている


工場長さんはゆっくりと座ってあぐらをかくと一人の子を腕に抱き揺らす、顔を見れば泣いていた

「よ~しよし」

きゃっきゃと笑う子供


嗚咽を漏らしながらも顔は笑っていた工場長さん、工場長さんは妻子持ちだったがこの転移で離れ離れになったと聞いている、思うところがあるのだろう、それにしても『ぱぁ~ぱぁ』とは…


「あのね大好きな男の人はお父さんでパパ、大好きな女の人はお母さんでママっていうのわかった?」

リサちゃんが仔たぬき達に言っていた言葉だった


「工場長来てますよね?」

レシーバーから確信を持ったユカリさんの声

私の火傷が治っても工場長の突撃育児は収まらなくなり、今までは事務所に籠もることの多かった工場長さんが場内を歩き回っては危険な場所の指摘や改善が増えた神経質なまでに…そろそろ業務に支障が出かねない所まで来ているとはクレイさんの談


月曜日、族長や各部門のトップが集まる会議で様々な問題について話し合われる


今回の議題のメインはこの世界における種族について

知っている限りの種族について特徴を話す

私達エルフにドワーフ、ダークエルフ族、竜族、水竜族、トレント族、オーク族、ゴブリン族、賢狼族そして魔物と魔族、私達エルフにしてもドワーフにしても移動を好む種族ではないためこのくらいしか知らない、この中でも先に上げた竜族、水竜族、トレント族に関してはコミュニケーションが出来る可能性が高いことそして、ダークエルフ、ゴブリン族、魔物、魔族に関しては特に注意が必要であることを伝える


「我々以外の人族を見たことは有りませんか?」


という問いにも無いと答えた


私達が知らないだけでこの他にも未知なる種族がいる可能性を進言して話し合いは小休止となった、ドワーフや私達エルフの態度で薄々は感じていただろうが人族に会ったことがないという発言は彼らにとってショックだったと思われる

クレイさんも顎に手をやり無言だった


この世界に人は自分たちしかいないという事がどれほどのショックなのかはこの世界で育った私達には本当の意味で理解は出来ないのかもしれない、しかし里を追われ帰るべき場所を失った私達には少しはその気持が解る気がしたが口には出さない


ドワーフもエルフも、里を離れた者がいて何処かで別の里を作っている可能性があるからだ


小休止が終わり話し合いが再開される、今まで要点だけに指摘を入れていた工場長さんが口を開く


「他に人族が確認されておらず、商いが出来そうな種族についても解りました。現状を鑑みて内需と防衛に力を入れる今までの路線を継続で良いかと、そこで私からの提案なのですが、魔法陣によりコンクリート製品にも従来とは違った製品の開発・研究が出来ると感じています。此処は一つ社会貢献の一端として遊具を作ってみてはと思うのですがいかがでしょうか」


ざわめく会議室、工場長さんの隣を見れば驚愕の表情の品管主任、クレイさんは頭を抱えている

「まずはすべり台はどうでしょう?滑る、止める、軽くする、魔法陣でそういった技術を新たに、何をする!離しなさい!」

品管主任とクレイさんが工場長さんの脇を抱えて会議室を出ていった、というか連行されていった


しばらくして戻ってきた工場長さんは咳払いをして席に戻る両隣は品管主任さんとクレイさんがガッチリキープ、その後も隙あらば暴走しようとする工場長さんを二人が諌め中々話し合いは進まず


「まあ、そういった物が有ってもよかろうて」

というドワーフの族長の言葉で工場長肝いりの遊具開発が決まり、私は滑る魔法陣コンクリートの開発・研究を任されることになったのだった

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