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第3話 リアクション・ギア

「これが、【クイック・アトラクト】か……」


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 ギア名:クイック・アトラクト

《R》

 GP:1   最大E:2   最大 CT:3

 ギア種類:バフ

 効果分類:単体指定

 系統分類:無

 効果:射程2マス以内の単体指定。その対象を、自分の所まで引き寄せる。

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「汎用ギアの一つで、相手を引き寄せる効果……これがさっきカグヤが言っていた効果か」

「そうよ。しかも敵に対してだけじゃなくて、味方に対しても使えるから回避にも便利なギアよ。とても使い勝手良いギアね」


 ハクト達はガチャを回した後、スタッフさんにオススメされてフリースペースに連れてこられていた。

 ここではソロトーナメント大会の会場にあった、練習用の個室と同等の施設があり、自由にギアを使える場所だった。

 ここで買ったギアを試したり、一時的にお店の商品をレンタルして試し撃ちも出来るようになっているらしい。


 ちなみにスペースの端にはギアをセット出来る特殊な端末が置かれており、そこでギアを取り付ければ、ブーツを準備していなくてもギアの効果を確認出来るようになっていた。

 ハクトはその端末を利用して先程手に入れたばかりの新ギアの効果を確認している所だった。


 ちなみにアリスとキテツは、まだ来ていない。

 ガチャが外れたショックとハズレ券の交換の為、候補をショップの棚の中から選択中との事。


「ほら、ハクト君これ見て。ここに動画再生のボタンがあるの。これをタッチして見れば、使用例としてイメージ動画が表示されるわ。これを見れば、初見のギアでもだいたい使い方は掴めると思う」

「どれどれ……」


 ハクトはカグヤに言われるがまま、画面をタッチして操作して行く。

 すると動画再生が始まり、ブーツを履いたマネキンのような人物が、もう一人の離れたところのマネキンに対して、小さな光の球を発射している所が見えた。


 光の球が通った箇所に残光のような軌跡が残り、相手に当たって光の球が拡散すると、直後に当たった側のマネキンが軌跡を遡るように引っ張られて、ブーツを履いたマネキンの近くに落ちて来ていた。


「へー。このギアも光の球を発射してから、効果が発生するんだね。イメージとしては【ファイアボール】に近い軌道だね?」

「そうよー。大半の射程のあるギアは、今回みたいに光の球を発射してから、着弾して固有の効果を発揮するタイプが多いから。例外もあるけどね」


 これが【ファイアボール】が基礎的なギアと言われる所以。

 あれの操作に慣れれば、大半の射程ギアの操作をマスターしたようなものよ、とカグヤは続けた。


「【インパクト】とはある意味対照的ギアだね……【インパクト】が相手を吹き飛ばすなら、【クイック・アトラクト】は相手を引き寄せるギアか」

「結構ハクト君には丁度良いんじゃないかしら? 相手を引き寄せてから、ハクト君の“ラビット・シリーズ”を当てるっていうコンボも出来るんじゃない?」

「そうだね。……けど、Eが2って少なくない? これ要は2回しか撃てないって事でしょ? 【インパクト】の10発に対して少なすぎるし、これが20〜30万円するって、ちょっとボッタクリ過ぎじゃない?」


 ハクトはギアの効果を確認して、そう素直な感想を漏らした。

 ある意味【インパクト】と対照的なギアの印象の割には、Eが明らかに少なすぎる。

 カグヤの【ヒートライン】と同じEだが、あれの効果と同等と言われたら、疑問に思う価値だった。


 こんなのが汎用ギアとして大人気なのか、と。


「うーん、これ“リアクション”ギアだから、そこら辺は仕方ないと思うのよねー」

「また新しい単語だ。リアクション? ……そういえば、この表示の中で初めてみる《R》って項目があるけど、これ何? もしかしてこれのこと?」


 ハクトはギア情報が表示されている画面の、名前の下の位置に表示されている《R》に対して、指を指しながらそうカグヤに質問する。

 今まで見て来たギア情報の中で、このような表示は一回も見た事が無かった。

 間違いなく今回が初見の筈だ。


「そう、それ。そのマークがあると、そのギアは“リアクション”って分類になるの」

「リアクション……この間言ってた、5種類のギアや、系統分類とは違うの?」

「ええ、違うわ。……というか、どっちかって言うとギアに“補正”があるかどうかね」

「補正?」

「……うーん、これ口で言うより、実際体験して貰った方が早いかも。ハクト君、ブーツ持って来てるわよね?」

「一応、持って来てるけど。カグヤに言われた通り、明日大会なら今日しか練習する機会無いから」

「OK。じゃあ早速準備して、そのギア付けてくれないかしら?」


 ……あ、一応それ単体だけにしてね。ハクト君の【バランサー】は無しで、差が分かりにくいと思うから。

 そう言ってカグヤは、フリースペースの隅に必要なものがあると言って一瞬離れて行く。


 その間にハクトはブーツの準備をし終えると、丁度カグヤがサンドバックのようなものを持って戻って来ていた。


「よいしょっと……ふう、重たかったあ。じゃあハクト君、早速この試し撃ち用のターゲットに対して、さっきのギアを撃ってみて!」

「確か、【ファイアボール】みたいに光の球を出すようにすれば良いんだよね?」

「そう! あとは、人を引き寄せるイメージもしっかりあると完璧よ!」

「そっか。人を引き寄せるイメージ……」


 カグヤのその言葉に、イメージを固めるハクト。

 もしいきなり言われていたら、どうイメージすれば分からないような言葉だ。

 しかし先程イメージ動画を見たおかげで、頭の中で想像は固まりやすい。


 想像するイメージは、ゴム、ワイヤー、……いや、どちらかというともっと直接的に、サイコキネシスで引っ張ってくるようなものか? 

 そのようにハクトは脳内イメージを固めて、準備を終える。


「……よし! 行くよ、バフ! 【クイック・アトラクト】!!」


 バシュウッ! 


 ハクトがギアを宣言すると共に、蹴り上げた靴裏から光の球が飛び出して行く。

 イメージ動画通り残光の軌跡を作りながら、サンドバックにヒットする。

 その後、サンドバックがフワッと一瞬浮かび、直後物凄い勢いで引っ張られるようにハクトに向かって飛んでくる!! 


「あっぶな!?」


 それを見たハクトは嫌な予感がして、その場から横ステップで少し離れる。

 その直後に、勢いが付きすぎてハクトのいた場所にドスンっ!! とサンドバックが落ちて来た。

 あのままだったらサンドバックの下敷きになっていた事だろう。


「ハクト君大丈夫! ……それはそれとして、完璧よ! ギアの使い方はそれであってるわ!」

「ああ、ありがとう! にしても、これが【クイック・アトラクト】なんだ……【インパクト】の反動利用とは違って、まさしくブーツの機能を使った“魔法”みたいな動きだったな」


 衝撃波の爆発で移動する【インパクト】は、ある意味物理法則に則っているから動きのイメージはしやすい。

 しかし、この【クイック・アトラクト】は、ロープやゴムも繋がっていないのに、ヒットした相手を凄い勢いで引き寄せるような効果を持っていた。


 まさしく、物理的な法則では説明出来ない魔法の様なギアだ。

 ハクトは改めてマテリアル・ブーツの凄さを身にしみていたが……


「……ところで、これが“バフ”ギア? マジックでなく? 使ってて、てっきり魔法のような現象だからマジックかと思ったんだけど?」

「そうよー、何故かバフギアなのよ。強化ギア扱い。まあある意味、対象の人物に対して、“物に引き寄せられる効果”を付与するって意味では、バフなのかも?」


 種別がバフギアだから、マジックギア対策されていてもすり抜ける事が出来るというメリットがあるとの事。

 ギアによっては、ギア種別に対するメタなギアもあるらしく、単一種類だけだとそれだけで詰みかねないと。

 特にマジック種別は人気の為、それ一点に対策する人も多いらしい。


 なのでその点で見ても、【クイック・アトラクト】は効果とギア種別が良い意味で一致しないため、対策に対する効果的な場面が多いとの事だった。


「……で、いろいろ話したけど、本題の“リアクション”に関してね」

「ああ、そっか。まだそこの説明を聞いてなかったね」

「それじゃあ、サンドバックをもう一回動かすからちょっと待っててね」


 よいしょっと、とカグヤはハクトの近くにあったサンドバックを引きずって持って行く。

 そして先程置いていた位置に近づいて行くが……何故か先程より、2mは横にずれた位置に置いていた。


「よし、これでOK。……じゃあハクト君、もう一回やってくれないかしら? ただし、“サンドバックの位置じゃなくて、さっきと同じ箇所に撃って”!」

「分かっ……ん? どういう事?」

「つまり、わざと外して撃ってみて!」

「へ?」


 疑問の声を上げたハクトに対して、カグヤは良いからと先を促す。

 ハクトは疑問に思いながらも、とりあえずいう通りにワザと外すよう撃ってみる。


「とりあえずじゃあ……バフ! 【クイック・アトラクト】!」


 バシュウッ! 


 ハクトの2度目の宣言と共に、同様に光の球が飛び出していく。

 しかしその軌跡は、想定どおりサンドバックからずれており、2m程ズレた位置に着弾し……


 直後、着弾した光の球が薄い光の膜をパアッと広範囲に開く。


「……へ!?」


 その光の膜が、先程のサンドバックにまで到達すると、再度“サンドバック”が浮き出した。

 直後に例の強い引っ張る力で、再度ハクトに向かって飛んでいく!! 


 あっぶなあ! と叫んで、ハクトは先程のように回避した。


「なんで!? さっきと違って外したのに……」

「“外れていなかったのよ”」

「は? どういう事?」

「《R》マークがついたギアは、補正が掛かっているわ。今回で言うなら、当てたい対象のイメージがしっかりしているなら、着弾地点から直径5m前後以内ならヒットした扱いになるの!」

「へええ!?」


 ハクトはカグヤのその説明にすごく関心した。

 つまり、【ファイアボール】のように直接ヒットしなくても、ある程度光の球側で大きな当たり判定があるようなものなのだろう。

 カグヤ戦の時のように最小限の動きで回避しようとしても、このギアだと確実にヒットしてしまうと。


 それにしても、直径5m。学校の運動会で使う大玉転がしの玉より、遥かに大きい当たり判定だ。

 もし逃げたいなら、【インパクト】などを使って大きく回避する必要があるという事だった。


 しかしなるほど、だから【クイック・アトラクト】はEが2なのか。

 このようなデカい当たり判定で、ほぼ確実に相手を引き寄せられる信頼があると言う事は、戦術を組み立てる上でかなり信頼性の高い効果だった。


「他にも、《R》マークがついたギアって……


 ・ギア発動までの反射速度上昇

 ・対照相手へヒットする位置まで自動移動

 ・イメージがハッキリしなくても、ほぼ確実に発生する効果


 とか、いろいろギアを当てやすくする補正が事前についている状態なの。だから《R》マークが付いたギアってだけで、相手に当てて確実に効果が発生する信頼が高いわ」

「なるほど。じゃあ仮にそれから逃げる為には、同じ《R》マークがついたギアで対応するか、より素早く大きくその場から回避する必要があるってことかな?」

「その通ーり」


 ハクト君呑み込みはやーい、とカグヤは褒め出した。

 とにかく、《R》マークがついているギアはその分当たりやすく、そのコストとしてEが少ない物が大半だと言う事がよく分かった。


 なるほど、確実に相手を引っ張る事が出来ると戦術に組み込められるから、だから汎用ギアの一つになっていて高いのか、とハクトは納得した。


「他にも《R》マークがついているギアは沢山あるから、気をつけておいてね! 確か、最近見た中だとこの間ソロトーナメントで私が戦った相手で、一人いたわね」

「そうなの?」

「ええ。確か“チョイス”シリーズで、比較的安価で5mの当たり判定は無いけど、“ギア発動までの反射速度上昇”を内蔵したバフ系のギアだったわね。確か使用者の名前は……」


「あ。白兎達、こんなところにいたか」


 っと、そんな話をしている所、丁度キテツとアリスがスタッフさんと一緒にやって来た。

 先程のショックから落ち着いたようで、比較的冷静な表情をしている。


「あ、おかえりー。どうだった、交換のギア?」

「正直、交換出来る範囲でピンと来るのがあんまりなくてなあ……ハズレ券10枚ずつあったにしろ、やっぱそこまで選べる範囲が広いってわけじゃねえや」

「とりあえず、僕とウラシマくんはそれぞれ普段使いのギアの“強化形態”だけ貰っておいたよ」

「強化形態?」

「僕は【ハイパー・ロング・ソード】。シンプルに切れ味が増して、威力アップさ」

「オレも【ハイパー・パワー・バフ】。前より腕力アップするから、【メタルボディ】二重掛けでも動けるようになる筈だぜ」

「ハイ! お二人とも、ハズレ券の交換ですがちょうど良いギアが見つかって良かったです!」


 そう言いながら、二人とも交換したギアのメダルを見せてくる。

 正直メダルを直接見ただけじゃ差が分かりにくいが、二人の言う通りいつものギアの強化なのだろう。


「ただ、GPが2に上がっちゃってるから、展開に少し隙が出やすくなっちゃったんだよね。発動までちょっとワンテンポ遅れるから、一概に上位互換とは言えないや」

「つっても、0.2秒とかその程度の差だろうが。そこまで気にする程の差か?」

「少なくとも、僕にとっては死活問題さ。得意技の“フォーム・クイックチェンジ”が、少しやりづらくなる。知ってる? 0.2秒って、50m走だと1~2m程差が出ることもあるんだよ? 足の蹴りだけなら、ますますその差はデカいさ」


 だから上位のプロには、敢えて低級ギアを使う人も多いしね。とアリスは続けた。

 ハクトにはまだまだ実感湧かないが、そう言う物なのだろうと聞き入れていた。


「アノー。ところで、ウヅキさん達は新しいギアの試し撃ちをしていたのですよね? そちらのお二人も入りますか?」

「あ、オレ達も? と言っても、単純な強化ギア手に入れただけだから、そこまで試し撃ちする必要は……」

「……いや、僕はやらせて貰おうかな。すみませんスタッフさん。確かここって、持ち込んだギアの試し撃ちも出来ますよね?」

「ハイ! 一つでも今日このお店で手に入れたギアがあるのなら、持ち込んだギアも試し撃ちは可能ですよ」

「そっか。じゃあイナバ君、お昼の時言っていた“ブランク・リピートギア”、あれ早速ひとつ貰えないかな?」

「ん? あの真っ白いギア?」


 アリスがスタッフさんに何か確認を入れたと思ったら、ハクトに例の真っ白いギアを渡すよう頼んできた。

 ハクトは元々チームの共有物にするつもりだったから良いが、一体何をするつもりなのだろうか、と疑問に思った。


「あ、分かった。アリス君、ここで早速“登録”を試すつもりね?」

「そうだね。イナバ君も特に見ておくと良いよ、登録方法知っていて損はないからね。ちょっと待っていてくれるかい?」


 そう言ってアリスはブーツを用意すると、ハクトから受け取った“ブランク・リピートギア”を一つ装着した。

 そうして彼は自身から離れておくよう周りに言うと、息を吐いて集中し始めた。


「……スロット1。ログスタート」


 そうアリスが静かに呟き、直後彼のブーツの真っ白いギアが青く光り始める。

 それを確認したアリスは、すかさず足の蹴りをその場で放つ。


 ヒュヒュッ! 


 風切り音が聞こえたあと、アリスの足は元の位置に戻っていた。

 早すぎてよく見えないが、ハクト戦の時に使っていた“二連斬”だと言う事は分かった。


「ログストップ。……ふう、これで完了さ」


 アリスがそう呟くと、彼のブーツの真っ白いギアも光が止まる。

 すると、光が止まった直後になんらかの模様が浮かび上がって、真っ白いギアでは無くなっていた。


「それで登録完了したの?」

「ああ、そうだよ。これで僕の得意技、“二連斬”がギアとして作られた訳さ。おっと、ギアの説明文の記載もしないとね」


 じゃ無いと、どれがどのギアか分からなくなるからね。

 そう言って、アリスはHPグローブで画面を開くと、空中のディスプレイキーボードをタッチしていくようにして、情報を記載していく。

 暫くして入力が終わったのか、アリスがディスプレイをハクト達の方に見えるように向きを変えて来た。


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<スロット1>

 ギア名:二連斬

 GP:2   最大E:3  最大 CT:3

 残りE:3

 ギア種類:リピート

 効果分類:単体攻撃

 系統分類:蹴

 効果:近接単体に一瞬で2度足で斬り付ける。

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「……とまあ、こんな感じに作る事が出来るんだ。簡単でしょ?」

「そうだね。……けどこれ、正直作る意味ある? アリスはこのギア無くても今まさに技使えたよね? いや、アリスの動きを俺達にさせたいって言う事なら分かるけど」


 と、ハクトは純粋に思った事を声に出した。

 確かリピートは本人の肉体的動きを記録して、再現するギア。

 けど、本人はギア無しで技を放てるなら、本人には特にメリットがないようなギアに思える。


「そう思うでしょ、ハクト君。でもね、やっぱり違うのよリピートギアにしたら」

「確か、ダメージ効率とか、技の出の早さとかだっけか? オレ、リピート使った事ないからよく分かんねーんだよなあ」

「そうだね……実際、受けてみた方が分かりやすいと思うし、丁度イナバ君もブーツとグローブも履いてくれている。……イナバ君、ちょっとここで模擬戦やってみようか?」


 アリスの提案に、ハクトは少し驚く。

 カグヤと同等の提案されたこともそうだが、しかし試し撃ちと違って模擬戦なら、ここ一応店内じゃないか、と。

 チラッとスタッフさんの方に視線を向けたら、あんまり派手な技を壁とかにぶつけないならOKでーす、との事。


 問題無かった。


「分かった。じゃあ、ソロトーナメント以来の早い再試合だね」

「とは言っても、そこまで気合入れる事はないよ。動きを確認するだけだからね。最低限のギアだけつければいいさ」

「うん。じゃあ【インパクト】だけ追加で付けておくね」

「じゃあ、私が合図出すわね。よーい……」


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 バトル・スタート! 

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 バトルルール:模擬戦


 プレイヤー1:ハクト

 残HP:1000

 rank:2

 スロット1:クイック・アトラクト

 スロット2:インパクト

 スロット3:空白スロット

 スロット4:空白スロット


 VS


 プレイヤー2:アリス

 残HP:1000

 rank:2

 スロット1:二連斬

 スロット2:ハード・ロング・ソード

 スロット3:空白スロット

 スロット4:空白スロット

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「スロット2。【ハード・ロング・ソード】起動。いくよイナバ君!」

「よっし! こい!」


 気合を入れたアリスが、新しいギアを発動した状態でハクトに向かって一気に距離を詰める。

 生えて来たアリスのブーツの剣を見ると、成る程確かに以前のソードに形は似ているが、より刃の部分の煌めき、と言うのがパッと見違うように見えた。


 距離を詰めて来たアリスが、技を放とうとする。

 ハクトは一瞬、これは模擬戦の為“クイック・ラビット”で迎撃しようか迷った。

 試し撃ちでアリスの技を失敗させるのはどうかと思ったが、それならサンドバックに撃てば済む話なので、まあ一応反撃してみようと決めてみた。


「スロット1! 【二連斬】!!」

「クイック・ラビッ……!?」


 ……ハクトはこの瞬間、二つのことに気づいた。


 一つは、自分の技。得意技である“クイック・ラビット”が大会の時に比べて、精度が遥かに甘いと。

 足の振り位置、技の出の早さ、自身の体勢の安定さ。どれも以前に比べて遥かに劣化しているように思えた。


 二つ目は、アリスの攻撃。

 普通の蹴りのように見えるが、彼の足が通った後に青い軌跡が見える。

 ハクトの技の不調を差っ引いても、シンプルに大会の時よりアリスの技が早くなっていた。


「ぐげえっ!?」


 ==============

 プレイヤー1:ハクト

 残HP:1000 → 852 → 701

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 ちょうど鳩尾あたりに、見事に鋭い刃が2度斬りかかり、思いっきりハクトは咽せた。

 ソロトーナメントの時より遥かにダメージの高い攻撃を受けてしまい、HPグローブ越しでも無視できない衝撃のせいで蹲ってしまった。


「は、ハクトく──ーん!? 大丈夫!?」

「オウ!? お客様、大丈夫でしょうか!?」

「な、なんとか……」

「思った以上にモロに食らったな!?」

「え、いや。まさかここまで綺麗に入るとは思わなかった……ゴメン」


 お腹を抑えているハクトに対して、アリスはちょっと予想外と言った表情で誤って来た。


 暫くして、ハクトがようやく立ち直ったところでアリスが話に入るけど、と声を掛けた。


「今経験してもらったように、ギアとして発動すると技の威力やスピードがアップするんだ。更に、ギアとしての攻撃扱いだからHPグローブで半減される事も無い」


 アリス曰く、攻撃の際青い光の軌跡が見えた筈との事。

 あの光がリピートギアとしての攻撃扱いの証拠になっていて、光っているなら強化された攻撃と見ていいらしい。


 また、通常HPグローブは、ギアによる攻撃以外はダメージが半減される機能もある。例えば普通に殴る攻撃や、自由落下の際のダメージなどだ。

 しかし、リピートギア扱いの攻撃なら、半減では無くそのままの威力でHPを削る事が出来る。


 だから自前の技も、簡単に強化して発動できるため、リピートギアにする事もよくある話らしい。


「だから敢えて二連斬を放って、通常の時とどれだけ差があるか経験してもらおうと思ってたんだけど……イナバ君もしかして不調かい? いやまさか、反撃はあるだろうと思っていたんだけど、そもそも“クイック・ラビット”全然間に合って無かったよね?」


 予想だと、多少こっちの方が早いからギリギリリベンジ出来るくらいの差になると思ってたんだけど、とアリスは言う。

 こやつサラッとリベンジと言っておる。

 やっぱアリス意外と根に持つタイプだ。


 そんな事を考えながら、ハクトは改めて自身の不調について考えだす。


「そ、それなんだけど、なんかソロトーナメントの時と違って、技が上手く出せなくなってたんだ。【インパクト】は装着してたんだけど、なんか感覚が違ってて……」

「あ? どう言う事だよ、お前ブーツ新調でもしたのか?」

「ブーツは変えていないけど……」


 うーん、と悩んでいると……


「うーん……あ、そういえばハクト君、【バランサー】付けてないわ!!」

「へ、あ!? そういえば!」

「【バランサー】かい? 付けていないのは気づいていたけど、空を飛ぶわけでも無いのにそこまで変わるものかな?」

「とりあえず、付けてみたらいいんじゃねーの? ちょっとの差でも変わるかもしれねーし」


「……ン? 【バランサー】?」


 そうだね、とそのような結論に至り、早速【バランサー】を取り付けたハクト。

 永続ギアは基本的に後から取り付けると、CT5から開始されると言う事を取り付けた瞬間に分かった。

 なのでCTが完了されるまでの2分半、ハクト達は待機した。


 ==============

 プレイヤー1:ハクト

 スロット3:空白スロット → バランサー (残りCT:5 → 4 → 3 → 2→ 1→ 0/5)

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「よし! 準備完了、いつでもいいよ!」

「分かった、行くよイナバ君!」


 先程と同じように、アリスから距離を詰めてハクトに迫る。

 そしてさっきと同じ状況になった所で、再度互いに技を出す! 


「スロット1! 【二連斬】!!」

「“クイック・ラビット”ッ!!」


 ガンマンの早撃ちのような蹴りの交差。

 先に届いたのは……


「っ!? ぐう……やるね、イナバ君」

「今度は入った!!」


 ハクトの技が、先にアリスにヒットした結果になった。

 見事にアリスの頭の側面に入り、脳を揺らしてギアの発動をキャンセルさせた形となった。


 ハクト自身の技の手応えが、先程と明らかに違っていた。


「いやあ、まさかギアを使っても“クイック・ラビット”の方が早かったなんて。ちょっと見積もりが甘かったか……けど今度はちゃんと発動出来たね」

「やっぱ【バランサー】のありなしで、そんなに違ったっつー事か?」

「うん、やっぱり今の状態だと凄くしっくり来た。すっごい技撃ちやすかった気がする」

「やっぱり、自分の体勢を整えるだけでもかなり大きいんだね、【バランサー】って」


「……いや、多分それだけじゃ無いわ」


 カグヤのその呟きに、ん? っと3人が首を傾げる。

 カグヤは自身の口元に片手を近づけて、自身の考察を整理するように話し出す。


「“体の体幹の強化”、それが【バランサー】の効果と思っていたけど、やっぱり他にも効果があるとしか思えない」

「他の効果って?」

「……ギアの発動までの速度、並びに発動時の思考速度の安定、またギアの発動をイメージ通りにする補正……平たく言うと」


「ハクト君。【バランサー】ってもしかして、他のギアを“実質Rマーク付きとして扱える効果”があるかもしれない」


「……はっ!?」


 カグヤのセリフを聞いて、遅れてハクトは驚き出す。

《R》マーク付きのギアの効果に関しては、先程【クイック・アトラクト】でその凄さを実感していた所だ。

 狙いが甘くても、ほぼ実質ヒットになるような巨大な当たり判定。


 方向性は違えど、“あれと同じぐらいの補正が他のギアに乗るようになる”? 


「だってじゃないと説明つかないもの! いくら体幹強化してても、ハクト君の縦横無尽の“スカイ・ラビット”なんて普通無理だし、今だってリピートギアの速度に対して素の技だけで防ぎ切れるわけないもの! ハクト君の技、ほとんど《R》マーク付いてるようなものよ!」

「ちょっと待て! じゃあ何か、ハクトが【バランサー】付けてる時に発動する技、ギアは全部Rマーク付きギアと同等、つまり“ある意味20~30万円の価値”があるって事か!?」

「あ、そうね!? いや、場合によっては【インパクト】のE10で遥かにE多いから、それ以上の価値になるかも!」

「イナバ君……君、とんでもないギア持ってたんだね」

「ええ、嘘!? これ父さんから貰っただけのギアなんだけど! いや確かに超レア物って言ってはいたけど!」


 予想外の所で、【バランサー】の真の価値に気づいて驚愕が走るハクト達。

 ハクトは達は【バランサー】に視線を向けて、数百万もの価値はありそう……と高額な物を見るような目をしていた。


「……そういや、実際の所【バランサー】って一体いくらくらいなんだ? いや、市場価値って意味で」

「……そうね。ちょっと怖いけど、知りたくなって来たわね。他の【バランサー】が売ってるなら、その値段を見れれば……」

「じゃあどうする? 僕がスマホで調べてみよっか?」


 そして、軽くアリスがスマホで調べた所……やはり情報は見つからず。

 ハクトがソロトーナメントで使ったギア、くらいしかネットには情報が無かった。

 だとすると……


「スタッフさんに試しに聞くのはどう? そこにいるよね?」

「そうね、ダメ元で聞いてみましょっか。他のショップの情報も知ってるかもしれないし。すみませーん」


「アア、ハイ。その件なのですが……」


 いつの間にか、先程からタブレット端末を操作していたスタッフさんに話を聞くと、スタッフさんも【バランサー】と言うギアがあることを先程知って、調べていたらしい。

 すると……


「ハイ、【バランサー】と言うギアの在庫はございません。それどころか、同じ系列のショップの在庫を確認しても、過去に一度も【バランサー】と言うギアが入荷した実績もございません」

「と、言う事は……」

「ウチのショップとは違う系列店か、もしくは入荷したとしても非売品扱いになっているか……あるいは、“あなたが持っているギアが唯一か”のいずれかでしょう。正直、私の一存では仮に今売られても値段を決められません……」

「……ハクト君。本気でやばそうなギアを持ってるのね」


 スタッフさんの言葉を聞いて、カグヤは引きつった笑みでそう言ってくる。

 うひゃー……と、ハクトは自身の持ってるギアに対して持て余しそうな感情が湧いてくる。


「……どうする? これもしかして使わない方が良かったりする? いや、空は飛びたいからフリー用だけにするとか」

「いや、でもお前。それ使わないと白兎の戦力ダウンってレベルじゃねーぞ?」

「……まあ、唯一しかないギアの使い手って、意外といるんじゃ無かったけ? 世界レベルで見れば」

「そうね……あとは知らなければ、効果自体は“体幹強化”位しか連想出来ないから、そこまで求められる性能には見えないのが救いかしら。それだけならバフギアで似たような効果はある筈だけど……ハクト君、一応、盗まれないようにね?」

「わ、分かった……」

「アノ、私も聞かなかった事にさせてください……」


【バランサー】の件については、これで一旦置いておく事にした。


「……結構、時間かかっちゃったわね」

「あとは、軽く練習しての解散かな。明日に備えて」


 そして、ショップで意外と時間がかかってしまった為、ブーツ専門店に行く予定はまた今度、と言う事になってしまった。

 自身の持っていたギアの以外な効果と、新ギアを手に入れたのがハクトにとって今日の成果となった。


 明日は、いよいよチーム戦での初大会だ……


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