「……イナバ君! ウヅキさんも!」
「あ! アリス!」
「アリス君、見に来てくれたのね!」
フィールドにハクトとカグヤが付いて、バトル前の準備を始めようとすると、観客席からアリスが声を掛けて来た。
「今ちょうど来たところさ。スタッフへの報告も無事終わったよ。これから試合だね。君達二人とも決勝頑張って。楽しんでくるといいよ!」
「言われなくても、そのつもりだよ!」
「ええ! 思う存分楽しんで来るわ!」
「ところで横に来たウラシマ君何だけど、”何だか凄く落ち込んでるんだけど”、どうしたんだい、彼?」
「え? 私は知らないけど?」
「うん、俺も知らない。見てない事になってるし」
「「見てない事?」」
ハクトの言葉に二人は疑問を浮かべているが、特に詳細は説明しないつもりらしい。
そんなこんなで、固まっていたキテツが再起動し始めた。
「うう、くそう。そうだよな、いつまでもクヨクヨしちゃダメだよな、今から白兎と卯月の試合だし!! 今はそっちの応援だ、うおおー!! 二人とも頑張れー!!」
「おお、ウラシマ君元気になったね!? 若干から元気っぽい気がするけど!!」
キテツの起動直後の言葉に多少のツッコミを入れながらも、アリスはそういえばとハクトに話を振る。
「イナバ君、戦ってる最中に聞きたい事があったら、僕達に聞きに来ると言いよ。決勝まで来たとはいえ、君はまだランク1で初心者なんだから。ウヅキさんは……」
「ああ、私は別にいいわよ。私も別に初心者って訳じゃ無いし。ふっふっふ……ハクト君に本気を出すときが来たわね!」
「と言う事は、もしかして卯月もランク2経験者ってことか?」
「え? ……うん。否定はしないわ」
「やっぱこの大会、全然初心者参加してないんだけど……不良長男も含めて、最低4人がランク2経験者で、その内3人と戦う事になってんだけど、俺」
「それ以外の、参加者16人中12人くらいはランク1ぽいから、一応全然って訳じゃなくね? むしろ多いぜ、ちゃんと」
「まあ、トーナメントって強い人が勝ち残って上行くから、それはしょうがないんじゃないかい? ある意味ランク2経験者はバラけてはいたよ、初期配置」
まあ、そっか……と、頭をポリポリ掻きながらアリスの言葉に同意するハクト。
とは言え今日がデビュー戦なのに、トーナメント外の騒動も含めて、ランク2経験者と3人連続で戦ってるんだなーと、自分の相手をして来た人達の事を振り返っていた。
そして今から4人目と、マテリアルブーツに誘ってくれた本人と戦う事になるのだ。
『はーい!! 観客席の友達との歓談はよろしいですが、そろそろ試合始めますので、配置に付いてくださーい!』
「あ、はーい!」
「ハクト君、全力で来てね! 模擬戦の時と同じような感じと思っていたら、痛い目に会うわよ!」
「分かったよ! ここまでの成果、全部ぶつけて上げるから!!」
そう言って、ハクトとカグヤはそれぞれ初期配置の場所に付く。
二人とも気合は十分、準備万端だ!
『さあ! それでは勝ち残って来たハクト選手とカグヤ選手! 準備はよろしいですか?』
「うん!」
「ええ!」
『それでは決勝戦!! バトルスタートですっ!!』
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バトル・スタート!
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バトルルール:殲滅戦
残りタイム:15分00秒
プレイヤー1:ハクト
残HP:500
rank:1
スロット1:────
スロット2:バランサー
VS
プレイヤー2:カグヤ
残HP:500
rank:1
スロット1:────
スロット2:────
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試合開始の合図が鳴り響き、カグヤとの対決が開始される────
合図の直後に、ハクトは走り出し…………”カグヤも、ハクトに向かって走って行った”。
『おーっと、これはどういう事だ!? ここまで遠距離主体で戦って来たカグヤ選手が、まさかの自分から接近ー!? 友達だからって手加減してるのかー!!』
『いや、違うな。多分”ラビット・バスター”警戒だろう。カグヤ選手自身、体重が重くなるギアを使ってる訳じゃ無いから、あの技を喰らったところで大きく吹っ飛ぶだけ。けど、後ろが壁だと大ダメージになるからな、中心で位置取る気だろう』
つまり、立ち回りでハクトの得意技を一つ潰そうとして来ていると。
初心者のハクト相手なのに、ガチ目の戦術で来ようとして来ているため、カグヤはかなりハクトを警戒しているのだろう。
ハクトは油断の無いカグヤに対して、一層気を引き締めた。
「あと、ハクト君知ってる? ボールってね、止まって投げるより走って投げた方が勢いが付くって!」
「っ!?」
「”アクセル・アクション”!! からの、マジック! 【ファイアボール】!!」
「速いっ!?」
全力で走っているカグヤが、途中で片足で立ち止まり、それを軸にもう片方の足を勢いよく蹴り出す。
そこから模擬戦の時に見知った【ファイアボール】。しかし速度があの時より遥かに速い!!
「威力計二倍! 60点打点、どう凌ぐかしら!」
「緊急回避! 【インパクト】!!」
「っ!? 成る程、空中を片足蹴りで横に回避したのね!」
カグヤの攻撃に対して、ハクトはいつものように咄嗟に【インパクト】。しかし、その使い方はこれまでとちょっと違う。
不良長男戦でキテツに協力してもらった、発動権を残したままでの空中ジャンプ。
あれを参考に、片足が空中に向いてても発動権は残っているため、真横方面への【インパクト】は一回は発動出来る。
これによって、今までは最低でもジャンプして避けていた攻撃を、更に効率的に避けられるようになったのだ。
「ハクト君いつの間にそんなテクを! 今まで使ってなかったじゃ無い!」
「それはお互い様でしょ! “ファイアボール・ガトリング”以外の技やっぱ持ってたね! これはキテツ戦で使う機会無かったし、今使いどころだと思っただけ!」
「そう! 私に対して隠してたのね! いいじゃない、それでこそ戦い甲斐があるわ! マジック!! “ファイアボール・ガトリング”!!」
ハクトの新テクに対して、興奮したカグヤは寧ろやる気をみなぎらせ、回避直後のハクトに対して追撃を行おうとする。
まだ体勢の整っていないハクトになら、当たる可能性が高いと踏んだからだ。
”ファイアボール・ガトリング”、アリス以上の同一ギアの瞬間連続使用。
その攻撃が襲いかかってくるが、初見時のアリスの攻撃より避けきれない訳では無い。
「まだだ! 跳ね上げろ! 【インパクト】!!」
「っ!? 回転しながらジャンプ……いや、小ジャンプ!?」
それに対して、ハクトは最初の回避に使った足とは別の足で、先に地面に足を着かせギリギリルーティーンを間に合わせる。
直後、そのまま【インパクト】を再発動した時、敢えて自分の体が回転するような勢いでジャンプした。
回転に衝撃のエネルギーを使った事で、ジャンプの高さが稼げない。
つまり逆に言えば、空中の対空時間が短くなり隙が小さくなる。
これで、模擬戦の時のような空中でカグヤの【ファイアボール】に打ち落とされる可能性は低くなった!
回転してるせいで体勢が崩れるなんてレベルじゃ無いが、【バランサー】のおかげでハクトは自身の姿勢もカグヤの位置もしっかり把握できている!
これも対カグヤ要に思いついた、ハクトのちょっとしたテクの一つだった。
「このまま! “クイック・ラビット”!!」
「くうっ!? やるわね! でもガードは間に合ったわ!」
「でも、腕だけでもそこそこダメージはあるでしょ!」
回転したままその勢いで、得意技の蹴りを放つハクト。
不意打ちでは無いが、勢いが通常よりついた状態でカグヤの頭に遠慮なく放つ。
それに対して、カグヤはやはりハンドワークでしっかり両腕で頭をガードする。
やはり、キテツのようにカグヤもしっかり手を使ってガードするテクを習得しているようだ。
しかし、キテツのように体が鋼鉄と同等な訳では無いため、腕そのものへのダメージは防げない!
「距離は縮まった! このまま攻め続ければ……」
「あら? 近づかれた時の対策をしてないなんて、そう思ってるのかしら!」
「うぉわ!?」
まだ地面に落ち切っていないハクトの足をカグヤは両手で掴み、そのまま彼を全体重を掛けてハクトを投げ飛ばす!
パワーは無いが、重力とカグヤ自身の力の掛けるタイミングにより、ハクトは1,2メートル離れた位置に落とされた状態だ。
ダメージ自体はそれほど無いだろうが、カグヤにとっては射撃の距離を充分取れただけでも上出来だ。
短い距離だが、カグヤは片足だけハクトに向けて攻撃を叩き込む!
「マジック!! “ファイアボール・ガトリング”!!」
「くっ! 【インパクト】!!」
「あっ、ギリギリ逃げ切ったわね!」
3発連なって飛んできた【ファイアボール】を、ハクトは寝転がったままギアを発動して、その場から離脱する。
距離を取ってしまうが、一度体勢を整える方がハクトに取って最優先だからだ。
無事吹っ飛んだハクトは、空中で【バランサー】の効果で上手く体勢を整えて、離れた位置で着地。
カグヤも無理に攻めるような事をせずに、ハクトからさらに距離を取るように移動して、こちらも一息付いていた。
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バトルルール:殲滅戦
残りタイム:14分00秒
プレイヤー1:ハクト
残HP:500 → 495
rank:1
スロット1:インパクト (残りE:10 → 6/10)
スロット2:バランサー (残りE:-)
VS
プレイヤー2:カグヤ
残HP:500 → 475
rank:1
スロット1:ファイアボール (残りE: 10 → 3/10)
スロット2:────
==============
『おおー!! 開始して1分、しかし最初から高レベルな戦いが繰り広げられております! 最初の攻防を制したのは、HP的にハクト選手かー!?』
『どちらも技がクリーンヒットした訳じゃ無い、けど一歩リードしたのはハクト選手で間違いないな。ただ、【ファイアボール】一発でひっくり返る程度の差でしか無いから、油断はまだまだ出来ないけどな』
実況と解説の言葉が流れる中、会場中も大いに盛り上がっていた。
ランク1大会の試合とは思えない、派手な応酬が起こって見応えがあった。
「おおー!! 白兎、かなりいい調子じゃねえか! 卯月相手にあそこまで動けてるし、エネルギー残量も勝ってる! いい線行くんじゃねーの?」
「けど、ウヅキさんって確か【ファイアボール】2積みの筈。イナバ君自身の使えるギアは実質【インパクト】1個分だから、配分としてはかなりギリギリだね……」
「あ、そっか。そうだよな……てことは、実は結構ヤバイか?」
「イナバ君の【インパクト】のエネルギーが尽きた後の動きが、特に大事になりそうだね。そこの差で勝敗が付くかもしれない」
「うーん、どっちが勝ってもいいが……個人的には、やっぱオレを倒した白兎に勝って欲しくなって来たな!」
観客席で観戦している、キテツとアリスがそう意見を交わしている。
一見ハクトが有利に見えるが、冷戦に俯瞰するとそれ程差は無い。
寧ろ一手ミスったら、カグヤに有利になる盤面だ。
キテツもアリスも、本来どちらかに肩入れするような立場も感情でも無いが、強いて言うなら実際に戦ったハクトに頑張って貰いたい、と言った気持ちだった。
今フィールドで息を整えていたハクトも、冷静に先程の攻防を振り返っていた。
あくまでカグヤと差は殆どない、相変わらず油断は出来ない状態だが……
「戦えてる……カグヤと、模擬戦の時とは違ってここまで戦えてる!!」
「流石ね、ハクト君! 正直、ここまでやれるようになるなんて思ってもいなかったわ! 成長すっごく早いわね!」
「ああ! 君のおかげも、十二分にあると思うけどね!」
ハクトは、目の前のカグヤといい勝負が出来ているというだけで、自分の成長を深く実感出来ていた。
今日の朝、カグヤとの模擬戦から始まった、マテリアル・ブーツの戦い。
自分にとって不本意だった、想定外の試合の参加となったが、今となっては参加してよかったと言える。
アリス戦、不良戦、キテツ戦を経て、ハクトは今日だけでかなりの試合経験を積んでいた。
元々自分の兄に、護身用にいろいろ叩き込まれて下地は出来ていたとは言え、決勝まで来てあのカグヤと試合になれてるという事実に、大きく喜んでいた。
……まあ、恐らくまだ、本気を出されていないんだろうけど。
「けど、だからと言って手加減はしないわ! 私に出来る全力、叩き込んであげる!」
「……望むところ! 元々実力差は明白、でもそんなの今日ずっと経験して来た! 行けるところまでやってやる!」
ハクトとカグヤは互いにそう言い合い、再度ぶつかり合いに走り出す。
今はとにかく、細かい事を気にするべきじゃない。
そう考え直したハクトは、改めて次の攻防をなんとか捌く事に集中した。
どの道、一瞬の油断で負けるのは変わらないのだから。
「さあ、”アクセル・アクション”!! からの、マジック! “ファイアボール・ガトリング”!!」
『それ二つ同時に出来るのか!?』
『得意技二種を組み合わせた攻撃ー!! カグヤ選手の二倍火力状態の【ファイアボール】が3連発! ハクト選手に襲い掛かるー!!』
「っふ!」
「っ!? ギア無しで躱された!?」
「3連発連なってても、結局一列でしょ! 最初の一発さえ躱すように考えたら、殆ど通常の【ファイアボール】と変わらないよ!」
ハクトはカグヤの二重技に惑わされず、冷静に判断した。
当たれば確かに被害は酷いが、回避だけ考えるなら通常の考え方で充分だ。
【ファイアボール】を一回躱すだけなら、ギア無しでもなんとかなる。
速度は比べものにならないくらい早かったが、タイミングさえ注意すれば問題ない!
「そして、そっちの【ファイアボール】はまず一個尽きた!」
「あら! ギア2個目があるけど、不注意に攻めて来ていいの?」
「どうせいつかはこっちのギアも尽きるんだから、今ダメージ稼ぐ方がいい! 距離が近すぎると、そっちも戦いづらいでしょ!」
「いい判断ね! 迎え撃つわよ!」
そう言ったカグヤに対して、まずは挨拶がわりとハクトは”左手でパンチ”を繰り出した。
今まで蹴りしか使ってなかったハクトに取っては、今回初の手を使った攻撃だ。
「ハクト君がパンチ!? おっと!?」
「まあ、躱すよね! ”クイック・ラビット”!!」
「キャアっ!!」
==============
プレイヤー2:カグヤ
残HP:475 → 425
スロット1:ファイアボール (残りE: 3 → 0/10 残りCT:3/3)
スロット2:────
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キテツを参考にして放ったパンチ。
当然、付け焼き刃すぎる攻撃はカグヤに簡単に躱されるが、そっちは牽制用で本命は得意技の蹴りを入れる事だった。
ギリギリ腕を差し込まれたが、咄嗟で堪え切れ無かったようで、そこそこいいダメージを入れる事が出来た!
ふと、ハクトは思った。
“クイック・ラビット”が普通に撃っても効かないイメージがいつの間にか付いていたが、よくよく考えると直前の試合でキテツに硬い体で防御されまくったからだった。
今の相手はカグヤだから、もしかしたら……
「ゴリ押しだ! ”クイック・ラビット”! もう一回、”クイック・ラビット”!! 更に、”クイック・ラビット”!!!」
「くうっ!! 嫌な事やって来たわね!」
==============
プレイヤー2:カグヤ
残HP:425 → 401 → 374 → 348
==============
やっぱり、ガードの上からの攻撃でも十分ダメージは入る! ハクトはそう確信した。
流石にずっと同じ攻撃方向では対応されるだろうから、両足それぞれ入れ替えるように、”クイック・ラビット”を連続で放っていった。
一拍毎の蹴りなので、カグヤに片腕でガードは間に合わされるが、まず両腕で防がせないから、少しずつダメージを蓄積出来ている。
下手に小細工入れるより、こっちの方がカグヤ相手には効きやすい。
キテツ戦の頃に比べたら、凄い戦いやすく感じていた。
「でも、今ので【インパクト】かなり使ったわね! 後確か二発、その後が隙だらけになるわよ!」
「だからこうするんだ! 二倍飛べ!! “ラビット・バスター”!!」
「ふびゅっ?!」
残り二回の蹴りが来ると思っていたカグヤは、体の側面からの攻撃を対処出来るよう準備していたが、真正面はそこまで警戒していなかった。
フィールドの中心を陣取っていたから、“ラビット・バスター”は来る事はないとカグヤは踏んでいたのだが、彼女に取って予想を裏切られた形だ。
思いっきり技を喰らってしまったカグヤは、キテツより体重が軽いせいで、そのままフィールドの壁まで吹っ飛んでしまった!
「キャアああああああっ!? へぐぅっ!? いったーいっ!!」
==============
プレイヤー2:カグヤ
残HP:348 → 300
==============
==============
プレイヤー1:ハクト
残HP:495
rank:1
スロット1:インパクト (残りE:6 → 0/10 残りCT:3/3)
スロット2:バランサー (残りE:-)
==============
『カグヤ選手、フィールドの壁まで吹っ飛んでぶつかったー!! 頭は守ったようだが、少しだけダメージ! しかし、これでハクト選手のギアのEも0になりましたが……!』
『いや、ハクト選手を見てみろ。全力で背後にダッシュして逃げてる。最後の攻撃は、距離を取るための目的もあったんだな』
『つまりハクト選手、ギアのリチャージが終わるまで距離を取ってやり過ごそうという目的ですね! HPも珍しく、ハクト選手の大きくリード! おや、もしかしてこのままハクト選手が逃げ続ければ勝利確定でしょうか!?』
『可能性は高いけど、そう簡単には行かないだろうな』
カグヤ選手は比較的広範囲な遠距離攻撃ギアを持ってるから、ちょっと距離を詰めればすぐ相手を狙える位置に来れる。
ハクト選手が幾ら回避型だからって、常にミスなく立ち回るのは厳しいし、特に今はギア無しの状態。
カグヤ選手の射撃精度から、逃げ続けるのは流石に厳しいんじゃないか、との事だった。
『だから、カグヤ選手にとっては今がチャンス。残りのギアで、ハクト選手のHPをどれだけ削って遅れを取り戻すかが、勝敗に関わるんだが……』
『そのカグヤ選手ですが、壁にぶつかってから動きませんね。いや、普通に立ってはいますけど、ハクト選手に向かって移動する気配が無いです』
『へ? 何故だ、HPグローブあるから怪我の心配は無いし、体調崩す恐れも殆ど無い筈だが……』
『────諦めましたかね?』
『いやー、決勝まで来てそれは無いんじゃ無いか? 相性が不利って訳でも無いし、十分逆転は出来るだろ。あー……でもまあ、15分走りっぱなしなのも、それはそれでキツいし、息を整える時間自体は必要だろうから、そこまでおかしな話じゃ無いか……』
実況のカラーの言葉を否定した後、解説の風雅は自分で疑問に思った点に関して、納得の行きそうな理由を見つけていた。
元々これは初心者大会だ。例えそれを抜きにしても、ずっと走り続ける事はスタミナ的にキツイ。
プロでも数十秒立ち止まってることもあり得る話だ。
ましてやこれは決勝戦、スタミナがギリギリになっていたとしてもあり得ない話では無かった。
そこからハクトとカグヤのギアのエネルギーが戻るまで、試合は一旦停止した状態になっていた……
☆★☆
「──うん。やっぱりハクト君は凄い」
壁にぶつかった後、カグヤはハクトをすぐ追いかけずに、スロット1の【ファイアボール】のエネルギーが戻るまで、待機する事にしていた。
スタミナがギリギリだった────という訳でも無い、が。
「……やっぱり、こっちのギアは”使えない”わね」
カグヤは自身のブーツのスロット2のギアを見ながら、そう呟いていた。
ハクトと戦いながら確かめていたが、やはりこっちのギアは”使えない”。
カグヤはこの試合、スロット1のギアだけで戦い抜く覚悟を、今決めていた。
……それを抜きにしても、ハクトの実力は十二分に高くなっている。
このソロトーナメントで、優勝出来る程度の実力は既に備わっていた。
だから、このまま彼が勝ってもおかしくない話なのだ。
「うん。だから……この大会、君が勝つのがふさわしいよ、ハクト君」
カグヤはそう呟き、【ファイアボール】のEが戻るまで待機し続けた……
☆★☆
「よお、白兎! まさかのお前が大きくリードだぜ! もしかしたら、マジでこのまま勝つかもな!」
「……あ、うん」
反対側に逃げたハクトも、アリスとキテツのいる近くまで来て、【インパクト】のギアのエネルギーが回復するまで待つ事にしていた。
そんな彼に、観客席側からキテツからそう声を掛けられる。
しかし、そんな嬉しそうな彼の声とは裏腹に、ハクトの返事は煮え切らないような声だった。
「……やっぱり、ウヅキさんの様子が心配かい?」
「いや、まあ……確かに気にはなってるけど」
アリスからの質問を、ハクトは否定せずにいる。
元々ハクトは、ギアのチャージの為に距離を取ってはいたが、このまま大人しくカグヤが待ってくれるとは思っていなかったのだ。
間違いなく、ハクトにダメージを与えるには今がチャンス。
カグヤも【ファイアボール】が尽きているとは言え、間違いなくもう一つのスロットのギアを切るべき場面なのだ。
だから、ハクトはこの時間カグヤの攻撃から全力で逃げるつもりだった。
それが実際はどうだ、カグヤは一切動かず、互いにただ時間が経つのを待っている状態だ。
何かの作戦かもしれないが……
「まあ、イナバ君。今有利なのは間違いなく君だ。もしカグヤさんに何かあったとしても、それは試合には関係無いことだ」
例え調子が急に悪くなったとか、でもね。アリスはそう続けた。
そう、今は試合だ。試合の勝敗に言い訳は無用、隙があるなら遠慮なく付くべき。
ここまでのハクトの試合のように。
「もし本当に彼女に何かあったとしたら、試合後に聞く事にしよう。僕達もその時は協力する。だから、今は遠慮なく勝ちに行っていいんだ。どの道、油断して勝てる相手じゃないんだろう? 彼女は」
「そうだぜ、白兎。もし例の不良達の件が関係してたとしても、またオレ達でなんとかしてやる! だから今は全力で行って来いって!」
「……うん」
そう言ったアリスとキテツの言葉に、とりあえず頷き返すハクト。
そうこうしてる内に、もう直ぐギアのエネルギーが戻る。
それを合図に、ハクトは再度カグヤに向かって走り出して行った────