────フリーバトルルーム。少し前の時間
「……な、なんだよこれ……」
不良長男は、目の前で起こった景色が信じられないでいた。
確か自分達は、白兎パーカーのあいつらを連れてきた目の前の少女に、仕返しを兼ねた分からせをしようと襲い掛かった筈だった。
3人がかり、かつあの時みたいな助っ人はほぼあり得ない状態。
最初から3体1だから、仮にこの女が自分と同じランク2経験者だったとしても、負ける要素は微塵もなかった筈だった。
========
フリーバトル
========
==============
バトルルール:バトルロイヤル・ハーフHP制
残りタイム:無制限
プレイヤー1:カグヤ
残HP:453
rank:1
スロット1:ファイアボール
スロット2:ヒートライン
VS
プレイヤー2:鮫田長男
残HP:0
rank:2
VS
プレイヤー3:鮫田次男
残HP:0
rank:1
VS
プレイヤー4:鮫田三男
残HP:0
rank:1
VS
プレイヤー5:追加登録可能
プレイヤー6:追加登録可能
プレイヤー7:追加登録可能
プレイヤー8:追加登録可能
==============
「……ふう、ちょっとダメージ食らっちゃった」
それが今はどうだ。
分からせるどころか、3人がかりで全員返り討ち。
【ファイアボール】などと言う初級のマジック系のギアで攻めて来た時は、弱っちょろい甘い相手だと思っていた。
【ヒートライン】を使われた時は、【クラスター・ミサイル】と同等か、それ以上の威力で、流石に焦りはした。実際弟達は避ける事も出来なかった。
しかし、それだけならまだ何とかなる筈だった。
強いギアを持っていようが、所詮ランク1。
あのウサギ野郎の時みたいに3対3のバトルならともかく、例え弟達がいなかったとしても、たった一人の女に負ける筈は無かった。……ここまで圧勝される筈は無かった。
途中でスタングレネードも投げた。
刃物類も投げた。
ウサギ野郎達とのバトルで使った手段は、全てこの女にも使った。
……違ったのだ。この女の恐ろしいのは、強いギアを持っている事じゃなくて、この女自身の────
「……さて。まだ、やる?」
首を傾げながら、冷めた目つきで見てくる目の前の女に対して、戦う前の自信など完璧に壊れていた。
今ではもう、ただの恐怖しか湧かなくなった。
「この……化け物がぁっ!?」
「……そうね。あなた達からすると、そう見えるかもね」
この負け惜しみの言葉に、目の前の女はただただ、事実を呟くような声で答える。
その後不良長男は、あまりの恐怖に気絶した弟達を引きずって、部屋を逃げるように出て行った。
一刻も早く、目の前の女から逃げ出したかったのだ。
……不良兄弟達が部屋を出て行ったことを確認したカグヤは、軽くふうっとため息をつく。
「……ここまで圧勝しちゃったか。ハクト君達がいい勝負をした相手に」
カグヤは冷静に、先ほどの戦いを振り返る。
なるほど、確かに弟達が拘束に動き回り、不良長男の火力で攻めてくる。
しかもギア以外の、手持ちのアイテムで相手の不意を突いてこようともしてくる。
ルール違反の行為をしていたとしても、それを含めての総評で並の相手では無かった。
しかしそれでも、”カグヤにとっては大した事の無い実力”だっただけなのだ。
つまり、”それといい勝負をしたハクトも同じぐらいの実力”なわけで……
「……………………」
不良戦後、ハクトがキテツと試合をしているところを見ていた。
それを見ると、恐らく確実に不良戦の時よりハクトは急成長はしているだろう。
今日初めてのルーキーにしては、かなり破格どころじゃ無い成長速度だ。
しかし、それを考慮しても自分と試合になるかは……
「…………やっぱりギア、二つとも【ファイアボール】のままの方がいいかしら」
そんな呟きをしながら、カグヤは自身のブーツを見つめ始めた。
【ファイアボール】は初心者用のギアでもある。
自身のお気に入りのギアとはいえ、ランク1大会で使うなら他の参加者にも、当たり前のように使われる事が多いギアだ。
これで戦う事は何の不自然も無いだろう。
【ヒートライン】は、逆に強力すぎて、ハクトが耐え切れるかどうか。
ギアを付け替えるなら、今しかもうタイミングは無いが……
「────────」
カグヤは悩み────そのまま付け続ける事にした。
バトル中に様子を見ながら、駄目そうだったら使わない事にしたらいい。
そうなったら実質ギア1個だけでハクトと戦う事になるが……本来それくらいが丁度いいハンデだろう、そう思っていた。
このように、中途半端な判断をカグヤはした。
この選択が、予想通りハンデとなるのか、それとも────
────この時の選択の結果を、少し後にカグヤは知る事になる。
☆★☆
──そして、現在に到る。
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バトルルール:殲滅戦
残りタイム:9分15秒
プレイヤー1:ハクト
残HP:463 → 251
rank:1
スロット1:インパクト (残りE:10 → 9/10)
スロット2:バランサー (残りE:-)
VS
プレイヤー2:カグヤ
残HP:202
rank:1
スロット1:ファイアボール (残りE: 10 → 0/10 残りCT:3/3)
スロット2:ヒートライン (残りE: 2 → 1/2)
==============
『は、ハクト選手炎に飲み込まれましたー!? 200越えのダメージ!! 一発でとんでもない威力だー!?』
『あ、あ、あの選手、とんでもねえギアを初心者大会に、しかもソロトーナメントに持ち込みやがったぁー!? いろんな意味で何考えてんだあの子!?』
「っぐ、ゲホッ!! い、今のがヒートライン……カグヤが使ってこなかった、本当の切り札か!!」
直線の炎が消えて、中からハクトの姿が現れる。
攻撃が落ち着いた後、素早くHPグローブを操作して今のギアの詳細な情報を手に入れようとした。
==========================
プレイヤー2:カグヤ
<スロット2>
ギア名:ヒートライン
GP:3 最大E:2 最大 CT:3
残りE:1
ギア種類:マジック
効果分類:範囲攻撃
系統分類:炎
効果:直線範囲に線ラインを引き、そこから高火力の炎を出す。およそ3秒間の炎上を行う。高さ、横幅、速度、どれも一級品。
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「ヒートライン、文字通り直線上の攻撃か……と言うか、熱ヒートって言うか、もはやただの炎ファイアラインでしょあれ!? 」
ギア名と実際の攻撃方法の差にハクトは思わず悪態を兼ねてツッコミを入れる。
それはともかく、攻撃速度と威力が段違い過ぎる。
似たような規模で言えば、不良長男が使用した【クラスターミサイル】が近いかもしれない。
あれは範囲がミサイルの周辺一体に対して、今回のは直線上という違いはあるが、攻撃範囲としてみれば、総合的にはミサイルが一応上。
しかし、ギアの発動宣言からの攻撃速度、威力、使い勝手の良さは明らかに【ヒートライン】のほうが確実に上だ。
遅延攻撃という意味ではミサイルにも使い道はあるのだろうが、少なくとも素直に敵に当てるなら、カグヤのギアの方が遥かにヤバイ!
「けど、攻撃速度はヤバいけど、避けきれないほどじゃ……ん?」
ギアの情報を見ながら考えていると、ハクトの足元に赤い線ラインが────
「おおおわああっァァアアアァァアァ?!!」
ゴゴウッ!!
認識し終えるより早く、反射的にその場から全力で真横に飛ぶハクト。
彼のいた場所は、再度巨大な炎の線が沸き上がっていた。
「ちっ、外したか。流石に単発で当てるには、彼相手じゃ厳しいわね」
その炎の出所に視線を向けると、カグヤが悪態をついているのが見えた。
ギア情報を見ている隙だらけのハクトを見逃す理由は無いとばかりに、二発目の【ヒートライン】を撃ったのだろう。
完全にハクトをヤるきの攻撃で、彼女に最早躊躇の様子は無かった。
「……そう言えば、さっきの質問結局まだ答えてなかったわね。私のランクがどうとかのやつ」
赤い髪をかきあげながら、カグヤは先程の会話について自分から再度切り出した。
より、自分の全力を分かってもらう為に。
「ハクト君はもう予想付いてるだろうけど、敢えていうわね
────私の最高ランクは、3よ」
カグヤは、その事実をはっきり明言した。
「……ランク、3。やっぱり」
『──ふっつうに”プロ”でもやっていける数字じゃねえああああぁぁぁああああ!! 』
彼女の言葉に納得気味のハクトとは違って、解説の風雅が思いっきり大声を上げてツッコミを入れていた。
その大声で、マイクがキーンッと反響するほどで、戦ってる最中の二人の顔が歪むほどだった。
『ちょっと風雅さんうるさいですよ! 解説としてマイクのハウリングはどうかと思いますけど!』
『それについては悪かったが、それどころじゃねえ!? いや、あの子ランク3っつったか!? つまり極論”俺と同じ”だぞ!? 間違っても初心者大会に参加していい人材じゃねえ!!』
『つまり例えるなら、”風雅さんが初心者大会に参加して初心者狩りしている”ようなもんですか。風雅サイテー、常識ってものを知らないの?』
『例えで言っただけで、俺がやってる訳じゃねえよ!? 後、一応ランク3でもまだ俺の方が強いから!! 多分!!』
実況と解説が恒例の漫才をやっている中、それを聞いたキテツ達も驚きを出していた。
「マジで!? 卯月ランク3!? あの子俺たちより強いって事!?」
「あちゃー……薄々思ってたけど、そうだったんだね彼女。だから【ファイアボール】10発連続発動なんて出来たのか……」
「……でもさー。ランクって確か”5”まであるんじゃ無かった? それ考えると、3って中間地点の筈なのに、それでプロレベルの扱いになるのって逆に低い気もしてきたんだが、そこらへんどうなんだ?」
『お! 観客席からいい質問が出ましたね! それに答えましょう! 風雅さんが!!』
『俺かよ!? いやまあ、解説だからやるけどさあ!』
キテツの疑問が聞こえてきたアナウンス席から、詳細な解説が入る。
ランク3でプロレベルの扱いについて。
『まず、ブーツのランクは5段回とされているが、最高のランク5は”歴史上確認された奴がほとんどいない”、ほぼ伝説扱いの存在だ』
そもそも、ブーツがここまで流行りだしたのもここ十数年の近年から。
それ以前にもブーツとギア自体は存在はしたが、そこまでプレイヤーの数は表立っていなかったとの事。
近年流行出したのは以前も言ったように、ギアの種類が爆発的に増えて、それを使おうとプレイヤーが一気に増えたからだった。
だから、高ランクのプレイヤーなど最近になってやっと増え出したくらいの存在だった。
『だから、現代のマテリアルブーツでの最高ランクは実質4まで。細分化すると……
ランク1:完全初心者
ランク2:学校の部活、アマチュアレベル。最も多いランク帯。ギリギリプロに入れる事も。
ランク3:高校生の全国大会レベル、プロでやっていける。スカウトが来る事も。実力者は上から下まで、最も差が激しいランク帯でもある。
ランク4:トッププロ、オリンピック世界大会出場レベル。絶対プロになったほうがいい。実質現代の最高ランク。
ランク5:伝説級、まず存在しない
と言った感じかな? 大体は』
ちなみにカグヤ選手は、さっきの攻撃方法だけを見てもランク3の中でも中間はあるだろう、下手したらそれ以上……との事だった。
『普通に経験を積んで到達出来るのがランク3と言われている。ランク4は、何らかの”自己の壁”を打ち破らない限り到達出来ない。……もしくは、”化物と呼ばれるほどの潜在能力”があるとかな』
だから基本的に、一般人はランク3に到達しただけでも十分偉業扱い、との事。
つまりそれほど、目の前のカグヤは凄い実力者という事だった。
『なるほどなるほど。ところでランク3の中でもピンキリが激しいとおっしゃっておりましたが、風雅選手はその中でも”下から数えたほうが早い”と……』
『上から数えた方が早いわ!? 一応俺のライバルの雪女さんランク4だからな!? それといい勝負はしてるんだからな俺は!!』
『でもいっつも負けてますよね?』
『否定はしねえよ畜生っ!!!』
カラーさんの辛辣の言葉に、風雅が反論出来ずに机に突っ伏していた。
それはともかくとして、これで大体のランク帯の実力の程度については会場中のみんなが把握出来た形だ。
「……と、いうわけよ。ハクト君、聞いたでしょ? ランク差による大きな違いは、使えるギアのスロット数が違う事だけど、それ以前に”経験の差が段違い”なのよ。ランク1個分程度の差なら逆転はありえる話……けど、二つ分の差は、覆すことがほぼ出来ないほどの差よ。……例え、使えるギアの数を同じにしてもね」
「……なるほどね。さっきの攻撃を受けたら実感したよ」
けど、とハクトは続ける。
「今の状況なら話は別だよ。そっちのギアのエネルギーは全部尽きた。わざとランクの話題を上げて時間稼ぎのつもりだろうけど、後45秒、君のギアはエネルギーが尽きてる。今の内に攻めればまだ勝機はこっちにある!!」
そう言い放ち、走り出し始めるハクト。
カグヤのさっきの攻撃は確かに凄かった、ハクトが回避し切れないほどの。
けれどその為に、ギアのエネルギーを全て注ぎ込んでいた。
ならば、【インパクト】のエネルギーが残っている内に攻めればハクトが逆に有利!
そう考えていたのだが……
「いやねえ、ハクト君。────まさか私が、ギアのエネルギーが尽きた時の対策をしないとでも?」
「ぅえっ!?」
『カグヤ選手、まさかの対抗してハクト選手に走り出すー!?』
『ギアのエネルギー尽きてるのにか!? いや、【インパクト】持ちのハクト相手に逃げ切れるとは思えないけど、わざわざ自分からその状態で迎え撃ちに行くか!?』
まさかの、カグヤもハクトに向かって走り出す状況。
時間稼ぎの為に、わざと会話していた訳じゃないのか。
ハクトは驚きながらも、今更止まれない。このまま行くしかない!
互いに距離を詰めていき、3,2,1,……今!
「”クイック・ラビット”!!」
「甘いわ!」
牽制も兼ねた、最速の攻撃。
十中八九躱される事は承知の攻撃は、予想通りカグヤに避けられた。
……但し、避けられ方がスライディングで、ハクトの軸足を狩られ取られたのは想定外だった。
「うっわ!?」
「様子見なのが見え見えだったわよ!」
軸足を蹴られたハクトは、そのまま転倒。
そんな彼に対し、カグヤは自身も寝っ転がって、彼の片足に逆さまで抱きつくような動きをする。
そして……
「”卯月流・月外し”」
「っ!? がああぁッ?!」
彼の足を、折るように力を込めていた。
完全に関節技を決められている状態だった。
==============
プレイヤー1:ハクト
残HP:251 → 223
==============
HPグローブ越しだから、本当に骨が折れる事は無い。
悲鳴自体も、そこまで痛かった訳じゃ無い。
しかし、確実に今の攻撃だけで、HPは削れてしまっていた。
「い、【インパクト】ぉッ!!」
「っち! 流石に逃げられるわね!」
ひとまず、体勢を立て直すべき。
動揺した状態のハクトは、今のままでは不味いと思い、ギアを切ってまで一旦その場を離脱した。
離脱した先は、観客席のアリスとキテツのいる付近だ。
「イナバ君、大丈夫かい!?」
「な、何とか! でも思った以上にヤバい!」
「まさかギア無しで、関節技決めてくるとは……あんな攻撃方法もありなんて、知らなかったぜ」
「ちょっと今は動揺しちゃって、一旦距離を取りに来た! まさか隙になる時間だと思ってたのに、普通に反撃食らっちゃったから! ついでになんかアドバイスとかある!?」
「とは言っても、ウヅキさん完全にギアの使用に関しては、僕達以上に詳しいし……どの道ギアのEが尽きてる今がチャンスなのは変わらないから、今攻めるしか……」
「っ!? 白兎、前、まえっ!?」
「へ、前?」
キテツの焦ったような声を聞いて、ハクトが前に向き直る。
そこには、走ってきたカグヤが直ぐそこに──
「”卯月流・月外し”──」
「ぉおあぁあっ?!」
「ちい! 今度は避けられたわね!」
立っているハクトの腕を取ろうとカグヤが手を伸ばし、それをギリギリの所で躱すハクト。
どうやら、彼女の技は関節技全般を、”月外し”と読んでいるらしい。
……ちなみに何故”月外し”なのかというと、”漢字の肉月を外す”、という形がコンセプトとの事。
とにかく相手の骨を折る勢いで、人体破壊でダメージを与える目的の技らしい。とんでもねーコンセプトだ。
それはともかく……
「ウヅキさん!? 何でこっちまで来て追撃を!?」
「そうだぜ! せっかく白兎が自分から距離を取ったのに、なんで自分から近づいてんだ!?」
アリス達のその問いに──
「何言ってるのよ!! ハクト君に時間なんて上げたら、”逆転の手思いつくに決まってる”じゃ無い!!」
「「それは、そう」」
圧倒的、納得出来る理由で返された。
特にアリスとキテツは、逆に説得されうんうんと肯く始末だった。二人とも、そのせいでハクトに負けたばかりだから実感があり過ぎる。
カグヤは圧倒的に有利な状況になったとしても、とことんハクトに対して油断無く責める気らしい。
これがランク3の、かつ油断の無い彼女の本気だった。
ある意味ギア構成というより、ハクトという個人メタを実践しているのが、カグヤの戦い方らしい。
「くそ、落ち着く時間が無い!!」
「あげる訳ないでしょ!! このまま残り8分ちょっと、ずっと攻め続けてあげる!」
その言葉と共に、手足、腕全て使って攻撃し続けてくるカグヤ。
先程のように関節技を狙ったり、もしくはただの蹴りやパンチを混ぜたりなどして、攻撃のリズムを分かりづらくして対処しづらい!
ただ苦し紛れに”クイック・ラビット”を撃つだけじゃダメだ。
それじゃあまた躱されるか、カウンターを喰らうだけ。
ハクトはそう思考する。だったら……
「ぶっ飛べ! 【インパクト】!!」
「っ!? キャアっ!!」
蹴りでは無く、ただ【インパクト】でカグヤを打ち上げる。
蹴りが来ると思っていたカグヤの不意を、上手くつけたらしい。
【バランサー】のおかげで、丁度いい出力と位置でカグヤを打ち上げる事が出来た。
「ギアなしで打ち上げられたら、対処出来ないでしょ! そしてここは壁際だ!」
「あ、まさか! 僕を倒した時の!?」
「俺の時の状況でもあるぞ! 壁際って事は!!」
アリスとキテツは、自分たちが倒された状況を連想する。
ハクトがやるのは、その時の合わせ技。
落下してくるカグヤに合わせて……
「二倍飛べ!! ”ラビット・バスター”ッ!! ボレーシュ……」
自身の最高火力を叩き込もうとするハクト。
まだ空中にいるカグヤは防御体制を取れないはず。
例えキテツのようにガード自体は間に合ったとしても、吹っ飛ばし前提のバスターではガードはほぼ無意味!
「──まだ、甘いわ! “卯月流・三日月狩り”!!」
「あっ!」
落下中だったカグヤは、【バランサー】無しに空中で体制を立て直し、そのまま片足をかかと落としの要領で、ハクトの伸ばした片足を叩き落とした。
“三日月狩り”、本来かかと落としで相手にダメージと崩しを与える技だったこれを、咄嗟にカグヤが応用した形だ。
“ラビット・バスター”は、両足が直線上に並んでいる事で、二倍飛ばす技。
片足が曲げられたら、上手く放てない!!
「そのまま暴発よ!!」
「うわあ?! ぐえっ!!」
==============
プレイヤー1:ハクト
残HP:223 → 195
==============
宣言した技を取り消ししきれず、そのまま【インパクト】が暴発した形だ。
カグヤの横を通り過ぎる形で、ハクト自身が吹っ飛んで壁にぶつかってしまった。
HPが少し削れてしまったが、不幸中の幸いかまだそこまでの自傷ダメージでは無かった。
多少クラクラする頭で、すぐにカグヤに視線を向けようとハクトは頭を動かすが……
次の瞬間、ハクトの視界の先には、”カグヤのスパッツ”が見えた。
「へ……っ?!」
一瞬、状況がよく分からず停止。しかし、よく感じると頭が何かに挟まれてる感覚も。
──カグヤの両足が、ハクトの頭を挟んでいる!!
「”卯月流・夕月”──」
「──っおおおわああぁぁアッぁあ危なあああ!!?」
ハクトの頭を両足で挟んだカグヤは、自身の体を空中に浮かばせた状態で、自身の体の”捻りと重力”を利用して、ハクトの首を全力で折ろうとしていた。
人の頭を月に見立て、夕日のように月も見えなくする技、”夕月”。
女子のスカートの下を見れて、少し役得────なんて思考は一切出来ず、する暇も無く。
ギリギリで意図に気づいたハクトは、全力で自分自身も身体ごと回転する事で、なんとか致命傷を避けていた。
「緊急避難、【インパクト】!!」
「これを躱す!? 流石ね、ハクト君!!」
カグヤは思わず、本気の試合中にも関わらずハクトを褒めていた。
ネコを被っていた先程までの自分なら、すぐに素直に褒めちぎっていたのだろうが、今の状態の自分ですら、思わずその言葉が出るほどだったのだ。
それほどカグヤはより、ハクトに興奮しだしていた。
「おいおいおい、目の前でとんでもねえ攻防発生してたんだけど!? 白兎が攻めてたと思ったら、逆に卯月が致命傷与える場面に変わってたんだけど!?」
「と言うか、卯月さん全体的に殺意高い技持ってないかい!? 何、君戦争帰りか何か!?」
「戦争帰りとか知らないけど、私は一般家庭出身よ! 一応! ……多分!」
「何故言葉の自信を無くしていくんだい!?」
アリスからのツッコミを、何故か強く否定出来なくなっていくカグヤだったが、今は特に関係のない話だ。
それはともかく、今はハクトが距離をとって先程と立ち位置が逆の状態になっていた。
「さて、と。ハクト君、45秒、経ったわね」
「っ!!」
==============
バトルルール:殲滅戦
残りタイム:7分40秒
プレイヤー1:ハクト
残HP:195 → 187
rank:1
スロット1:インパクト (残りE:9 → 3/10)
スロット2:バランサー (残りE:-)
VS
プレイヤー2:カグヤ
残HP:202
rank:1
スロット1:ファイアボール (残りE: 0 → 10/10)
スロット2:ヒートライン (残りE: 0 → 2/2)
==============
『カグヤ選手のギアのエネルギーが全てリチャージ完了ー!! 対してハクト選手は、ギアのエネルギーが半分以上減ったまま!!』
『うっわ!? 完全にハクト選手が不利になったな!? さっきの首のダメージも少し入ってるし、【ヒートライン】確定1発でハクト選手落ちるぞ!?』
実況の風雅の言うとおり、ハクトのHPは200を既に切っている。
既に安全圏は無くなったと言っていい状況だ。
まずは何がなんでも、【ヒートライン】だけは避けなければならない!
「敢えて、これならどうかしら! マジック! 【ファイアボール】!!」
『ここに来て、【ファイアボール】単発!?』
カグヤの猛攻が来るかと覚悟していたら、まさかの通常の使い方で、1発だけだ。
予想外だったのか、解説の風雅ですらその事に驚きの声を漏らしていた。
「牽制のつもり! そんなの、もう1発だけじゃ躱すの簡単だし、牽制にすら……」
カグヤの意図は分からなかったが、ハクトは冷静に横に1m程ずれて、火球の射線から体をずらす。
例えこれで動かされたとしても、直後に【ヒートライン】を続けて撃たれても直ぐに回避行動に移れる自信があった。
だから、この1発だけの【ファイアボール】には意識を裂く必要は────
「──曲がりなさい!!」
直後、その1発だけの【ファイアボール】の軌道が曲がり始めた。
ハクトの横を通り過ぎるはずだったボールは、急にエグいカーブを描いてハクトの方向に迫って来て──
「っはあ?! おわあああ!?」
ハクトは咄嗟に横っ飛びで、ボールに当たらないよう避ける。
しかしそのせいで、地面に体が倒れて擦れてしまう。
「迸ほとばしれ、【ヒートライン】ッ!!」
「おおお!? 【インパクト】っ!!」
地面に倒れた状態ながらも、ハクトは残り少ないギアを切る。
危うく直線の炎に巻き込まれるところだったが何とか回避、吹っ飛んだ勢いで空中で【バランサー】の効果で体制を整えながら着地をした。
「ちょっと待ってカグヤ!? 今【ファイアボール】曲がらなかった!?」
「誰が【ファイアボール】は曲がらないって言ったのかしら!!」
「前提条件が崩れ去った!! カグヤお前、とんでも無い情報隠してたな!!」
「ちょっと待て!? あれ曲がるのかよ!?」
「待って、僕も知らないそれ!!」
『会場中が、【ファイアボール】が曲がった事に驚愕しています!! これはどういう事でしょうか、解説の風雅さん!!』
『マジかぁ!? いや、確かに曲げられる! 【ファイアボール】に限らず、マジック、フォームとかも限らず!! 飛んでいくタイプの単体攻撃、範囲攻撃は、発動者のイメージによって曲げられる!!』
曲げられるけど、あれ上級テクなんだけどお!!
プロでも中々やるやついないんだけどおおお!!
風雅のその叫びが、マイク越しにあたりに鳴り響く。
『一応、あれは後から曲げた訳じゃ無く、【ファイアボール】を撃つ時のイメージで曲がる軌道が決まるから、ハクト選手の動きを見て変わった訳じゃない! つまり誘導では無く、あくまで放った時のイメージ!! 野球のカーブボールと一緒だ!!』
「いや、ちょっと待ってください!! イメージ通りで動きを変えられるという事は、まさか【ヒートライン】とかも途中で曲がったりします!? だとしたらもう軌道見て対処が出来ないんですけども!!?」
ハクトは思わず、風雅に対してそう声を上げていた。
もし本当にそうなら、対処が困難なんてレベルじゃなくなるからだ。
『いや! 飛んでいくタイプじゃ無いし、【ヒートライン】は”ギアの性能が高過ぎる”!! 強過ぎるギアは、逆に発動者のイメージ反映がしづらく、決まった動きしか出来ない!! 直角どころか多少の弧すら曲げられない筈だ!!』
「本当ですか!!」
『ああ!! ……まあ、追加の別スロットギア次第ではありえるかもしれないけど』ボソッ
「今更っと不安になる事言いませんでした!?」
『気にするな!! 少なくとも今の試合には絶対影響無いから! スロットのギア全部分かってるし!』
それより、前、前!! と、ハクトに直ぐ向き直るように指摘する。
既にカグヤが、次の攻撃の準備をし始めていたからだ!
「さあ! まだまだいくわよ!」
そう宣言をしてから、カグヤは再度ハクトに向かって走り出す。
しかし、ギアのエネルギーが溜まった以上、近接する必要は無いはず。
という事は……
「こんな事も出来るの! ”アクセル・アクション”!! 開け! ”火球・紅扇子べにせんす”!!」
『ここでカグヤ選手、例の得意技2種混合を使用ー!! しかも今度は、扇状に火球がハクト選手に襲い掛かるー!』
「っ! やっぱり加速撃ちか!」
およそ5発分。それが扇状に直線になって飛んでくる。
さっきより球数は少ない、けど早くて実質関係無い状態だ。
10発の時より範囲は狭いが、弾速が早すぎてどの道横方面への回避が間に合わない!
だからと言って、素直に真上ジャンプすれば今度こそ【ヒートライン】で1発アウト。
……だったら!
「小さく跳ね上げろ! 【インパクト】!!」
ハクトは、例の全力ジャンプでは無く、隙の小さい小ジャンプで回避する事にした。
これなら仮に【ヒートライン】を続けて撃たれたとしても、あの技の予備動作から判断すれば、ギリギリ回避は間に合う筈。
着火作業の為にカグヤはラインを引いた後、足を振り下ろす動作が必要だから、その分あのギアは隙がある! 大した差では無いが、回避には十分だ!
跳ね上がったハクトの下を、火球が通り過ぎて行く。
よし、後は着地して直ぐに横に逃げれば……そうハクトは思っていた。
見透かされていた。
「残念! こっちでした! ────架けろ! “火球・赫虹あかにじ”!!」
「っ!? 【ファイアボール】!!」
カグヤが選んだのは、【ヒートライン】では無く、【ファイアボール】。
今度はいつもの蹴りでは無く、まるでサマーソルトキックを蹴るような動作から、火球が飛んできていた。
着火の振り下ろしの動作が無い分、【ヒートライン】より出が早い。
しかも……
『おおっと! カグヤ選手から、今度は別の技! 【ファイアボール】4つが、縦に列を成して飛んでいくー!! しかもこれ、まるで虹のように横から見ると曲がっているぞー!!』
「曲がる軌道と組み合わせた、”縦方向特化”の火球シリーズよ!! 段差のある相手に便利、跳んでいるあなたにも丁度いいわよねえ!!」
「うわあぁぁあっ!?」
==============
プレイヤー1:ハクト
残HP:187 → 156
==============
例によって、また跳んでいる最中に当てられたハクト。
幸い、前側に飛んでいたおかげで、火球にヒットしたのは1発だけですんだ。
位置によっては、飛ばされた虹状の火球全てヒットする場所になっていただろう。
しかし、1発でも当たった事で怯んでしまった状態で……
「迸ほとばしれ、【ヒートライン】ッ!!」
「っ!! 【インパクト】ぉッ!!」
体勢を崩してから、本命の技を通す。
基本の作戦、けれど内容が技術の塊で組み立てられたそれを、ハクトは最後のエネルギーでギリギリ回避する事が出来た。
着地自体は間に合っていたお陰で、かつ【バランサー】で体勢自体は直ぐ安定する為、素早く逃げる事が出来た。
この試合だけで、本当にどれだけ【バランサー】に助けてこられただろうか。
【インパクト】より派手さは無いが、確実にハクトの土台を支えている中心ギアとなっていた。
「今のも躱すのね……まあ、予想以上、想定以下の範囲ね」
攻撃を避けたハクトを見て、カグヤはそう感想を述べていた。
その顔には、殆どの攻撃を避けられた側の焦りの表情が一切見えなかった。
「これでまた、お互いギアのエネルギーがなくなったわね。ハクト君」
「……っ!!」
==============
バトルルール:殲滅戦
残りタイム:7分20秒
プレイヤー1:ハクト
残HP:156
rank:1
スロット1:インパクト (残りE:3 → 0/10 残りCT:3/3)
スロット2:バランサー (残りE:-)
VS
プレイヤー2:カグヤ
残HP:202
rank:1
スロット1:ファイアボール (残りE: 10 → 0/10 残りCT:3/3)
スロット2:ヒートライン (残りE: 2 → 0/2 残りCT:3/3)
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『またもやお互いのギアのエネルギーが無くなりました!! しかし、ハクト選手のギアのエネルギーが3しか残っていなかったことを考えると、これは快挙と言えるのでは無いでしょうか!!』
『確かにあの猛攻を凌げたのは、凄い。十二分に凄い。だが……』
「さて、ハクト君。今度はハクト君もエネルギー空っぽだけど、どうする? その状態でも、私に攻撃当てに近づきにくる?」
「く……っ」
「まあ、”私から近づくから関係無いんだけどね”」
そうハクトへの質問を、意味が無いと自身でバッサリ切り捨てて、彼に向かって走り出すカグヤ。
とことんハクトに時間を与えず、一切の猶予を与えないままダメージを稼ぎにくるようだ!
「この、いい加減に、しろ!!」
「っぐ! いい蹴りじゃ無い、ギア無しでもいいの入ったわよ!」
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プレイヤー2:カグヤ
残HP:202 → 191
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「でも私は、期待値30なのよねえ!」
「くうっ! くそう!」
「あっはは!! 逃げた逃げた! そうよねえ、”月外し”今度こそ食らったら、【インパクト】無い今だと抜け出せるか怪しいもんねえ!!」
そう、”月外し”一回のダメージの期待値は30だが、実際の所関節技の為、一度決まったら基本的に抜け出せない。
つまり、継続でダメージが発生し続けてしまうのが、一番の問題なのだ。
【インパクト】が戻るまでの90秒の間、そんなダメージを食い続けていたら、どの道HPオーバーだ。
「うおいっ!? 白兎、オレとの試合の時の状況に、近い状態にされてんじゃねえかあれ!?」
「捕まったら、そこで実質終了……成る程、確かにウラシマ君と似た状況だ。あの時と比べると、卯月さん側が追いかけて来てるって分さらに状況は最悪だけど」
「そんで持って、ギアの連続発動と言った精度は有栖以上なんだろ? ……え、白兎勝ち目無くね?」
「これが、ランク3経験者の実力か……いやはや、彼女の事をまだ甘く見ていたようだね、僕達」
キテツとアリスが、そう感想を漏らす。
間違い無く、カグヤはこの二人より総合的に上の位置にいる人物だ、と。
そんなカグヤから、ハクトは距離を取るように逃げ続ける。
本来ハクト側から追撃を掛ける筈だったのに、文字通りウサギのように逃げている立場となっていた。
逃げ続けているハクトに、ゆっくり追いかけながらカグヤは話す。
「ハクト君。何も私は、後1発であなたを倒す必要は無いの」
「っ!!」
「確かに【ヒートライン】を当てたら1発確定ね。でもそれだったら、実は”ファイアボール・ガトリング”を使っても良かったの。ただダメージ効率を求めるなら、あれで10回当てた方が、一番ダメージ効率が高くてシンプルに強いもの」
でも、ハクトには当たらない。
どっちも動きが単調だから。
ここまで成長を果たしたハクトには、ギア無しでも回避出来てしまう攻撃だから。
「せっかく【ヒートライン】は強力なのに、ハクト君にこうも躱されてしまうの、なんででしょうね?」
『……当然だ。そもそも、そのギアは”範囲攻撃”の効果分類だ。元々複数人用に当てる、”チーム戦特化”のギアなんだ。今回みたいに、一対一で持ち込むギアじゃ普通無い。エネルギーも少ないしな』
「マジレスありがとうございまーす。まあ、分かっていた事何だけどね。実際、ハーフHP制だから、より強力だと誤認しちゃってる側面もあるし、このギア自体はそこまで大したものじゃ無いわ」
もちろん、ギアそのものはすごいレアだけど。と付け足していた。
でも……
「だから火球シリーズなの。広範囲の攻撃に特化した火球シリーズで、沢山撃って内1発当てるくらいなら、どうかしら? さっきみたいにね。そして、【ファイアボール】10発使い切って、再度使用可能になるのって、後何回出来るかしらね?」
試合時間は、後7分もある。
ギアのリチャージまで1分半だが、残り5分のCT速度三倍のルールがある。
極論、30秒ごとに直ぐ使い切れば、後最大でも”11回”はカグヤは火球シリーズを使う事が出来る。
そして、ハクトのHPは150前後。1発30ダメージと考えると、後11回中、半分以上はパーフェクト回避を求められる事になる。
それ以前に、ワンミスで【ヒートライン】に直接当たっても、それこそ終わりだ……!!
「……とは言っても。ここまで戦って見て分かったけど、ハクト君は一回使った技は基本的に通用しないわよね。こうやって逃げ続けているのもそう。直ぐ対策されちゃう。初見技でも、それ単発なら回避されちゃう事も多かったわね」
だから……
「……ここからは、さっきみたいに既存技と、まだ未公開の技の組み合わせで攻めて行くわ。そうすれば、いくらあなたでも対処し切れなくなるわよね?」
「……ちなみに、後どれくらい未公開の技ってあるの?」
「んー? ……うふふ、教えなーい」
それを聞いてハクトは思った。
あ、これ後1個や2個の話じゃ無いな、と。
これが、カグヤの本当の本気。
カグヤの真の恐ろしさは、強いギアを使ってくることでは無く。
様々なパターン分けした多彩な技と、状況に応じてそれを切っていく戦術眼。
そして、対戦相手に対する観察眼。
これこそが、”卯月輝夜”の真の強さだったのだ。
「──さあ、ハクト君。まだ、やれるわよね?」
「──当然」
カグヤのニッコリとしたその表情に、ハクトは苦虫を潰したように。
────けれど、諦める気のない表情で、そう返事をしていた……