「……ただいまー」
「おかえりー。カグヤ、ご飯食べてきたんだっけ? お風呂は沸いてるわよー」
「あ、お母さんありがとうー」
「お姉ちゃん、おかえりなさい」
「うんただいま」
ハクト達と別れた後、カグヤは自宅に無事帰宅していた。
いつもより少し長めにお風呂に入り体の疲れをじっくり癒した後、パジャマに着替えて自室のベットの上に座り込んだ。
「……はー」
暫くボーッとしたように天井を見上げ、呆けたように息を吐く。
数分間それを続けた後、ポスっと体を倒して枕に頭を付ける。
「────ッ、──っ!!」
そして今度は、急に足をジタバタさせて顔を枕に押し付けて暴れだす。
先程からまるで情緒不安定な状態で、彼女の心が落ち着いていない事がよく分かる様子だった。
「あー、アー! あー……はぁー……すっっっごい楽しかったー」
ひとしきり暴れたあと、体を天井に向き直してそう声を漏らす。
彼女の脳裏に映るのは、ハクトとの決勝戦の時の戦い。
「いや、本当嘘でしょう……? なんでハクト君とここで会うの? なんで彼があそこまで戦えるの? なんで私と一緒のチーム組むことになってるの? なんで、なんで、なんで?」
自分の疑問を、矢継ぎ早に呟き続けるカグヤ。
自身で彼を誘っておきながら、その事実が先程起こった事が嘘のように感じていた。
まるで夢を見ているように……
「夢、そっか、夢……。うん、本当に夢のような状況だわ……」
今度は体をゴロンと横に向けて、部屋の横見つめるように顔を向けた。
しかしその目線は、掌というより遠くの何かを見ているよう。
……というより、何か昔の事を思い返していた。
「……ハクト君、本当におめでとう。あなたの夢、叶えられて良かったね」
軽く微笑みながら、感傷に浸った様子でここにいない彼に対して呟いた。
「……本当に、変わってなかったなあ。あの白兎パーカーも含めて。あなたは、私の事を忘れているようだったけど……あなたが夢を叶えた所を見れたのは、本当に嬉しかった」
空を飛ぶという夢。
それを目の前で見せられた事は、カグヤにとって本当に衝撃的な出来事だった。
──卯月輝夜は、因幡白兎に昔出会った事がある。
その際に、彼の夢は実の所聞いていた。
……その時はカグヤは“自身の夢”を見つけられていなくて、彼に伝える事は出来ないまま別れたけど。
けれど今の彼女にははっきりと夢が出来ていた。
横を向いたまま、カグヤは自身の掌を目の前に持ってくる。
月に行くという夢、今はその夢をしっかりこの手に持っている。
「ハクト君は夢を叶えた。だから今度は、私の番……」
軽く開いていたその手をじっくり見つめたあと、ギュッと握りしめる動作を行った。
昔出会った、小さな彼と約束した事。
互いの夢を見つけた後、いつかそれを叶えた姿を見せる事。
彼は覚えていなくても、目の前で実際に達成する所を見せてくれた。
だから、今度は自分が彼に対して見せる番だ。
「……でも今は、少しだけこの感傷に浸らせて欲しいかな」
そう呟きながら、部屋の電気を消してベットに横になる。
今日の出来事を噛みしめながら、ぐっすり眠りたいから。
そうしてカグヤは眠りだす。
中学生の時代は終わって、夢を叶えるための高校生の期間がもう直ぐ始まりだす──
☆★☆
──数日後。
「……うん! 今日はいい天気!」
4月、新年度が開始される月。
カグヤは制服を着て、自分の入学した高校の校門前に立っていた。
自身と同じ新入生が、沢山自分の横を通り過ぎていくのを感じながら、これからの自分の学び舎となる学校を見つめていた。
これから3年間、自分の夢に対して大事な期間とはいえ、学生は学生。
自身の勉学も大事な為、これから通う事になる学校に対して、よろしくお願いしますと内心呟いてお辞儀していた。
「ハクト君達とは、週末早速集まる約束を立てたからそれまでは学校生活頑張らないと……」
夢と学業は別物。関係はあるかもしれないが、どちらも疎かにしてはいけない。
そうちゃんと割り切って、カグヤは校門を潜り抜けようとする。
別の学校に通っているだろう、チームメイトのみんなとは学業とは別の時に出会おうとして──
「──あ。もしかしてカグヤ? おはようー」
「──は?」
“何故白兎パーカーの少年が横にいる?”
「そっか、同じ学校だったんだ。この間会った時に学校名聞けば良かったね」
「え、は? ……え?」
「どうしたのカグヤ? とりあえず、先にクラス表見に行かない? 入学式まで時間あるし」
そう言って、こちらの混乱をよそに先に校門を潜って行ったハクト。
中々動き出さないカグヤに対して、途中で振り返り置いてくよー、と言う始末。
……というかあれだ。何故学校にまで白兎パーカーを来ているのだろうか彼は。
一応制服は下に来ているっぽいが、外套か。外套のつもりで来ているのか、あれは。
変わっていないにも程があるだろう、まさかそれで高校3年間過ごす気か、正気?
そんな感想が脳裏によぎりまくったカグヤだった。
とりあえず正気に戻り、慌ててハクトの後を追い出した。
彼は校舎の外に貼られていたクラス表を覗き込んでいた。
「……んー。アリスとキテツの名前は無いっぽいね、二人は別の高校っぽい。さすがにそこまで上手く纏まらないか。あ、でもカグヤと俺は同じクラスだね」
これからよろしく、とハクトは軽くこちらに言ってくる。
サラッと言った、軽い笑みと共に言った言葉がカグヤに届いて……
なんだこれ。
昔出会った約束した少年が。
たまたまこの間ぶつかって。
そして流れで一緒に大会に出て。
そこで目の前の少年が昔の約束通り夢を叶えた場面を見せられて。
そして更にその少年が、同じ高校で同じクラスでよろしくと言ってきた、と。
……何これ、夢の時間? あ、今夢に向かってるんだった。
そんな思考が浮かんで来て、思わずおかしくなって。
「あ、あは、あっははははっ!」
カグヤは心の底から笑い声を上げていた。この状況が本当にもうおかしくて。
その様子にハクトはびっくりしたようだけど、笑いが落ち着いてきたカグヤは息を整える。
「あはは……はーっ……よしっ!」
パンっと、自身のほっぺたを叩いて調子を取り戻したカグヤは、ハクトに向かって言い放つ。
これから3年間、自身の夢と、学校生活を共にする相方として。
「──ハクト君! こちらこそ、これからもよろしくね!」