とある一軒家、その庭。
その家が因幡ハクトの家であり、今いる場所だった。
「っふ!」
「甘い」
そこでハクトは、ある“青年”と組み手を交わしていた。
ハクトの蹴りを片手で受け止め、もう片方の手でパンチをしようとする青年。
しかしこの間キテツ戦を潜り抜けて来たハクトにとっては、回避する事はたやすい。その攻撃を首を傾けて簡単に躱した。
すかさず次の攻撃を繰り広げようとするが……
「足技多用するようになったけど、代わりに足元がお留守だ」
「うわっ!?」
ガッと青年に軸足を払われたハクト。
そのまま転倒してしまい、急いで立ち上がろうとしたところで鳩尾に足をおかれる。
負担にならないよう軽く抑えるだけにされているが、この組手の勝敗は既に決したと言っていいだろう。
「さて、と。お疲れ、ハクト」
踏まれた足をどかされて、青年に手を差し伸ばされるハクト。
それを遠慮無く掴み、素直に引き上げられる。
「いつつ……。ありがとう、”ケンジ兄”」
ハクトは立ち上がりながら、自身の兄……因幡犬仁イナバケンジに対して、素直にお礼を言った。
☆★☆
「あー、やっぱだめだったかー」
「前よりは強くなったな。けど警察官である俺からするとまだまだだ」
朝ご飯の準備をしながら、ハクトとケンジはそう会話する。
今日の当番はケンジなので、ハクトは軽く皿を並べたりなどだが。
以前からハクトは、今回のようにケンジに特訓を受けさせられていた。
純粋に不良達などに絡まれた際自衛の為にと、様々なトレーニングを積んでいる。
本当ならそもそも争いにならない事が一番だろうが、ケンジ曰くハクトは微妙にトラブルに巻き込まれやすい体質のため、力があるに越したことはないとの事。
お陰で基礎体力や体の動かし方など、一般人に比べたら遥かに高い。
この特訓のおかげでマテリアル・ブーツの初心者大会を勝ち抜けたと言ってもいいだろう。
「ふああ……おはよう、二人とも」
「あ、父さんおはようー。今ケンジ兄が朝ご飯準備中、今日ケンジ兄が当番だし」
「エンドウ、珍しく遅起きだな。昨日までのギア・ハント、そんなに大変だったのか?」
準備をしていたところ、寝室から二人の父、エンドウも起き上がって来た。
大きなあくびをしながら出て来て、まだ眠たそうなその表情からケンジが質問をする。
「ああ、まあな。今週行った遺跡が、やけにトラップ盛り沢山で殺す気満々のヤバイ場所で……ゴリ押しするにも一苦労だったな」
「結局ゴリ押したんかい、アンタは。その気になれば一切ミス無く慎重に進められるだろうに」
「まあ、今回“いつもの同業者”もいたし、そいつの相手をしながらだとなー。……あ、そうだ。ケンジ、今回見つけたヤバイギア。えーっと、どこ置いたっけな……」
そう言いながらエンドウは、部屋の隅に置いていたボロボロのリュックをゴソゴソと漁る。
お、あったあったとギアを一つ取り出した。
「ほい。目当てのものじゃ無かったし、お前にやる。“処分”は任せたぞ」
「はいはい、了解っと」
放り投げられるように渡されたそれを、ケンジはしっかりキャッチする。
一目確認したそれをポッケに突っ込んで、再び朝食の準備に移り始めていた。
「あー、そっか。父さんギア・ハンターだから、ギア結構見つけて来るんだっけ」
「ん? そうだが、何を改まって……ああ、ひょっとしてまた新しいギアが欲しくなったか?」
「いや、まあ……確かに、また別のギアを貰えるかもしれないなーって、ちょっと思った」
ハクトはちょっと頬を掻きながら、素直に思ったことを話した。
以前貰った【バランサー】は、とてもいいものだった。それこそ自分の夢を叶えるのにとても役立ってくれた。
マテリアル・ブーツを始めた今、ギアがとんでもなく凄いものだというのは身に染みて実感した。
だからこそ、その中でも普通じゃ手に入らないレアなギアを探している実の父の凄さが改めて理解し、そして目の前でレアなギアが手渡されている所を見て少し欲が湧いて来ていた。
「ははっ。まあ欲しがるのは無理もないが……“コレ”はダメだ。あまりに強力過ぎて、普通の奴に手に負えるものじゃない。俺が見つけてくるのは、大半がそんなヤバイやつだからな」
「こっちも、エンドウが見つけて来る奴を“独自のルート”で処理してるだけだからな。正直、そんなもの掘り返してくるなっていうのが正しいんだろうが……」
「ま、無理な相談だな。俺の目的には“とある種類のギア”が必要だから、それ見つけるまではなー。……というわけで、ハクトにそのまま渡せるギアは殆ど無い」
他のケンジに渡す必要の無い奴は、普通にどっかの企業に売って家の収入にしてるしなー、とエンドウは続けて言った。
それを聞いてハクトは、そっかーと素直に頷いた。
マテリアル・ブーツを始めたばかりの初心者である自分には、エンドウの見つけてくるギアは荷が重すぎる、という事なのだろう。
それ以外のギアも、家の収入に繋がっているとなればわがままは言えない。
やはり素直に、自分の小遣いの範囲で手に入れるのが一番か、とハクトがそう思っていると……
「ああ。でもこっちなら渡せるな、大量に余ってるし。ホレ」
「え? ……うわあ!? めっちゃジャラジャラある!? なにコレ、真っ白いギア?」
「おい!? これから朝ご飯だっつーのに、今テーブルの上に置くな!?」
代わりとばかりにエンドウがリュックから、真っ白いギアを大量にテーブルに置いた。
それを全部ハクトにあげると言う。
「“ブランク・リピートギア”だ。まだ未登録のやつだな」
「リピート? 確か、ギアの5種類の中の一つだよね? それのブランク?」
「ああ。“本人の肉体的動きを記録して、再現するギア”。場合によっては、別ギアを使う際の動きも記録できる。ハクト、確かお前いろいろな技を使って戦うんだってな? その技でも記録したらどうだ? 自分だけのオリジナルギアを作れて楽しいぞー」
「エンドウ。その前に、テーブルの上片付けて綺麗にしろよ……ウェットティッシュとかでちゃんと拭けよ、テーブル。ご飯なんだから」
へーい、と言いながらエンドウがウェットティッシュを探しにいく間、ハクトは渡された“ブランク・リピートギア”を纏めて別の場所に持っていった。
片付けが終わってハクト達が席に戻ると、丁度料理を作り終えたケンジが声を掛けてくる。
「“ブランク・リピートギア”の登録方法は、お前の友達にでも聞けばいい。今日どうせ会うんだろ?」
「あ、そうだった。今日4人全員で会って、チームでギアを買ったり揃えたりとか相談しようって話だった」
「ギア・ショップなんてものもあるからな、人目見てくるといい。ま、今はとりあえず、朝ごはんが先だけどな」
「うん。頂きます」
そう言って、ハクト達は朝ごはんを一緒に食べ始めた。
これが、イナバ家の日常風景──
☆★☆
「──え! これ全部“ブランク・リピートギア”!? 多く無いかしら!?」
「それほど値は張らないとは言え、数千円はするギアが40〜50個はあるとは……ある意味壮観だねえ」
「なあ、見てみて! コインピラミッド! 凄くね!?」
「キテツ君、ギアで遊ぶの辞めなさい」
お昼頃。
どこかのファミレスで待ち合わせしていたハクト達は、ご飯が来るまでの間ハクトが持って来た”ブランク・リピートギア”の話題を話していた。
カグヤも丁度このギアについて、ハクトに説明してあげようと思っていた頃だったから渡りに船だったのだが、そのギアの量に面食らっていた。
「はあー……これだけあると、結構な額になりそうだけど……本当に私達も使っていいの?」
「うん。せっかくだし、チームで共有してみんなで使おうと思って。その代わり、使い方後で教えてくれる?」
「ええ、勿論! 特にハクト君にとって役立ちそうだし、しっかり教えてあげるわ! けどその前に、色々ショップとかに寄りましょう。元々その予定だったし」
「卯月さん、確かギアとかブーツを販売しているショップとかに寄るんだっけ?」
「そうよ。ハクト君は初心者大会優勝したとは言え、施設とか手ごろなショップとかまだまだ知らないからね。そういう所を今日教えていくつもり。ついでに、私たちの戦術の摺り合わせもしておかないと……」
ドリンクバーでイチゴミルクを持って来ていたカグヤは、ストローでそれを飲みながらそう呟く。
あらかじめサービスを頼んでいたお陰で、飲み放題らしい。
「確か、もう明日には俺達のチームのデビュー戦が始まるんだよね?」
「そうよー。チーム、ムーン・ラビットの初試合よ! みんな、気合い入れてね!」
「つーかもう明日なのに、悠長にこうして駄弁ってて良いのかよ? ショップとかの前に、先に特訓とかやってた方がよくねえ?」
「だってみんな予定合わなかったもの、そんな時間無かったわよ。それに明日の大会はチーム戦用の初心者大会だから、このメンバーならそこまで慌てなくても大丈夫よ。元々チームの慣らしを兼ねた大会だし、むしろ明日が半分練習のつもりね」
勿論、やるからには勝つ気でやるけど、と追加でドリンクを飲みながらそう言ったカグヤだった。
しかし、今の言葉に気になる点が。
「……ちょっと待ってカグヤ。今“初心者大会”って言った? 俺たち全員、あのカラーさんって人に出禁食らってなかったっけ?」
忘れもしない、ソロトーナメントの表彰式の時。
あの大会でランク2だったメンバー全員が、カラーさん主催の初心者大会は出禁を宣言された出来事。
今度はチーム戦とは言え、それも当然出禁の範囲に入る大会かと思ったが……
「大丈夫。今度は“主催者違うから、制限には引っかからない”わ」
グッと親指を立てて宣言された。ちょっと。
「カグヤ、それは……」
「セコっ!? セコくねえかそれ?」
「ちょっとそれは、僕もどうかと……」
「大丈夫だから! 初心者大会って言っても、”チーム戦初心者”って意味だから、十分私たちに当てはまるから! 別にルール違反でも、マナー違反でも無いわ! 今度の大会には、ランク2の人も結構参加するんだから!」
全くもう、失礼しちゃうわ! とプリプリ起こりながらカグヤはそう言う。
それならまあ、とアリス達も納得したところで。
「そもそも、そんな油断してると逆にこっちが足元救われるわよ。特に、アリス君にキテツ君。またハクト君みたいな初心者にメタ貼られたり、思いも寄らない戦術で負けちゃうわよ」
「そうそう白兎みたいなヤバいやつと出会う事は無いと思いたいんだが……」
「痛い所だけど、それrank3経験者で負けた君が言うかい?」
「私が負けたのは、rank2だったしー。初心者じゃ無かったしー」
そう目を逸らしながら、カグヤはドリンクを飲み続けていた。
とっくに飲み終わって、ストローがズズズ、と空っぽの音を立てていたが。
「それに言っておくけど、ルールも根本的に違う部分あるからソロトーナメントの時とは別物よ。特にハクト君には、少しキツイかも」
「え、なんで?」
「チームの立ち回りの慣れとか色々あるけど、まずソロトーナメントとの一番大きな違いは“HP1000”になる事よ。寧ろこっちが基本ルールなんだけど、HPが増えた事で相対的にハクト君の攻撃力が物足りなくなるの」
「そっか。ソロトーナメントの時はHP半分だったから、イナバ君の攻撃力が低くても十分脅威だったけど、HPが多いとそれほど怖く無いね」
カグヤの言葉に、先にアリスが納得したようにうなづいていた。
確かにハクト自身、他の3人の攻撃力が自分より高かったせいで苦労した覚えはあるが……
「けど、俺もラビットバスターや、ラビットスタンプで十分火力は出るようになったと思うけど……」
「けどそれ、どっちもダメージ与える条件が少し厳しく無いかしら? 壁際だったり、相手も一緒に打ち上げてたりと。仮にハクト君の【インパクト】で位置を調整してたとしても、その分Eも使うでしょ?」
まあ確かに、とハクトは頷く。
実際カグヤにトドメを刺した時なんて、【インパクト】を5、6発は連打してた筈だった。
あの状況を再現出来れば良いが、ネタバレした状態で素直に相手が捕まってくれて、持ち上げられるとは少し考えづらい。
「次の理由なんだけど、HPが多くなったために試合が比較的長期戦になりやすい事ね。そうなるとE切れが多くなるし、しかも多人数戦だと一人の隙は集中狙いされやすいわ。多分ハクト君【インパクト】切れた時、下手したら相手チーム4人がかりで集中狙いされるわよ」
「あー、それはちょっときついかも……」
ハクトは言われて、想像してみた。
アリス、キテツ、カグヤの3人に、更に追加で同レベルの実力者一人、計4人がEの切れた自分に対して襲いかかってくるイメージ。
……うん、無理だ。
「しかも、ハクト君は“一つのギアを使いこなす”のは得意でも、“複数のギアを組み合わせて使いこなす”のはまだ殆ど未経験の筈よ。rank2に上がったばかりだから、戦術が広がった代わりに、逆に広がり過ぎて使いこなせないパターンもあり得るわ」
「でもさー。ハクトrank2になってスロット2つ増えてんだから、単純に【インパクト】複数積みとかでも良いんじゃねーの?」
オレみてーに。それならE切れも起こしづらいし、ハクトも考える事少なくて楽じゃねーの?
っと、そうキテツは案を出したが……
「そうね、それも一つの答えね。でもそれは、一つの対策さえすれば完封される恐れもある。それはハクト君に対して、メタを貼ったキテツ君の方が理解してると思うけど?」
「あー……まあ、そうだなあ」
と、カグヤに反対意見を出され、何も言えなくなった。
実際にメタ戦術を取ったキテツ自身、カグヤの言葉が正しいと実感してるのだろう。
「……とまあ。色々言ったけど、まだまだハクト君にも心配事は盛り沢山なのよ。そしてそれは、私達も同じ事。だからまずは、チームとして戦って見ないことにはね」
「うん、よく分かった」
「と言っても、だからと言って事前準備を手抜きするつもりもないわ。だからこそ、これからギア・ショップとかに言ってギアを揃えたり、私たちのチームに足りない部分があれば補充する。まずは色々知る事。……それじゃあ、料理も来たし食べましょうか。後のことは、まずは料理を食べてから」
ムーン・ラビットとしての初活動はそれからよ、とカグヤは締めた。
それから各自、自分達の頼んだ料理を美味しく食べ始めた。
これからの活動を、楽しみにしながら。
これがハクト達、ムーン・ラビットとしての最初の始まりだった……
★
ハクトの父親。今回ブランク・リピートギアを大量に贈与。
まだまだ沢山持ってるらしい。
★
ハクトの血の繋がっていない兄。エンドウが昔拾った。
警察官なのに、こっそり“副業”をやっているらしい。その副業にエンドウが大きく関わっているとのこと。
結果的にヤバイギアを大量に扱ったことがある。