バルバラが裁判劇を始め、セイン王子への追求から始めた時、俺達はまず、第三側妃セレジュ(と思われる)遺体を裏に運び、帝都から派遣されていた医師に検死を頼んだ。
その医師だが。
遺体のあちこちを見たり、触診する都度、次第に表情が曇っていく。
「如何致しましたか? トルツ先生」
ゼムリャが訊ねる。
「うん、どうもこの女性は毒だけで死んだという訳ではなさげだね。でも毒は必要だったと見える。ほらごらん」
ゼムリャは「あ」と声を上げた。次第にセレジュ妃(と思われる)女性の顔色がどす黒く変わって行く。
「これは毒のせいですか」
「顔を変化させる毒自体は、死亡原因じゃないよ。むしろ、毒によって身体に急激な負担がかかったことで、もともと弱っていた身体に最後の一撃がかかった、ということだ」
「弱っていた身体?」
「手を貸してごらん」
手を出す。
すると医師は彼女の手を遺体の胸に触れさせる。
ゼムリャはびく、と震えた。
「……先生!」
「うん、君の様な素人でも触れれば判るだろう? 体中がこんな感じだ。胸は特に分かり易い。正直、ここまで内部のできものが広がっていた人間が、あれほど勢いよく人の頬を叩くことができたなんて、凄まじいと思う」
その手も、とてもセレジュ「妃」のものとは思えない。骨と皮ばかりになっている。
「隠したのは正解だな」
顔を潰す毒で最後の一撃を自身に食らわせた女。
これはセレジュ妃ではない。あの時の。
バルバラとの一局を背後からの指示で打たされた女だ。
詳しい検死の必要は無い、とトルツ医師は言った。
「毒は、このペンダントに残された粉末から特定できる」
頼むよ、と連れてきた部下にそれを渡す。
了解です、と部下も答える。
「遺体をどうするかはまだ決めようが無いから、氷室に保存するがいい」
「判りました」
そう言って俺はマスリーにその移動を頼んだ。
氷室と厨房は密接な関係がある。
既に厨房には「辺境伯令嬢の特別命令」が飛んでいるはずだ。
パーティの支度が終わってほっとしているところに、次はこの先しぱらく泊まり込みさせる貴族達へと分ける食事の用意の計画も。
そう、宮中各部署はバルバラの宣言を始まりの合図として、集結させた表裏全員の手により、掌握されつつあった。
いや、手はずそのものはそれ以前からじりじりと進めておいたから、この時は、最後の一押しをしただけだ。
舞台ではバルバラがセイン王子に、彼の「辺境伯領」への認識を直接訊ねていた。
それは彼のきょうだいも、友人も、うすうす気付いていたが、どうしても決め手となる質問を怖くてできなかったことだ。
セイン王子は言った。
「我が国は帝国と友好な関係を結んでいて、向こうに常に一定の人数官吏を置き、そして友好の印にこちらからも向こうからも使者を通して贈り物がある関係と聞いている」
これは帝国との対等な関係を意味している。
彼は自国が属国であるという意識が無い。