その日、その時がやって来た。
招待された貴族達が全て集まり、王家の人間達がそれぞれの席についた時だった。
まず主役の王子の挨拶があった。
「皆には俺の成人の誕生祝いに来てもらって非常に嬉しい。今後も国のために一層の努力と研鑽に励んでいきたいと思う」
そこまでは良かった。
成人した第一王子の姿勢としてはごくごく当然の抱負と言えよう。
ところが。
彼はつ、と手を挙げた。
すると人々の中から、昔ながらのドレスを身につけたマリウラ嬢がしずしずと裾を引いて現れ、その手を取った。
周囲はざわついた。
この時点で、彼女との仲を危惧する声は既にあちこちから飛んでいた。
王子自身の耳にも届いていたろう。
何せ二年近く、じわじわとだが、人前で二人で居る時間を増やしていったのだから。
王子からすれば、その方が次第に二人で居る姿が相応しく見えるから、とでも思ったのだろう。
実際マリウラ嬢の姿は、普通の時ならば、実に良い相手に見えただろう。
だがこの時のセイン王子の立場は普通ではない。
彼は想い人(と彼が信ずる)女性の手を取り、訓練されたであろう、よく通る声でこう一気に言い放った。
「俺は自分の婚約者は常々自分で決めたいと思っていた。だが三年前、唐突に辺境伯令嬢との婚約を命じられた。俺はそもそもこの婚約には反対だった。前々から辺境伯ごときの娘が俺の婚約者というのが気に食わなかった。俺の下の王子達の婚約者は皆公爵か侯爵の令嬢だ。なのに何だ、辺境伯の娘とは! 礼儀も何も知らない、皆見てみろ、このパーティにおいてすら、相応しい装いもして来ないとは!」
ああ止めろ、誰か王子を止めてくれ、というざわめきが上がりつつあった。
だが王子はその思いを見事に裏切った。
「もう勘弁ならない! バルバラ・ザクセット! お前とは婚約破棄だ!」
場の空気が凍った。
「とうとう言ってしまったか」
「何ってことを」
「そこまで馬鹿だとは想わなかった」
「せめて側妃候補にする、程度なら良かったものを……」
そんなつぶやきがあちこちから漏れていた。
そしてその上で、セイン王子はこう付け加えた。
「俺はここに、マリウラ・ランサム侯爵令嬢との婚約を宣言する!」
俺はその日待機していた「表」に合図を送った。
活動開始だ。音も立てず、彼等は次に始まることへの用意に手をつけた。
背後で音ががたがたとし始めていたが、目の前の王の怒声、そしてセレジュ妃――と思われる女性の姿に、皆釘付けになっていて、俺達が次の舞台を用意しつつあるのには気付いていなかった。
そしてバルバラが宣言する。
「この場をもって、皇帝陛下の代理人、帝室派遣官バルバラ・ザクセットはチェイルト王家における裁判を始めます」
普段とは違った丁寧な口調。
あえてぶっきらぼうな故郷の通りの話し方をしてきたのだ、とばかりに彼女は丁寧な口調になる。
セイン王子は崩れ落ちる「母親」の姿に気が動転しつつも、バルバラの宣言にそれでも反論しようとしていた。
マリウラ嬢はセイン王子よりは冷静だった。
むしろ表情には微笑が混じっていた。
さて舞台の始まりだ。