こちらです、と言われて俺とバルバラは「表」の一人と共にとある王宮の隙間に向かった。
「ここからだと死角になります」
「うん」
では、と案内した「表」の一人はまたあちこちに向かった。
ちょうどセイン王子とマリウラの逢い引きの現場を見つけた、ということで確認できる場所まで来たのだ。
――既にここにやってきてから三年近く経っていた。
その頃にはもうずいぶんと二人の仲は深まっている、とライドの報告もあった。
そして現場がちょうど見つかったので、俺達は出歯亀をしに行ったのだった。
じわじわと広げた網に様々なものが引っかかってきていた。
そこから次第に一つの結論も出ていた。
あとは決定的な「場面」だ。
それをいつにするか、なのだが。
死角から斜め向こうに見える二人の会話は、ぎりぎり聞こえる。
というより、全くこの二人、秘めていないのだ。
ただ俺達の前ではそうしない。
見せつけるというのは恥ずかしいと思うのか、それとも見たくない、というセイン王子の俺達に対する嫌悪感なのか。
嫌悪感。
そう、確かにセイン王子の言動には、確実に俺達に対するそれがあった。
「辺境伯『なんて』という言葉がちょいちょい吐かれました」
ライドはそう報告してきた。
友人同士の無意識の、無造作な言葉は大切だ。
「自分達の誰も辺境伯『なんて』という言葉は出ません。そんなこと言ったら、皇帝陛下の怒りを買うに決まってます。なのに、一国の、しかも帝国の属国である我が国の王子たる自覚があるのか、自分にも、友人達にも疑問が湧くのです」
そう言っているライドは、近々帝都のアカデミーへの出発が決まっていた。
「政治も勉強しますが、帝都で最新技術を学びたいんです。できれば、もっと速く移動できる手段とか……」
「夢を持つのはいいことだ」
バルバラは答えた。
「令嬢の夢は何ですか?」
「私か? 私の夢は、熊の嫁になることだ」
背後で聞いていた俺はぷっ、と吹き出した。
そのためにもとっととこの案件を綺麗に片付けなくてはならない。
皇帝陛下がこちらに預けたということは、元凶からの根絶を意味している。
そしてあの現実主義で倹約家の陛下は、帝国本土への被害が少なければ良い、とばっさりだ。
さてこの時点で、既に様々なことが明らかになっていた。
まずそこに居るマリウラ嬢の出自。
ランサム侯爵を名乗る男の正体。
デターム氏の麻薬ルート。
関与しているだろうセレジュ妃。
そして何と言っても、何処か狂わされているセイン王子。
「俺は決めているんだマリウラ、あの様な辺境伯などという低い身分の者ではなく、きちんとした侯爵家の令嬢である君を俺は妃にしたいんだ」
それまでも無論あちこちそれらしい言葉は吐かれていたのだろうが、今一つこれ、というものは無かった言葉。
明らかに、辺境伯を「低い身分」と誤認していること。
この国の侯爵家よりずっと低いと見なしていること。
そもそも帝国の一部であると思っていないことが、ようやくはっきりした。
「まあ、私のためにそんなにまで……」
「近々俺の誕生パーティがある。二十歳のそれは成人の祝いとして、殆どの貴族が集まる。そこであの田舎者との婚約の破棄を宣言し、君との仲を公にしよう」
「ああっありがとうございます」
マリウラ嬢の声は真に迫っていた。
迫ってはいたが、本気ではない。
客観的に聞けば。とても上手いお芝居だ、と俺もバルバラも感じていた。