ラルカ・デブンはランサム侯爵としてやってきたいきさつを話した後、領民からの訴えがあった、ということを聞いて「ほぉ」という顔になった。
訴えはあった。
と言うか、「裏」を使って出させた。
ただしその内容は違う。
かつての侯爵様が井戸から遺体で発見された、一体あの方々に何が起こったのか、おいたわしい、あの方々は良い方だったのに、何とかこの犯人を突き止めて欲しい、というものだ。
半分は正しい。
半分は異なる。
この場では前侯爵が遺体で見つかった、ということは公にしていない。
そしてデブンは手を下していない。
では誰か。
そこはこの場では判らないことだった。
いや、あの場に残っていた、侯爵家以外の遺体の服に残されていたもの。
それがセレジュ妃の実家の分家――今回発言した侯爵家が領地を引き取る前に継いでいた家の者だと判明した。
その人物が行方不明になっていることの裏付けは出来ている。
ただそこからは手詰まりだった。何故その人物がそこに居たのか。
いや、推測はできる。
その人物が誰かと仲間割れして殺された。
それがまあ妥当な線だ。
主犯の見当は付けやすい。
共謀したのではないか、と思われる伯爵家の分家筋の男は行方不明となっている。
だがそこを突っ込むと、まず、その前の伯爵夫妻、セレジュ妃の両親はあまり時間をおかずに亡くなったのかという疑問が生じる。
無論これも後で事実は判明するが、その辺りもまだこの時点では判明していなかった。
ともかくバルバラは次にマリウラ嬢に問うた。
彼女は潔かった。
自分が純然たる色仕掛け要員だということもきっぱりと断言した。
するとセイン王子ときたら。
彼はこの様に誰かに騙されたということが全く無いのだろう。
呆然唖然という言葉が全くもって当てはまる表情だった。
ただでさえ、自分がどうしようも無く間違った知識を植え付けられていた、しかもそれが自分の最も信頼する教師からだった、ということに衝撃を受けているというのに、更に追い打ちを掛けられている。
伯爵家以下の場所から彼を眺めている取り巻き達も、友人の不幸――そう、これは本当に不幸とか言い様が無いのだ!――にため息をつくしか無い様だった。
この件についてセイン王子は被害者なのだ。
バルバラに宜しくない態度を取るにしても、こちらとしてはある程度予想できていたことであるので痛手は無い。
むしろ彼としては、誤った知識の常識の中、どんどん訳の判らない状態になっていったということだろう。
自分に相応しくない(と考えている相手)は自分以外のきょうだいや義母達とどんどん仲良くなり、無礼な動向でも何も言われず、かと言って自分が嫌味を言ったとしても動じなかった。
友人達まで心配していた。
そしてこの場では実の母(と思い込んでいる女)は自分の前で死に、父から散々なじられ、何と言っても純粋に彼としては好み愛した女が、淡々と愛していない、色仕掛け要員だった、と言い出す始末。
王子としてだけでなく、男としても、息子としても、気持ちが壊れてしまってもおかしくないところだ。
そもそも基本は素直な青年なのだ。
なのに、一つ強烈に刷り込まれることでこうなるとは。
俺は教育というものの恐ろしさを感じた。