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第57話 供物の真実

【8月1日 告白:塚原 祐介】


「まず、最初の事件から振り返ろうか。西崎、彼は手足を拘束の他に目と口、更には耳を塞がれた状態で道路に寝かされた。その上で右足の親指を切り取られ、トラックに轢かれた。結局、彼の意識は戻る事もなく、更に手足がどうしようもない状態で……両手足切断。もうサッカーは出来ない芋虫状態の身体になった、と」

 優姫は何の感情も籠っていない冷たい言葉を淡々と並べる。優姫にとっては西崎の事などどうでも良いのだろう。

「は、は? は? 杏奈は女だぞ? ……西崎をどうやって拘束するんだよ? 抵抗されるに決まって……るだろ、なに言って」

 俺は震える声で必死に訴える。そうだ、杏奈がそんな事をするわけがない。出来る訳がない。

 いくら精神に異常があったにしろ、あの杏奈にそんな残酷な真似が出来る訳がない。俺は自分に言い聞かせるように心の中で唱えた。


 すると、それを聞いていた優姫は静かにセーターのポケットから何かを取り出し、俺の目の前にぶら下げた。


「これ、なーんだ?」

 それは、日常生活ではまず見かける事のないもの。

 しかし、現物を見れば大抵の人間はすぐに理解するだろう。これが、人を気絶させるための道具であるという事を。

「スタン……ガン?」

「そう、あんちゃんの部屋にあったんだ、これ。これを使えば別にあんちゃんが西崎さんを倒す事も可能でしょ? ちょっと色目を使って油断させる事だって……出来るでしょ? だって、あんちゃん可愛いから!」

 優姫は二カッと可愛らしい笑顔を浮かべ、冗談っぽく言う。しかし、それに対し俺は現実を受け入れられなかった。

 杏奈の部屋から、スタンガンだと?

「は、はは……たまたまだろ……そ、そうだっ! それは防犯用に買ったものなんだっ! 杏奈は可愛いからな! はは……」

 杏奈は可愛いから防犯のために持ち歩いてたんだ、きっと。街を歩いているとよく芸能事務所にスカウトされるって言っていたし、きっとそうだ。

 俺は自身を納得させるように何度も何度も心の中でそう呟いた。


「……ゆうちゃんの往生際の悪い所も……やっぱり変わってない……か。昔からゆうちゃんの事は好きだけど……そういう所も昔から嫌いだった」

 すると、さっきまでニコニコしていた優姫の表情が一瞬で暗くなった。まるで感情の無い人形だ。

 そして、その表情を浮かべながらまたセーターのポケットに手を入れ、何かを取り出した。それを見て俺は背筋に冷や汗が流れた。

 優姫の手にあったのは……中に少量の液体が入った瓶だった。


「な、なんだよ、その瓶……」

「じゃあ、これはなんだろうね。今はほとんど中身は入っていないけど……これ、硫酸だよ」

「硫……酸」

 その一言で全てが繋がった。

 そうだ……硫酸、その薬品で峰岸の顔面は見るも無残な状態にまで破壊されたのだ

「硫酸……あ、そういえば峰岸さんの顔を醜く溶かした薬品も硫酸だったね? ……これもあんちゃんの部屋にあるのは……なんでだろうね? これも偶然なのかな?」

「そ……それは……それはっ! それは!」

 繋がってしまった。杏奈の部屋にスタンガン、硫酸……偶然で片付くわけがない。

 けど、認められない。杏奈が……杏奈が2人をあんな目に遭わせただなんて。


「うわああああああああああ!」

 俺は優姫から瓶を奪い取り、それを思い切り床に叩きつけた。瓶は派手な音を立てて粉々に砕ける。

「はぁっ……あ……はぁ……っ!」

「……それで、まだ信じられないかな? もっと見たい? あんちゃんがやったって証拠。それとも、まだ現実から目を背けて逃げ続ける?」

 優姫は少し呆れた様な様子だった。

「杏奈は……杏奈は! そんな事する妹じゃない!」

「っはーっ……相変わらずゆうちゃんはシスコンだよね……それ、本当……10年前から殺したくなるくらい不愉快で大嫌いだった」


 今度は人形の様な無表情ではなく、憎しみが全面に出された表情を優姫が浮かべた。

 般若のような、怨念を感じられる恐ろしい表情だ。


「それじゃあ……これを見てもまだ信じられないかなぁ。それ、ご両親の祭壇に供えられてたよ。中身を見てごらん」

 そして、そんな俺に対して優姫が手荒に床へ投げ付けた2つのモノ。白い包装紙に包まれていて、一見和菓子の類に見える。和彦から貰ったお土産の和菓子を杏奈はよく両親の祭壇へ供えていたから、投げつけられたソレはその和菓子だと俺は一瞬誤認した。


 しかし、それは和菓子などではなかった。白い包装紙の内側から、赤黒い液体が漏れ出しているのがはっきり認識出来る。

 俺は最悪の想定をしながら、その赤黒く汚れたモノを拾い上げ、包装紙の封を解く。


「……うッ……」

「紛れもなく……それは人間の足の親指と、唇だよ」

 俺は目の前の光景と、その肉片から漂う腐臭に耐え切れずにその場で嘔吐した。

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