【8月1日 教祖:塚原 祐介】
「カッコよく言うと、教祖かな? 表舞台には出てないけれど、繋命会の創始者・教祖はボク。そして、繋命会に杏奈ちゃんを誘ったのもボク。全ては……ボクが仕向けた事なんだ」
優姫は笑顔を崩さない。
まるで、マジックの種明かしを子供が得意げに明かしているみたいに、はしゃいだ様子で話を進める。
「最初は兄さんが渡している和菓子のお土産の中に繋命会の資料を忍ばせておいた。そこからも、定期的に資料を投函したり、信者からも直接勧誘をして……3ヶ月後くらいかな、あんちゃんから連絡があったのは。入信したあんちゃんは、すぐにボク達の思想に共感してくれたよ。ゆうちゃんが言うように、こんなオカルト染みた教えを盲信するくらい、あんちゃんの心はもうとっくに壊れていた」
そんな事、俺は一切知らなかった。杏奈がそんな宗教から勧誘を受けていたなんて。俺の知らない所で杏奈はずっともがき苦しんでいて、救いを求めていたなんて。
そして、杏奈は心の拠り所として、こんなふざけた宗教に救いを求めた。そういう事なのか。
「最初はご両親の祭壇へ虫の死骸を供える事から始まった。そこから犬の耳、猫の首……あんちゃんは更に強い御利益を求め、祈りと供物の献上を続けた。そこからしばらくしたら、あんちゃんは嬉しそうに教団に報告してくれたよ、『最近、お兄ちゃんと話す回数が増えた』『お兄ちゃんが笑う回数が増えた』『お兄ちゃんが部活で活躍出来るようになったって』ね」
「そんなもの……」
「うん、残念ながら気のせいだろうね。ただ、あんちゃんがそう信じたかっただけ。自分の行いが役に立っている、ゆうちゃんを幸せに導いてるんだって。人は何かしらの役割がないと、不安で仕方がないからね」
冷静になって考えれば、誰にでも分かる。こんな行いに意味などない。だが、そんな判断すらまともに出来ないほど杏奈の心は既に壊れ、狂っていたという事だ。
一緒に暮らしているだけでも心の傷は癒え、俺達は幸せに過ごせていると思っていた。だが、それだけでは杏奈の傷は癒えてなどいなかったのだ。癒えるどころか、その傷は更に深いものとなり……今回の事件に至った。壊れてしまった人間が、そんな簡単に元通りになる訳がなかったのだ。
杏奈は幸せ……それは、俺が都合良くそう解釈していたに過ぎなかった。
「でも、これは全てゆうちゃんの為だよ。邪魔者を排除し、その邪魔者の一部をご両親への供物にする。そうする事でご両親は喜び、神様からあんちゃんとゆうちゃんへ御利益が還元される……そう信じていた……まぁ、そう信じ込むように仕向けたのはボクなんだけどね」
そして、それらの事件の裏で糸を引いていたのは……10年前、行方不明になっていた幼馴染の優姫。
なぜ優姫がこんな事を? 子供の頃から一緒に育ってきた間柄の杏奈を洗脳し、凶行に駆り立てた? 何の為に?
杏奈だけじゃない、目の前の優姫も完全に壊れ、狂ってしまっている。
優姫の笑顔は、全く変わらない。
「どうして優姫がこんな事をって、思っているよね。安心して、ちゃんと教えてあげるよ、ゆうちゃん。ボクが……10年前のあの夏から今日まで、どんな想いで生きてきたか。何のために生きてきたかを」