【8月1日 黒幕:塚原 祐介】
「さっきも言った通り、10年前にボクは糸田 浩二という男に誘拐され……地獄を見た。そして、ボクが糸田から解放されてすぐに接触してきたのは、糸田の議員の父親だった」
優姫の口から聞き覚えのある名前が発せられた。
糸田……優姫を誘拐、監禁して優姫の身も心もぶち壊しにしたろくでなしの名前だ。
「奴は事件を隠ぺいさせてほしいと数千万の大金を持ってボクたち家族に泣きついてきたんだ。当時は議員として大事な時期だったらしくてね、事件をどうしても表に出したくなかったらしい」
つまり……糸田は莫大な金で被害者一家を口封じした。
少し前にも優姫から話の大筋は聞いていたが、何度聞いてもふざけた話だ。
「それで……おじさんとおばさんは……金を受け取り、事件を表に出さなかった」
優姫の両親……俺は昔からおじさん、おばさんと呼んでいた。子供のころからよくお世話になった人たちだ。
最近は2人とも仕事が急激に増え、会う機会もほとんどなかったが。
「もちろん、お金を受け取ったよ。その数千万で事件を一生涯表に出さないと糸田の父に約束した」
「おじさんとおばさんは……金で無かった事にしたのかよ……実の娘が苦しめられた事件を!」
「うん。当時のウチの家業は相当苦しくてね、ボクたち家族が生きるにはお金を貰うしかなかった。今でもボクの両親の判断は間違ってなかったと……思う。そのお蔭で2人とも今は立派な経営者だしね。これからも糸田の資金援助を受けながら商売を続けるんだろうね」
優姫は長い睫毛を悲しそうに伏せ、静かに言った。
……嘘だ。本当は優姫も両親を信じていたはずだ。金と自分なら……きっと娘の自分を選んでくれるだろうと。
しかし、無情にも優姫の両親は金を選んだ。金で事件を明らかにする事を諦めた。
「でもね、そんなに悪い話でもないよ。精神病院の治療を受けてから糸田を秘密裏に刑務所に入れるって約束も追加されたんだ。恐らくあと5年は出てこれない約束」
糸田の父はあくまで事件を表に出さない事を求めていて、息子の罪はしっかりと償わせると言ったらしい。
だが、自分の受けた苦しみが世間においては無かった事、存在しなかった事にされてしまうのを許せるはずがない。俺なら、絶対に許せない。
「でも……なんでそんな奴の事を許したんだよ! そのせいでお前はっ!」
「それだけじゃない……ボクはお金や懲役の他にもう1つ、糸田の父に要求をした事がある」
優姫は取り乱す俺の肩に手を置いてゆっくりとそう言った。
「まさか……それが」
「そう。その要求は……繋命会の設立。宗教法人化するにあたっての手続きやら手回しは全て協力してもらった。更に糸田は警察にもパイプがあったからね、犯罪被害者をメインターゲットに信者を効率良く増やす事も出来た」
その時、優姫が人形の様な冷徹な笑みを浮かべた。俺はそれを見て一瞬で背筋が凍った。
かつて、杏奈が同じような笑みを浮かべていた事を思い出して戦慄する。
「何の為に……お前は、そこまで」
「何の為? あんちゃんと同じで、全てはゆうちゃんの為だよ。ゆうちゃんを『壊して』、ゆうちゃんに『愛される』為の計画……」
優姫は先ほどの冷徹な表情をすっかり忘れ、おとぎ話を語る無邪気な少女の様な笑みで話し続ける。