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第67話 復讐

【8月9日 復讐:倉田 和彦】


「パパは遅いんだよ! 早く帰りたいの!」

 肥満体の中年男は子供のように駄々をこねる。よく見ると服装も子供っぽいシャツとハーフパンツだった。

「おいおい……警察署を見たいと言って付いてきたのはお前じゃないか。しかもまだ5分も経ってないのに……」

「もう飽きたんだよ! 帰りたい!」


 この醜い男こそが、優姫を苦しめた張本人……糸田 浩二なのか。直接この目で見るのは初めてだ。

 汗にまみれた肥満体、外見から判断するに40代前後……この男に、優姫は……優姫は全てをぶち壊されたのか。

 そう考えるだけで怒りで体内が激しく沸騰しそうになる。今すぐ、この男を殺してやりたい。


「全く……じゃあ、我々はこの辺で失礼しま……」

「……待てよ」

 糸田議員が糸田 浩二を引き連れて部屋から出ていこうとする。しかし、俺は当然それを逃さない。

 今、ここで逃したらこいつらと出会うチャンスはもうないだろう。

「……なに、こいつ? パパの知り合い?」

 俺の呼び止めに対し、浩二が不快そうな表情を浮かべながら睨んでくる。

「ああ……それはな、浩二……」

 それに対し、糸田議員は面倒臭そうな表情を浮かべ、口を濁らす。

「お前……何で平然と外を出歩いてる……お前はまだ、刑務所の中にいるはずだろうが!」

 そう。こいつは本来なら外の世界にいるはずがない。何故ならこいつは……約束通りなら余罪含め12年の実刑が課されていると聞いていた。

 糸田の父親とその約束をしたのが7年前。つまり、糸田 浩二はまだ刑務所で罪を償っていなければならないはずなのだ。


「はぁ? 刑務所? パパ、こいつ何言ってんの?」

 だが、浩二は訳が分からないというような顔を浮かべた。本当に自分のした事の異常性を分かっていないのか。

「おい、糸田! お前、7年前に言ったよな? 余罪含め最低でも12年は刑務所にぶち込むって! なのに……何でお前の息子がここに……」

 俺は机を叩いて糸田議員に詰め寄る。これでは7年前の約束とまるでと違う。まさか、今までずっと浩二は外で何不自由なく暮らしてきたのか。

 俺や優姫が苦しんでいるときも、ずっと。


「ねぇ、こいつさっきから訳分かんないんだけど! パパ!」

 浩二が糸田議員の方に振り返る。

「えーっ……それに関してだが」

 糸田議員はやっと重々しく口を開いた。

 できれば説明したくない、とうのが糸田議員の本音だろう。

「私の息子である浩二はね……どうやら『心の病』なんだそうだ。刑務所に入れる前の精神鑑定で判明した。つまり……懲役12年の件は無かった事に……ね」

 俺は耳を疑った。 

 精神鑑定? そんな形上のデータだけで、この男の罪は消えてなくなったのか。許されたというのか。法が許しても、俺はこの男を絶対に許さない。許してたまるものか。

「精神鑑定……だと? ふざけるな!」

「あ、その話かぁ! そうそう! 僕さー、心が病気でさぁ、それが国に認められてるんだよね~」

 精神鑑定という言葉で浩二は自分が無罪になった経緯を思い出したらしい。まるで、他人事のように興味無さげな態度。

 今、俺は確信した。この男に反省や懺悔などといった微塵も無い事を。そんな感情を持ち合わせない、哀れな家畜だという事を。


「それで……お前は無罪放免……今まで平然と暮らしてきたってのか……」

「……で? お前に関係ある? 国が無罪だって言ってんの、分かる?」

 不貞腐れたような表情。

 もう、こいつが更生する事など無い。屑は、死ぬまで屑のままなんだ。どうせ精神鑑定の結果も、父親が裏で手を回したに違いない。

「……あるさ……お前が弄んだ優姫の兄だからな」

「優姫……? うーん、そんな子いたっけな……忘れちゃったなぁ~」


 そうだ。こいつにとっては優姫は手持ちの玩具の中の1つにしか過ぎない。優姫が死んだと知っても、こいつにとっては玩具が1つ壊れたくらいの認識で、また新しい玩具を『誘拐』してくる。

 そうやって、こいつはずっと『遊び』を続けてきたんだろう。その度に父親が金と権力で真実を捻じ曲げてきた。


 この親子は、狂っている。

 そして、俺は決心した。この親子に、今ここで制裁を加えると。


「……そうかよ、忘れたのか」

 それなら、こいつの中に一生消えない『トラウマ』を残してやろう。死ぬまで一生付きまとう、呪いを俺がかけてやろう。

「……じゃあ、身体に覚え込ませなきゃな」

「……は?」

 糸田議員も、浩二も、2人とも俺の言葉が理解できていないような表情だった。

 俺は勢いよくパイプ椅子から立ち上がると、浩二の前の糸田議員を壁の方へ突き飛ばす。

 糸田議員の老体は俺の暴力に成す術も無く部屋の隅に吹き飛ばされる。糸田議員は衝撃で思い切り壁に頭を打ち付け、それからピクリとも動かなくなってしまった。


「パパぁ!」

 浩二が父に駆け寄ろうとするも、俺は浩二の腹に思い切り膝蹴りを叩き込む。

 贅肉だらけの腹だったが、俺の膝は確実に浩二のアバラをへし折っていた。


「ぐあああああああああああああああ! 痛いっ! 痛い! 痛いよぉ!」

 転げまわる浩二を強引に押さえつけ、俺は浩二の上に馬乗りになる。

 身体は大きいが、そのほとんどが脂肪の為か反撃の力はほとんど無かった。

「お前が優姫から奪ったもの……まず1つ返してもらう」

「っぐぅ……お前! 一体、何を……っ! 離せ! 離せ、おい!」


 俺は浩二の問いには答えず、自分の親指と人差し指を浩二の左目の眼球の上に置く。

 そして、徐々に力を込めていく。

 粘膜の中を親指と人差し指は徐々に奥へ奥へと進んでいく。浩二がうめき声を上げながら抵抗するが、それでも指に力を入れ続ける。

 そして、2本の指が浩二の眼球を完全に捕らえた感覚を覚えた。

「痛い! た、助けてパパぁ! あ、ああああああああああああ!」

「とりあえず……お前の左目を貰ってやる」

 まずは、こいつが奪った……優姫の左目を取り戻す。こんな屑の目なんて抜き取っても何の価値も無いが、握り潰して『供物』にするくらいの価値はあるはずだ。


「優姫……よく見ててくれ」

 俺は小さく呟く。

 そして、俺は浩二の眼球を体内から思い切り引き抜いた。何かが千切れるような嫌な音がしたが、そんな事は気にならなかった。

 むしろ、俺の心は達成感に満ち溢れていた。


「ぐっ……ぎゃあああああああああああああああああ!」

 眼球があった空洞から血の涙を流しながら、浩二は獣のような咆哮を上げる。

 ここ最近、色んな人間の悲鳴ばかり聞いていたのでもう何も感じない。

「これで……覚え込めただろ? お前が、お前が虐め、痛めつけ、嬲った優姫の痛みが。はははは……」

 俺は、満足感からか大笑いをし始めた。

 何かが、俺の中で壊れた様な気がした。もう、心には何も残っていない。

 自分が空っぽの人形になっていくのが分かった。


「痛い! 痛い痛い痛いィ……っ、目がぁ! 目があああああああああああ!」

「ははははっ……あははははははは!」

 部屋には俺の笑い声と家畜の悲鳴。地獄のような光景だ。


「おい! 何の騒ぎだ!」

 俺の笑い声と浩二の悲鳴は廊下にまで響き渡っていたようで、刑事たちが雪崩れ込んでくる。

「お前……っ、何してる! 早く押さえつけろ!」

「すぐに精神病棟に連絡しろ! こいつは狂ってる!」

 俺はすぐに刑事たちに押さえつけられる。

 しかし、手の中の眼球だけは絶対に離さなかった。


「うっ、おええええええええええええっ」

 俺の手の中の眼球を見て、嘔吐する若手刑事。獣のように吠え続ける浩二。笑い狂っている俺。取調室は一瞬にして地獄絵図と化した。


「……ごめんなぁ、優姫。お前の復讐……左目だけしか果たせなかったよ」

 刑事に取り押さえられている中、俺は小さく呟いた。

 俺には国家権力に対抗する力も無いし、優姫や杏奈や祐介を生き返らせる力も無い。だから、こんなちっぽけな復讐しかできなかった。俺はなんて無力なんだ。


「……ごめんなぁ、みんな。ごめんなぁ」

 そして、俺は手に握られた眼球を思い切り握り潰す。バラバラになった眼球が、辺りに飛び散る。


「お互い『狂った妹』を持って……散々だったな……なぁ、祐介」


 刑事に取り押されながら、バラバラに飛び散った眼球のカケラ……いや、『供物』を俺は眺める。

 そして、静かに目を閉じながら心の中で俺は祈る。宗教なんて信じちゃいないが、何故だか最後に祈っておきたいと思ったのだ。


 杏奈、祐介……そして、優姫。

 この祈りが、どうかこの3人に届く事を願いながら俺は祈りを続けた。



 狂った妹の殺し方 第1部(完)

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