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追想編

第1話 あの夏の記憶

 10年前のあの夏。全ての悲劇が始まった。

 あの夏の日、ボクは『悪魔』に攫われ無明の地獄へ閉じ込められた。

 その無明の地獄の中ボクは狂い、壊れた。

 何度も何度も生きる事を諦めかけ、この世界に絶望した。


 けれど、ボクは『ゆうちゃん』が好きだった。

 肉を裂かれ、骨を砕かれ、眼球を潰されてもボクが生きる事を諦めなかったのは、ゆうちゃんと結ばれる事を夢見ていたから。


 ボクがどのように壊れたのか。

 そして、ゆうちゃんにどれだけ愛されたかったのか。

 この物語は、ボクとゆうちゃんの為の物語だ。



「ゆうちゃん、ボールこっち!」

 昼下がりの公園。

 4人の子供が元気よくサッカーボールを追いかけていた。

「おー! じゃあ行くぞー!」

 その中の1人、今年小学校に入学したばかりの塚原 祐介だ。ボクは彼をゆうちゃんと呼んでいる。

 走るのが得意で、いつもボールの主導権を持っていると言っても過言ではない。

「あっ、やべ!」

「もう、お兄ちゃん思い切り蹴り過ぎ……」

 しかし、ボールの扱い自体はあまり得意ではなく、こうして見当違いの方向にボールを蹴り飛ばしてしまう事も多い。

 そんな兄を見て、妹の塚原 杏奈が溜め息をつく。ボクは彼女をあんちゃんと呼んでいて、歳下とは思えないほどしっかり者の女の子だ。


「あー……俺、取ってくる!」

「もう早く取って来てよ~、お兄ちゃん!」

 兄に厳しいように見えるが、それは兄が好きだからこそである。すぐに調子に乗ってしまう性格の祐介が心配で、ついつい口うるさくなってしまうのは杏奈の愛ゆえだ。

「あはは……ゆっくりで良いよ~! ゆうちゃん」

 そんな兄妹の微笑ましい様子を見ているのがボク、倉田 優姫だ。

「……もう、優姫ちゃんはお兄ちゃんに甘いんだから」

「そうかな?」

「そうだよ、あんまり甘やかすとお兄ちゃんが駄目になっちゃうでしょ」

 今は夏休みという事でこうして午前中からゆうちゃんとあんちゃんと楽しく遊んでいる。

 2人とは家が近く、ボクは物心つく前から2人と遊んでいたと両親が言っていた。

 普段はボクの兄である和彦も一緒に遊んでいるのだが、今日は所属するサッカークラブの試合だそうだ。試合は午後からなのでこの後、みんなでお昼ご飯を食べたら応援に向かう予定だ。


「はは、あんちゃんは本当にゆうちゃんの事が好きなんだね」

「そっ……それは、お兄ちゃんはかっこいいし、優しいし……」

 あんちゃんは顔を赤くする。

 ボクはみんなの事が大好きだ。

 あんちゃんも、ゆうちゃんも、兄さんの事も大好きだ。

 この4人なら、ただボールを追いかけ回して泥だらけになるだけでも心の底から笑い合える。

 ただ、同じ空間にいるだけで幸せだと思える。


「おーい、ボール取って来たぞ……って、なんでそんなに顔が赤いんだ? 杏奈」

「な、何でもないっ!」

 あんちゃんは照れ隠しのつもりか、ゆうちゃんの肩を軽く叩く。

 あんちゃんはとても可愛い。ボクと違って女の子らしくて、ゆうちゃんを1番に思っている。

 そんなあんちゃんにいつも説教されているゆうちゃんも、いつもみんなを笑顔にしてくれる太陽みたいな存在だ。

 そして、ボクの兄である和彦はそんなボクたちを年上としていつも引っ張ってくれる、頼りになる自慢の兄だ。


「じゃ、ボールも戻って来たし再開しよ!」

「あっ!」

 ボクはゆうちゃんのボールを奪い取り、思い切り蹴り飛ばす。

 ゴールなんてない。ただみんなでボールを追いかけて、疲れたら休む。それだけなのに楽しい。

 こんな日がずっと続いたら良いのにと、ボクは心の底から願っていた。


 だけど、そんな幸せはこの日で終わりを告げる。

 なぜならこの日、ボクは誘拐されたのだ。


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