「ぐ……っう……」
ボクは肋骨に広がる鈍痛を必死に悶えていた。
車が揺れるたびに痛みが酷くなるが、手で口を塞いで悲鳴を噛み殺す。
「~♪」
そんな中、ボクの呻き声など気にもせず鼻歌交じりで男は運転をしている。
「うっ……ぐすっ……」
肋骨の鈍痛、突然暴力を振るわれた恐怖……それが徐々に湧き上がってきた事で、ボクは情けない事に涙が止まらなくなっていた。
なんで、どうしてこんな事に?
そんな感情が頭の中で交錯する。
「あ、さっきの痛かったかなぁ? ごめんね! キミがあんまり暴れるから手加減出来なかった!」
ボクの呻き声に気付いた男が謝罪の言葉を述べるが、そんな感情がこの男にあるとは思えない。
こんな状況でも薄ら笑いを崩さない男に、ボクはとてつもない恐怖を感じていた。
「んーっ……んー!」
「え? なに」
「んー!」
ボクは涙を流しながらガムテープを剥がして欲しいと必死に懇願する。しかし、それはこの男に伝わっているかは分からない。
「うるさいなぁ……また痛い思いしたい?」
「っ……!」
男は笑顔のまま握りこぶしをボクに見せつけてきた。笑顔のまま、まるで冗談のように淡々とした口調が怖かった。これは冗談などではなく、この男なら何の躊躇もなく暴力でボクを黙らせるだろう。
「んー……? なんか苦しそうだなぁ……ああ、口が塞がって上手く呼吸が出来ないのか!」
しかし、意外にもボクの訴えが伝わったのか、男はあっけなくガムテープを口元から剥がしてくれた。
「っ……はぁ! はぁ……はぁ」
一気に酸素が体内に流れ込み、むせ返る。
咳と嗚咽が止まらず、吐き気すら催す。
「あはは! 顔が真っ青だ! でも、もう少し我慢してね~、もうすぐ家に着くから」
「家って何?! 早く帰して! じゃないと……」
ボクを指差しながら笑う男へ泣き叫ぶ。
ここまで来たら、もうボールなんてどうでもいい。早く帰りたい。
兄さん、ゆうちゃん、あんちゃんの元に一刻でも早く帰りたい。
「……何って、これからの君の家だよ」
だが、ボクの意思など無視して車は進む。
*
しばらくすると男は徐々に車の速度を緩め、駐車の準備に入る。どうやら目的地に着いたようだ。
手足を縛られたまま転がされていたので、窓の外は見えないがロクな場所ではないだろう。
「違う! ボクの家はこんな場所じゃない! 父さんと母さんと兄さんがいて、毎日ゆうちゃんとあんちゃんが遊びに来る暖かい家なの!」
ガムテープが剥がされ、ある程度自由になったボクは若干強気になっていた。
明らかにボクの立場が不利なのは変わらないが、先ほどより優位になった気がして、つい怒りに任せて大声を出してしまう。
「……」
男は黙ったまま、困ったといった表情だ。
「みんなと離れ離れになるくらいなら……死んだ方がマシだよ! 嫌! 帰して!」
「……じゃあさ、死ぬ? 今、ここで」
その瞬間、男が一瞬で笑顔になった。車内でも見せた、纏わりつくような気味の悪い笑み。
それと同時に、ボクの鼻の辺りに思い切り拳が打ち込まれた。
「……ッ!」
突然のパンチに防御が出来なかったボクは正面から衝撃を受ける。鼻の骨が妙な音を立てて、形が変わってしまったのが音と痛みで分かった。
「人間は何回殴られたら死ぬんだろう? でも僕の手だと痛いなぁ。金属バットとかの方が良いかな?」
「っ……」
男はボクの悶絶の表情を目の当たりにし、悲鳴が漏れる。脅しではない、この男なら本当にやりかねない。
「あ、金づちかハンマーでも良いか。そんなもので殴られたら……人間の顔ってどうなるんだろう? どんな風に壊れるんだろう?」
「いやっ……」
ボクは一瞬、その光景を想像してしまい恐怖で背筋が凍った。そんなもので殴られたらひとたまりもない。皮膚と肉は裂け、骨は粉々になるだろう。
この時、ボクは改めて認識した。今、この男に自分の命が握られているのだと。
この男の気分次第で、ボクは嬲り殺される。
「……冗談だよ! ジョーク、ジョーク! 別に君をただ殺したくて攫ったんじゃないんだ」
絶望したボクに、男はそう笑い飛ばす。
男は1人で笑っているが、とても冗談には聞こえない。いや、冗談ならどれだけ良かった事か。
事実としてボクの鼻は暴力で砕かれ、鼻血がポタポタと流れ出ている。
「僕が満足するまで、僕の玩具になってくれよ。僕が暇潰しする為の道具の1つになってくれればそれで良いんだ」
男は、そう言ってボクを車から引きずり下ろし、軽々と身体を担ぎ上げた。
そして、男の住処であるアパートへと連れ込まれるが、ボクは既に恐怖と疲労で抵抗する気力すら失っていた。