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第6話 食事

「おーい、起きてる? 人の家に来て、いきなり寝るなよ!」

 ボクは男の野太い声で目を覚ました。

 目を覚まし、まず呼吸が出来る事に安堵した。あれから気を失い数時間は失神しているらしい、窓の外の景色は既に夕焼けだった。

「あ……」

 もう、兄さんの試合は終わったんだろうな。

 ごめんね、兄さん、ゆうちゃん、あんちゃん。   

 ボクは心の中で大切な人たちに謝る。

「さっきはびっくりしたよ、まさかあんな直ぐに落ちちゃうとは思わなかったんだ。もう少し耐えてくれないとつまらないじゃん。でも、ちょっと力入れ過ぎだったかな? ごめん、ごめん」

 男の声が耳に入り、再び現実に引き戻される。

 ボクはこの男に公園から誘拐され、そして監禁されているのだ。

 腐りかけたコンビニ弁当と、汚臭をまき散らすゴミ袋に囲まれた男の部屋。今日からこんな場所にこの男と閉じ込められるなんて、考えただけで卒倒しそうになる。

 しかし、次の瞬間に男の口からは意外な言葉が発せられた。

「そのお詫びも兼ねて、晩ご飯を用意したんだ、キミも疲れてお腹減ったでしょ?」

「え、え……」

「食べ物ならいくらでもあるから、いっぱい食べて元気になって貰わないとね!」

 男は笑顔でそう言い残し、何故か窓を開け、ベランダへと姿を消す。

 そしてすぐにベランダから男が戻ってくるが、男が抱えてきたものは米でも惣菜でもなかった。

 男が抱えていたのは、酷く汚れた黒いゴミ袋。

「お待たせ~。さぁ、これが今夜のキミの『餌』だよ」

 そしてその男はゴミ袋を上下に大きくゆすったり、横に振り回し始める。まるで、中の『何か』を掻き混ぜようとしているようだ。

 中には何が入っているのか……想像するだけで吐き気が込み上げてくる。

「よし、これで調理は完了」

 そして、男は乱雑に中の『餌』を床にぶちまける。ボクは初見でこれが何かを判別することは出来なかった。

 それは今まで見てきたもので、一番醜悪で悍ましい物体と言っても過言ではないだろう。

「どうかな? 半年はベランダに放置していたコンビニ弁当と惣菜のミックス! 良い感じに日光で温まっていると思うんだけど……」

 耳を疑った。半年? 食べ物を半年も外で放置していたのか。いや、もうそれは食べ物ですらない。単なるゴミだ。

 目の前の『餌』からは耐え難い腐乱臭が漂い、所々で蛆虫や得体の知れない生物が蠢いてる様子が目に入る。

「……これを、本当に食べるんですか?」

 ボクは恐る恐る男の顔を見ながら言う。

「……嫌?」

「嫌とかじゃなくて……こんなの食べたら」

「食べたら? お腹いっぱいになるよ?」

 男はにこっと笑った。 

 この男の笑顔は最終警告なのだ。これを無視すれば次は何をされるか分からない。これ以上の地獄を味わう事になるかもしれない。

 そう考えれば、これを口にして胃に流し込む事くらいマシに思えてくる。

「でも、好き嫌いは良くないなぁ。優姫ちゃん?」

「なんで、ボクの名前……」

「ちゃんと『玩具』については事前に調べてるよ? キミの好きなご飯から何もかもね……だから、キミの好物の唐揚げ、ハンバーグ、生クリームを半年もかけて天日干ししておいたんじゃないか」

 よく見ると、目の前にぶちまけられたものは確かに肉らしいもので、白っぽいクリームが塗してある。腐乱が進み過ぎて、最早原型も留めていないが。

 好きなものだから、それを全部混ぜて腐らせた。

 そして、男はずっと前から計画的にボクを『オモチャ』にする事を考え、準備をしていた。

 恐怖すら感じる幼稚さ、悍ましさにボク心の底から恐怖した。

「だからさ、食べれるよね? 丹精込めて作った僕の料理なんだからさ」

 この男の目的はボクの空腹を満たす事などではない。ボクが苦悶の表情を浮かべながら、この『餌』を食らう所を見たい……それだけなのだ。

 ボクに少しばかりの『いたずら』を続け、ボクがどこまで耐えられるのか。もしくは壊れるのか……それを観察したいのだ。

 それは子供が好奇心で蟻を踏み殺すのに近い心理なのかもしれない。


「……いただ……き、ます」

  ボクは震える手で『餌』を鷲掴みする。ひとまずはこの男の言う通りしよう。この男を満足させなければ、ボクは永遠にこの場所からは逃れられない。

 そうすれば、永遠にみんなとも再会出来ない。

「うぅっ……ぇ」

 みんなの元に帰るには、耐えるしかない。

 吐くな、吐くな……ここで吐いたらこの男はボクに失望する。そうすれば、解放される日は遠のく。

 ボクは極力舌を使わず、味を感じない様にしながら機械的に『餌』を咀嚼し、胃に流し込む。

「ほら、ちゃんと溢さないで。食べ物は粗末にしちゃダメだよ!」

 それを見て、嬉しそうにはしゃぐ男。

 吐き気を堪えながら苦しむボクの顔が可笑しくて仕方が無いらしい。

「う……っぅ、え……」

「ほら、唐揚げなんか美味しそうだ! もっと沢山食べてよ!」

 すると、男は恐らく半年前までは『唐揚げ』だった物を3つほど掴み、それをボクの口へ押し付けてくる。

 腐乱臭を直接嗅がされ、吐き気と嗚咽が再び襲い掛かってくる。

「うっ……! ぐ……ぇ」

 そして、男は無理やりボクの口をこじ開け、それを口内へと押し込んでくる。

「ちゃんと噛んで、味わって? まだまだご飯は沢山あるからね!」

 駄目だ。なんとか耐えようとしたが、もうこれ以上は我慢できない。口が塞がり、骨折した鼻だけで必死に呼吸を試みるが、上手くいかない。

 鼻腔に流れてくる腐乱臭、そして舌の上で蠢いている蛆虫、微生物の感触……もう吐き気を抑えきれない。

「う、うっ……ぁ……」

「あーあ……」

 限界を超え、ボクは胃の中の全てのものを床にぶちまけた。もう、何がどの食べ物だったかも判別がつかないくらいに汚れた吐瀉物が床に広がる。

「げほっ! げほっ……かはっ!」

 ボクは激しく咳き込む、まだ喉が焼けるように痛い。舌の裏や歯の間に入り込んだ蛆虫が、まだ蠢いている。


「……汚れちゃったねぇ」

「……え?」

 そして男はそんなボクを見下ろす様に仁王立ちをしていた。その男の顔には、ボクの少量の吐瀉物が飛び散っていた。


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