「ほーら、朝だよ~。目覚ましの熱々コーヒーだよ~」
「……ぐっ……ぅ」
眠っているボクの背中に熱湯で作ったコーヒーがバシャバシャと注がれた。この熱さに慣れてしまったのか、それとも皮膚が麻痺しているのか以前ほどの痛覚は感じなかった。
ボクは声を出さない。男へのせめてもの抵抗だ。
「優姫ちゃんが口からじゃコーヒーが飲めないっていうから、身体で味わってもらいたくて早起きしちゃったよ。どう? 目は覚めたかな」
ボクの口の中は毎日殴られているせいで傷だらけだ。常に血の味がするし、歯も何本か根元から折れていた。数え切れないくらいの傷を負ったせいか、既に味覚すらも失われつつあった。
「……っ」
「……ふーん、だんまりか。良いよ、まだ目が覚めないみたいだね」
男はもう一度、ボクの背中に熱湯コーヒーを浴びせる。背中に熱が広がっていく。
「うぅッ……う……」
慣れているとはいえ、同じ個所に何度も熱湯を注がれるのはやはり厳しい。我慢していても声が少し漏れてしまう。
「どう? ちょっとは目覚めた?」
「……っ」
ボクは、苦悶の表情を浮かべながらもそっぽを向く。苦しんでいる表情をこの男に見せたくない。
見せてしまえば、それは男の喜びに繋がる。
「……そうか、そこまでして僕を喜ばせる事を拒むのか……つまらないな。それなら今は好きなだけ眠ると良い」
すると意外な事に男は悔しそうな表情を浮かべ、そのまま部屋を後にした。ボクを痛ぶる事を諦めたのだ。
……勝った。初めて勝った。男を諦めさせた。
じわじわと安堵が心に広がる。ボクはどんな痛みを受けても屈しなかった。その結果、ボクはあの男に勝った。
その小さな喜びを胸に感じながら、ボクはそのまま目を閉じた。
もう、何をされてもあの男には屈しない。そうすればいつか男はボクを痛ぶる事に飽きるはず。
そうすれば、この地獄が終わる日がいつか来るかもしれない。
そうしたら、皆の所へ帰るんだ。
そんな事を夢見ながらボクは眠りに落ちた。