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第12話 左目

「……よ、う……おは……う」

 眠っていると、男の声が微かに聞こえた。

 ボクは無視をする。さっきの勝利で少しだけ気が大きくなっていたのだ、男の呼びかけには全く応じなかった。男は何度もボクの身体を揺さぶるが、それでも無視を続ける。

「……無視か。なら、仕方が無いね」

 そういって、男は大きく溜め息をついた。だが、それはどこか嬉しそうにも聞こえた。

 するとその瞬間、ボクの左眼に今まで感じたことのない衝撃と激痛が走った。

 眼球を貫かれた様な鋭い痛みを感じ、そこから徐々に熱が広がっていく。今までの痛みとは比べ物にならないくらいの激痛。とても耐えられる様なレベルではなかった。


「……なにっ、これ……?」

 手探りで自分の目の辺りに触れてみると、そこには冷たい金属の感触があった。

 そして、ようやく理解した。金属製のハサミが、自らの眼を貫いているのだと。

「いやああああああああああ!」

 絶望的な現実と激しい痛覚で、ボクは泣き叫ぶ。

 叫ぶ事を我慢して男に抵抗するだとか、そんな考えは一瞬で吹き飛んだ。

 左目からは絶え間無く血が流れ出て、まるで涙を流している様だった。

「いつまでも目を開かないもんだから、ついついハサミで左目を貫いちゃったよ。流石の優姫ちゃんも、これで目が覚めたみたいだね?」 

 目を開けようとしても、当然に左目は開かない。

 何故ならハサミが突き刺さっているのだ。なんとかもう片方の目を見開くと、既に大きな血だまりが床に出来ているのが見えた。


「ぐっ……く……ッ」

 そして、正面を向くと嬉しそうに笑顔を浮かべる醜い男がいた。

 悲鳴はこの男を喜ばせるだけだという事を思い出し、ボクは再び口を手で塞ぐ。

「はは、ここまでされても僕を喜ばせないために叫ぶのを我慢しているんだね。痛いだろう、苦しいだろうに……健気で美しいなぁ」

 けれど、今までとは比べられない程の激痛に無意識のうちに声が漏れていた。

「我慢するのは勝手だけど、あんまり僕を退屈させないでよ。キミは僕を喜ばせない様にして、飽きさせようとしているのかもしれないけれど……無駄だよ。僕、玩具は最後に壊れるまで大事に使い続ける主義だから」

 男は呆れたように、そして怒りの混じった声をボクに突き詰める。

 この男は退屈になったからと少女の眼を潰す様な人間だ、この言葉は脅しなどでは無い。

 そして、自身の考えを見透かされていた事にボクは絶望する。ボクの痩せ我慢など、何の意味も無かったのだ。


「じゃあ、もう一度聞くよ。痛い? 怖い? 苦しい? さぁ、答えて優姫ちゃん」

 男の問いかけにボクは無意識に口を開いていた。

 この男に逆らってはいけない、抗ってはいけない……生物の本能として、ボクはそう察した。

 この男の前にボクの抵抗など何の意味も成さない。ただ、苦痛が長く続くだけだ。

「痛い……苦しい……っ、痛い……」

「そんなものじゃないでしょ? ほら、もっと泣き叫んで?」

 ボクは泣き叫ぶ。今まで一番みっともなく、惨めに泣き叫ぶ。

 ボクの頭からは完全に反抗心は消え去っていた。

 そして、皆の元へ帰るという意思も揺らぎ始めていた。

「良いね! やっと正直になれたじゃないか。君 キミのその表情が好きなんだ、僕は!」


 もう、きっと皆の元には帰れない。ここで死ぬ運命なんだ。

 それならば、せめて楽に死にたい……代わりにそんな感情が生じ始めていた。

「良いかい、もう僕の事を退屈させようだなんてもう考えちゃ駄目だよ。少しでも痛みや苦しみから逃れたいのなら……僕の事をちゃんと喜ばせてくれないと」

 ボクは再認識した。

 ここは、逃れようのない本物の地獄だ。

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